拷問

 「起きなさい」

 最初に感じたのはさっきまで俺を殺そうとしていた女の声。次に身体に打ち付けるような水の感触。思わず顔を拭おうとするが手が縛られて拭えない。

 生きてる......?

 地獄とか天国とかの死後の世界の可能性はあるが、あの女の声が聞こえてる時点でそれはないだろう。

 回りを見渡せば無駄に広く無駄に荘厳な空間。天井の煮えたぎった毒みたいな色の炎が辺りを妖しく照らす。

 「不思議そうね、なんで死んでないのか」

 女の不愉快な声が聞こえる。

 「......」

 「運が良いわね。あなたを殺すなって命令されちゃったの。本当だったらあなたの命は私が刈り取っていたのに悲しいわ」

 聞いてもないのに薄っぺらい笑顔を張り付けながらべらべらしゃべる。

 「パレスナ、私語を慎めとさっき言っただろう」

 厳格そうな声が彼女を諌める。声の発生源には黒い甲冑を纏った騎士。厳格そうなイメージをもつがやはり揃いも揃って化け物揃いだなと滲み出る汗を鬱陶しく感じながら思った。

 「もー、それくらい主様も許してくれるわ。黒騎士のそういう頭の固いところ嫌いよ」

 「それを決めるのはお前ではない」

 「もう!おかたいんだから......それとも新入りのことで苛ついてる?しょうがないわよね。あなたのお気に入りが選ばれず人間ごときが選ばれたんだもの、腹が立ってもおかしくないものね」

 黒騎士の圧が強くなるがそれは何よりも肯定を表していた。

 話の内容的に目の前の存在には上司的なものがいるのだろう。ただでさえヤバイこの女を従えるやつか......。会いたくないが女が言ってたことが本当なら接触する可能性は十分にあるはずだ。俺はそう思い立って口を動かす。

 「......お前たちの主って言うのは何者なんだ?」

 「口の利き方には気を付けろ、小僧」

 静かに圧をかけてくる黒騎士。体がさらにすくむが気力で会話を続ける。

 「お前ごときその気になればいつでも処分できることがわからないのか?」

 「嘘だな。お前たちが主様とやらに従順なら俺を殺せないはずだ」

 とはいえ命令を違反して、俺を殺す可能性は否定できない。特に女の方は命令の有無も関係なしに殺してくるかもしれない。そんなことわかってるはず、なんだけどな。頭が麻痺ってるのかもしれない。

 だが黒騎士の不愉快そうな様子から杞憂だとわかる。

 「......そこまでよ黒騎士。主様がいらっしゃったわ」

 女の一声ともに今までどこにいたのかと言うほどの化け物が現れ一斉にひれ伏した。その内容は動く骨。頭が3つある犬。黒いフードを被った何か。人間だっている。おかしな状況だが無理やり納得させる。さて、主様とやらとの対面だな。



 「お帰り、我が子達」



 いつの間にか俺の前には人が立っていた。腰まである美しい銀髪が特徴的で女にも男にも見えるその顔はとても美しく、おぞましい。

 周りからは恍惚としている様子がありありとわかる。絶世の美貌とはこの事を言うのだろうと勝手に納得してしまった。

 「ここまでの迅速な仕事、あなたたちの献身には助けられている」

 「もったいなきお言葉」

 黒騎士が形式的に答える。

 「さて、あなたが藤原竜二だな。会えて嬉しいよ」

 エメラルド色の視線がこちらを射ぬく。


 ......嬉しいだと......?どの口が言っていやがる......!


 なぜだろうか、思いだしたかのように暗い感情がふつふつと沸き上がる。いつの間にかそれは喉を通り怨嗟の絶叫へと変わっていた。

 「なんであんなことをした!?」

 「......あんなこと、とはなんだ?」

 本当にわからないといった様子だ。首をかしげ俺の瞳を見つめている。ふざけているようにしか見えない。

 「......教えなきゃわかんないのか......!」

 「ああ、わからないさ。さっきから君は何に怒っているんだい?」

 頭の血管が切れそうだった。危険だとわかっているはずなのに口が止まらない。

 「何に、だと......!白々しいんだよ!お前が命令させて町の皆を殺したんだろ!?」

 「......なるほど、君はそれに怒っていたのか」

 「........................は?」

 本当に盲点だったという様子......ふざけんなよ!!

 「すまない、自らの穢らわしい欲求のために祖国を滅ぼしてくれという狂った男を知っているせいでその息子の君にも血が通ってないものだと思ってしまった。謝罪しよう」

 ......息子?

