ハッピーエンドを邁進しております!!

@goburinnokoshiginchaku

始まり

 地獄とは得てして簡単に出来るものだ。




 「ーー起きろ、起きろっていってんだろ竜二!」

 男子校特有の消臭剤のきつい匂いで充満した教室。聞き覚えのある友人の声が聞こえる。しかし、誰だかはわかっても起きる理由にはならなかった。

 「狸寝入りなのはわかってんぞ。ほら約束通りモック奢れや!」

 何を言っているのかわからない。いや、テストで負けたとか全く覚えてない。

 しかし、なんで起きてると気づいたんだ?いや待てよ……なるほどこれはブラフか。そうとわかれば俺が取るべき選択は狸寝入り一択だな。 

 そう考えことさら動かないようにし時間がたつのを待つ。

 「……何年いっしょだと思ってんだ、お前の考えてることはお見通しだ!お前がその気ならこっちにも手があるんだ」

 そんな不安になるようなこと声高に言い始める友人。

 まだ出会って一年たってないと思うんだが……まさか......時間軸が違う!?

 LI○Nの妙に印象に残るコール音が聞こえる。

 ......スマホからこれが聞こえると思わず身構えるの俺だけ?

 「あ、佐木ちゃん?あのさ、お前んとこの兄貴が」 

 「起きた!今起きた!だから通話を切れ!?」

 「......起きたならいいや」 

 こいつマイエンジェルを人質にするなんて......!さては人間じゃないな!

  




 俺は藤原竜二。高校一年生。世界的に有名な考古学者で家に全く帰ってこない父と専業主婦の母、そして世界一かわいい妹を持つ、最近筋トレ趣味に目覚めた、ごく一般的な男子高校生だ。

 「一般的の意味とは?」

 ......ナチュラルに思考を読んでくる隣の金髪は無視して、と。ん?金髪の説明?名は哲也。あとは要らんだろ。

 「いやいるわ」

 「だからなんで思考読めてんだ???」

 何?悟り妖怪?昨日まで普通だったろ?

 「......まあ、それは置いといて。ほらモックついたぞ」

 「それは置いちゃダメだろ?」

 そんな意味のない会話をしていると目の前から絶世の美女が俺たちの姿を捉えた後歩み寄ってきた。

 「あれ?お兄ちゃんどうしてこっちにいるの?」

 絶世の美女の正体は妹だった。小柄な体、純粋無垢な瞳、天使にも勝るその慈悲深さ。なるほどこれが至高の存在か。俺は改めて妹の尊さを全人類に布教することを決心した。

 「いやー、実は竜二のやつがどや顔で『テストの点で勝負しようぜ!』何て言うもんだから」

 「頼む黙ってくれ、いくら必要だ?言ってみろ。言い値で払うぞ」 

 俺はポケットに常備しているなんやかんや便利な硬貨部門優勝(個人的に)の500円をそっと握らせた。

 哲也のまじか......という言葉が表情からありありと読み取れるが妹の前で醜態を晒すくらいなら身銭を切るくらい苦痛でもないわ!

 どこからかそれは醜態なのでは?と突っ込まれた気がするが気にしない。

 「......お兄ちゃん、ちょっとそれはなにも言えないかな......?」

 困惑した表情の妹もまた美しかったがそれよりも妹の笑顔を俺が原因で崩してしまったことが思わず吐血するくらいにはきつかった。

 「......テストで負けてモックを奢るという辱しめを受けているのは俺です......!!」

 くそ!くそ!くそぉ!!

 「......そんなに奢るの嫌?」

 「まぁいいや、それじゃ今日はお兄ちゃんご飯要らないんだね?ならママに言っとくけど......?」

 俺は一度スマホの時間を確認した後ご飯に遅れることを悟り佐木に承諾の意思を告げた。

 「わかったけど......お兄ちゃん!哲也くんにあまり迷惑をかけないようにね!」

 あぁ、佐木が行ってしまった。

 「......佐木ちゃん良い子だよな......」

 「てめぇにはやらねぇぞ」

 佐木とは俺が認めたやつじゃないと付き合うことは許さん。  

 「......付き合う気はないけどお前はいい加減妹離れしろよ」

 おかしなことを言う哲也。妹離れできないのは全人類共通事項だというのに......義務教育からやり直して欲しいものだ。

 「......国を上げてシスコンを推進するとかこの国やばくない?」 

 

 


 こんな下らない話をしてたらもう着いてしまったな......しょうがないから堪忍して奢るか。

 俺はそんなことを笑いながら決めた。

 

 いつもの日常。友達と馬鹿話して家に帰ればお母さんと妹と晩御飯を食べる。お父さんはたまにしか帰ってこないけどそこまで悲しくはなかった。そんな日々は幸せで楽しかった。

 



 目の前にある生首。地面には真っ赤な沼が広がっていた。さっきまで生きていた哲也の首。崩れたモックとありとあらゆる生命を蹂躙したおぞましい触手を背景に俺は呆然と立ちすくんでいた。

 何も考えられないが、からだは勝手に目の前の生首に触れる。


 冷たい。


 あまりの冷たさに飛び退いてしまう。声にならない叫びが口の中で暴れる。さっきまであった温度はなくなりそこには死という事実だけが残っていた。  


 現実感の欠如。


 うめき声のようなものが口から吐き出される。気づいたら走り出していた。訳がわからなかった。だべってたら突然建物が崩れて、みんな死んでいた。

 「なんだよ......!なんなんだよ!」

 背後から鮮血を纏った肉塊が迫ってくる。身体が痛い。けど少しでも止まったらその瞬間死ぬ。嫌だ死にたくない!


 走れ!走れ!走れ!


 走りながらも町の惨状を認識する。建物はぐしゃぐしゃ、地面は抉れていた。だが何よりも恐ろしいのが、

 

 辺り一面に広がる血の海。人の死体。


 そして、濃密な死の匂い。それがこの場所を地獄たらしめる。


 

 ふと違和感を感じて後ろを振り向くと、追いかけているはずの肉塊はいなかった。

 「逃げ、切った......?」

 息も絶え絶え死の危機からの逃亡。そこに喜びはもうなかった。

 「哲也......」

 あるのは唯一の友人を喪ったという埋めようがない喪失感。哲也は弔いも与えられず今もあの場にあるのだろう。

 「クソ!な、んな、んだよ!!」

 理不尽への怒りに任せて地面に転がる石を蹴り飛ばす。しかしいくら力強く蹴ったとしても現状が改善されることはない。


 しかし、地獄は終わらない。

 陰が突然広がる。

 「今度はなんだ......よ」

 上を見る。そこにはさっきまで追いかけてきたあの化け物が霞むほど大きな肉塊。空を覆うように蠢き、巨大な瞳が地上を睥倪していた。


 化け物と目が合う。


 「......ッッ!やばい!」

何がヤバイのかはっきりと言えないが確信があった。このままでは死ぬと。俺は辺りを見渡した。 

 「どこでも良い。どこか姿を隠せるところは......?」 

 目に入ったのは変哲もないビル。ここしかない!そう決めた俺はビルに向かった。



 ビルの三階。エレベーターは止まっており、少しでも地上から離れるため疲れたからだに鞭を打ち階段を登った。

 これじゃあ、ふざける気力も湧かねえな。

 自嘲するような思考。哲也が死んでなお、笑えるほど俺の頭はいかれてなかったようだ。

 ゆっくりと身体が沈む。どうやらムリが祟ったらしい。俺はどれだけ走ったのだろう。関節がずきずき痛む。抉れて足場の悪い地面を走り続けたら一回くらい捻ってもおかしくないか。


 

 

 バンッ!