 「......あの男って誰のことだ?」

 喉が乾く。脳では理解してるのだ。けど心がそれを受け入れるのを拒否してる。頭の中を反芻する数少ない記憶。家には全く帰ってこず物心ついてから会った回数は両手で数えられる程度。そんな親だが信じたかった。

 





 「藤原俊文。君の父親だったと記憶しているよ」





 しかし、現実は非情だ。

 「お、おかしいだろ!?なんで親父がでてくるんだ!?」

 考えるより先に口が動いていた。あまりに非現実的だったからだ。

 「しかし、事実として彼はとある願いの代償にこの地球を売り渡してきた。そして契約はなされた。君はさっき、お前が命令させたといっていたが否定させてもらうよ、私はなにもしていない。何かをしたのであれば、それは君の父親の責任だよ」

 それを聞いた俺の脳は理解を拒んだ。赤子のように嫌な現実を追い払うように叫ぶ。どうしようもない怒りを不甲斐なさを悲しみを吐き出す。

 




 しかし、目の前の悪魔は亡くした友への悲しみの絶叫もも父への怒りの慟哭も許さないらしい。


 異変に気づいたのはすぐだった。声がでないのだ。口はいくらでも動いた。けど、音にならない。

 「本当であれば君のむき出しの感情を味わってみたかったのだが時間がないのでね」

 瞳が俺を離さない。意識が朦朧とする。そして、俺の意識はそこで途切れた。







 例えるならそこはどこまでも醜悪な檻、とでもいいのか。意識が覚醒した俺を迎えたのは足と手を覆うあの肉塊だった。どこを見てもビンク色の肉塊が蠢いている。俺はなんとか逃れようと力を込めるがピクリともしない。それどころかぬるぬるした触感が俺をより深く取り込もうとモゾモゾした。手を這いずり回る肉感に鳥肌が立つ。






 どれだけたったのだろう。なんとか肉塊の感触にも慣れ始め、やっと脳にリソースを割けると思った瞬間のことだった。

 「メガサメタカ」

 俺の前には人ならざるもの。汚ない緑色の皮膚に聞き取りにくい声。おまけの醜悪な顔。どんよりとした目。記憶が正しければ物語に出てくる『ゴブリン』というのに似てるはずだ。創作のものがいるはずない、とか言いたいことはあるが、ここまで来てしまえばもはや誤差だった。

 「......アンガイジョウブダナ。コノチョウシダトジカンガカカリソウダ」

 案外丈夫?時間が足りない?聞き取りにくい言葉をなんとか翻訳する。

 「......何をするつもりだ?」

 俺の疑問は刃物で腹を貫かれるという最悪な痛みを持って回答された。

 「......あ?」

 まず最初に感じたのは熱だった。焼けるような痛み。すぐに刃物は引き抜かれそこから血がどばどばと溢れ出す。

 「............っががあああぁぁ!!」

 「サキホドノカイダガ、ウエノモクテキハ"オマエヲコワスコト"ラシイ。」

 何かいっているようだが頭に残らないが、ただ激痛が頭を揺さぶる。

 「コレハシンタイテキニデハナクセイシンテキニダ」

 そういったあと聞き覚えのない単語が耳を掠める。それと同時に刺された傷は不可視の力でくっつき始めた。そして数秒もたてば刺されたという事実はなくなり、破れた血のついた服だけがさっきのことを鮮明に思い出させた。変な汗がでる。


 少し時間がたち心に余裕ができ始めた頃。



 次は左の足首を刈り取られた。

 「......ッッッ!?」

 さっきとは違い明らかな身体の欠損。確かにあったものがなくなるというのはとてつもなく不安になった。が、そんな思考もすぐ痛みに書き消される。

 「ケツロンカライエバアリトアラユルシュダンヲモチイテオマエヲクップクサセルノガワタシノヤクメダ」

 また聞き覚えのない単語が聞こえる。

 気づけば痛みはなくなり、なくなった足もくっついていた。

 腕にゆっくり刃がおかれる。

 「ひっ!?」

 ーー怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 宣告された痛みがこれほどまでに怖いとは知らなかった。それもどういう理屈か気絶もさしてもらえないとくる。

 歯ががちがちと音を立ててる。始めて感じる痛みを主体とした恐怖。恐ろしくないはずがなかった。

 「デキルダケハヤクコワレテクレ」

 







 そこからの日々は地獄だった。時間の感覚も薄くなり、心は悲鳴を上げる。短いサイクルに何度も腕、足、腹、指、耳、目、口、と切られていく。痛みは脳を焼き、俺を地獄へ誘う。

 首以外には切られたことがない場所がなくなる程度に時間がたった。もう心はぼろぼろだ。

 やつの言う通り諦めればきっとこの痛みを感じなくてすむのだろう......何度も諦めようと心を説得した。

 

 けど、だけど、諦めようとするとあの風景が頭をよぎるんだ。壊れた町に首だけとなった親友。それが俺を引き留める。どうしようもない怒りが俺にあきらめることをゆるしてくれない。


 ある日、サイクルが止まった。

 「......お前はなぜ壊れない?」

 心底疑問だといった様子だ。そういえばなんとなくだが言っていることが聞きやすくなってきたな。もしかしたら慣れた、のかもしれない。

 「......」

 化け物にはわからねぇよ!って本当は答えてやりたかったが度重なる拷問の影響か口が動かなかった。

 「......昔、お前のような人間にあったことがある。おかしな話だ。お前とあいつは全くの別人だというのにお前からはあいつを見てしまう」

 ゴブリンの目が一瞬輝いた気がする。まるでもう二度と戻らない過去を慈しむように。そんな目もできたのかと思ったたが、それもつかの間いつものどんよりとした目に戻る。気のせいだったのだろう。