 窓から何かがぶつかったような音が聞こえる。窓を見ればモックを壊した化け物。見つからないように息を殺す。執拗に化け物は身体をぶつけるが、やがて何処かへ行った。


 「......これは詰んだ、か?......いや、ばれてなかったな」

 もしばれてたらもう俺は死んでるはずだ。しかし生きてる。

 「目がないのか?」

 よくよく考えれば俺を追いかけていた化け物には空にいる化け物みたいな目はなかった。

 「もしかして空の化け物が目の役割を担っているのか?」

 思考がまとまり始める。

 もしそうなら化け物が建物を矢鱈目ったらに壊してるのも納得がいく。障害物が無くなればそれだけ視界は広がる。

 「ならここも危ないな」

 しかし身体が動かない。俺は今までの怠惰を呪った。

 「助けを呼ぶべきか?けどどこに?」

 あんな人智を越えた化け物に有効な反撃を持っている組織。警察、自衛隊、他に何かあったか?......ダメだわかんね。

 「......とにかく逃げないと」

 「それは困りますね」

突如、声が降りかかってきた。あり得ないと思っていた人の声だ。

 首を上に向ける。そこにいたのはやけに扇情的な服を着た妙齢の女性。


 怖い。

 

 訳の分からない恐怖に身体が震え、意識を切り落としたくなる。

 「お前は誰だ?」

 いつもだったら俺と同じ化け物から逃げてきた人間だと思ってだろう。しかし何がそう感じさせているのかわからないがこれだけは確信を持って言える。目の前の女は少なくとも味方ではない。

 「あら、警戒してるのね。安心して私はあなたの味方よ」

 のうのうと女はしゃべる。それがたまらなく不愉快だった。この女は明確な意思をもって俺を騙そうとしている。

 「......」

 「......信じてもらえないのね。けどわからないわね。何を警戒しているのかしら」

 わざとらしく思案顔を作る。何がと言われたら何も言えないがまず間違いなく信頼したらまずいことになる。

 「......もう一度聞く。お前はなんだ......!」

女の顔が退屈そうな表情に変わっていく。

 

 女は一度ため息をつくとやがて背中から黒い翼が生え、目は赤く充血し、爪や歯は人を殺すのに適した長さへと変わった。

 「......もう、なんなの。簡単な仕事って聞いたのに......」

 目の前の女の本性が見える。文句をいいながらも、これからすることに快楽を見いだし、顔を綻ばせる。そんな悪魔のような本性が。

 「身柄を確保しろと言ってたけど殺しちゃっても問題ないわよね」

 「......なんで俺とあんな無駄な会話をした?」

この女の雰囲気からしてもいつだって俺は殺せたはずだ。それなのに対話をしてきた、そこになにかがあるはずだ。

 「んー、語り合いに理由がいるのかしら?私は話したいときに話すし、殺したいときに殺すわ。たまたまあなたと会話したくなって今殺したくなった。それでいいじゃない」

 ......イカれてやがる。

 そうとしか思えなかった。そもそもこんな化け物を人間と同じくくりにしたのが間違いだ。

 ゆっくりと俺の命を刈り取るためにやってくる死神。その風貌は凶悪に笑っていた。


 俺は死ぬだろう。 

 ......怖いな。

 だが頭は驚くほどにあっさり死を受け入れていた。笑ってしまう。疲れたのだろう、もう休みたかったのだ。 

 「あら、あなたは抵抗しないのね。前の人間は滑稽だったわよ。気丈に振る舞いながら私を睨み付けてたけど、指から足へと順番に刻んでいったら訳もわからない言葉を垂らしながら謝罪し始めたの、なにも悪いことなんてしてないのに」

 女は必死に笑いを押さえている。

 「あなたはまるで死ぬのが怖くないと思っていそうね」

 それは違う。死が怖くない訳じゃない。ただ受け入れてるんだ。そうやって自分に何度も語りかけそう思い込ませる。

 「......はぁ、まあ、どっちでもいいわ。死になさい」

 女はゆっくりと腕を振り下ろした。不思議な世界だった。極限状態ゆえの現象だろう。目に映る光景が全て引き伸ばされる。このままではあの女の腕が俺の首を切り飛ばすだろう。しかし、体はすくんで動かない。

 ......やっぱり死にたくないな。

 どうしたって人間じゃ死の恐怖に抗えない。そんなことを思いながら俺の意識は呑まれた。

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