 「......チャンスをくれてやる。これをクリアできたらお前を生かしてやる」

 信じられなかったがそういうものがあると言うだけでまだ壊れずにいられる気がして嬉しかった。

 「......今は眠れ」

 ゴブリンがそういうと同時になんの抵抗も出来ずに意識のブレーカーは落ちた。







 皮肉な話だが、俺の中ではあの地獄のような拷問を通してある種の自信が芽生え始めていた。それは『どんなに辛い拷問があっても折れない』というものだ。

 だからなのかもしれない油断とは違うが......あえて言うなら、弛みのようなものが俺の心にはあった。きっとそれがあったからこそこんな結末に......いや、今思えばたいして変わらないな。だって......。



 



 見渡すかぎり白。床も天井も壁も純白をさらけ出している。

 次に目が覚めた俺を迎えたのはそう言う空間だった。 

 そんな純粋な空間に異物が三つ。一つは血にまみれた棍棒を持つゴブリン。だが、たぶんあいつではないのだろう。なんとなくそう思った。二つ目はとてもでかい武骨な扉。そして極めつけは足元に落ちている刃渡り20センチ程度のナイフ。ここまで揃えばなんとなく察してしまう。つまり、

 「殺せ、ってことか」

 これになんの意味があるのかわからないがたぶんそうしないと現状はなにも変わらないのだろう。気づかれずに扉にいくのもゴブリンが扉の前で仁王立ちしている状況では無理だ。

 俺はゴブリンを観察する。

 身長は俺より少し小さい程度でに肉体は素人目から見ても鍛えられている。

 

 目があった。


 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

 

 「ぁあ、ぁうあ......!」

 身体が支配される。鳥肌がバッっと立ち、歯ががちがちと震えた。この一幕の間で俺の脳には最も原始的で最も恐ろしい死という恐怖が刻み込まれたのだ。

 勝てるはずがない......!!

 そう思っているはずなのだ。しかし、しかし!身体は恐怖へ抗おうと動き出していた。

 「あぁあ......ああああぁぁああ!!?!?」

 ナイフを拾い、走る。冷静さなどあるはずもなくただ走っていた。近づくにつれて頭のなかで警鐘がうるさいほど鳴り響く。

 ナイフを前につきだし突撃する。ゴブリンは動かない。あと一歩というところ、ゴブリンはゴブリンは棍棒を持ってない手を握りしめる。そして次の瞬間には拳は俺の前に存在した。死を錯覚する。自分が何をしているのかわからなくなる。

 いつの間にか俺は宙を浮いていた。意識はとっくのむかしに消え去り、俺はただの物言わぬ骸へと変わる。





 「......ハァ!ハ、ァ......」

 見渡すかぎり白。床も天井も壁も純白をさらけ出している。

 次に目が覚めた俺を迎えたのはそう言う空間だった。 

 そんな純粋な空間に異物が三つ。一つは血にまみれた棍棒を持つゴブリン。二つ目はとてもでかい武骨な扉。そして極めつけは足元に落ちている刃渡り20センチ程度のナイフ。

 「生き、てる?」

 信じられない。たしかに死んだはずだ。身体をさわってみるが傷一つないし。

 膝が崩れる。俺を殺したゴブリンは俺を見ていた。

 「なんだよ、これ......?なにがおきてんだ!?」

 訳がわからない。死んだこともいまここにいることも、けど何よりもわからないのが、

 「なんで俺はあいつを殺せると思ったんだ!?」

 おかしいのだ、普段なら自信がないかぎり極力動かないはずだ。なぜあんな無計画に動いた!

 

 瞬間、

 ゴブリンが叫ぶ。それは地を揺らし空間を歪ませるだけの威力があった。

 いつの間にかナイフを握っていた。頭のなかでは止めろ!と叫んでいる。けど考えるより先に動き出していた。


 そこから先は全く同じ。拳が頭を捉え命を落とす。


 そして、

 「......おいおい......?」

 見渡すかぎり白。床も天井も壁も純白をさらけ出している。

 同じ空間、ここまでされたら俺だってわかる。圧倒的に力不足な武器に、巨大な敵。そして死に戻る体。

 「......死にゲーでもしろって言いたいのか......!」

 それもたぶん時間制限付きの。


 「......ふざけんな!ふざけんなよ!!」

 俺にとって不幸中の幸いは度重なる拷問で恐怖に抗う術を持っていることだ。どう考えても幸いではないな。しかし、痛みへの恐怖はまだしも死への恐怖は克服することはできない。だがどっちにしたって死ぬのだ。ならすべきは、

 「......このナイフでも頸に刺せば死ぬはずだ」

 あいつを殺すこと。ただそれだけだ。思考の中核をそれに会わせる。

 「......舐めんな!」

 吠える。自らを鼓舞するように。自らの勝利を引き寄せるように。

 そして俺は走り出した。

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