鬼
......こりゃ死んだな......。
人間の短刀が俺の首を断とうとするなか俺は何故か過去のことを思い出していた。
鬼というのは概念型の中では強者である。それは肉体的な意味ではなく存在の格としてだ。その証拠にこの世に存在を認められ一度足りとも俺は屈したことはなかった。
俺の親父は強く、またひどく暴力的だった。親父はそれが当然のことだと信じて酒に溺れ自身の女を殴り殺す。そして酒が抜ければ殺した女のことなど忘れ、別の女をさらって自身の女にする。もちろん逆らえばその気がなくなるまで手加減して殴る。
親父はそうやって女を食らい、痛め付け、孕ませ、殺した。なぜそれが許されたのか。
......強いからだ。
俺はその光景をずっと見てきた。目の前で生まれたときからずっとだ。時には顔に愛液が、愛し合っていたはずの女の血が飛び散ったりした。
親父は俺に見せつけたかったのだろう。自身の偉大さ。雄としての優秀さ。何よりも強さを。
そんな環境で過ごせば自ずと俺の中に新たな思想が芽吹く。それは......。
......強者だけがが至上の悦びを享受することができ、弱者はただ強者の糧にしかなれないのだと。
ならば強者とは?
俺は親父をを観察し、その答えを得た。親父はいつだって女を殺すことが出来た。だが逆に女には親父を殺すことはできなかった。
それすなわち強者である条件とは目の前にある存在を殺すことが出来るもの。
なら俺はなんなのだ。
俺には女が簡単に殺せるように見えた。ならば女よりも俺は強者なのだろう。
俺は確信を深めるためにその辺の女を適当に殺してみた。俺の仮説はあっていた。女は自身の体を使って俺に媚を売ることしか出来ない。だが俺は構わずに女を殴り殺せるし、実際に殺した。
女の悲鳴が俺を昂らせる。俺が捕まえた女を俺が犯
し、俺が殺し、俺が食う。強者である実感が俺を悦に浸らせた。
何人も女を犯し、殺し、食った。しかし、日に日にある思いが強くなった。
......親父を殺してぇなぁ。
俺より強いやつを殺せば俺はそいつよりも強くなる。当たり前の話だが、画期的でもあった。俺は鬼には珍しく体を鍛えた。
鬼というのは自身の才能に絶対の信頼を寄せている。何をしなくても俺は負けない。俺は絶対の捕食者である、と。そんな鬼からすれば鍛えるという行動は自らに自信のない軟弱者の選ぶ選択肢であった。
ある日、同年代の鬼が丸腰で大木を抱えている俺のもとに来た。
「お前を見ていると虫酸が走る。その行動は余りにも女々しい!鬼の恥め!恥を上塗りする前に俺が殺してくれる!!」
こういうやつは今まででもいた。したがってこういうやつの対処法も決まっている。
まずは相手の拳を全て無抵抗に受ける。息が切れてるのがわかったら首をつかみ持ち上げる。そして、地面に叩きつける。
「ッ......ガアッ!!」
まずは無防備な顔に一撃を。顔面がへこんだらさらにもう一回。そして、追い討ちにもう一回。地面に鬼の顔がめり込む。しかし、まだ死なない。鬼は頑丈だからだ。
なら、どうするか。決まっている。死ぬまで殴ればいい。殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り。
......いつのまにか死んでいた。
顔の原型はもうわからず、血の海に沈んだ鬼。俺は笑っていた。
「......そろそろか」
このまま鍛えてもこれ以上の成長は望めないことはわかっていた。
つまり、時間だ。親父を殺し、俺が強者になる。俺が見てきた中でもっとも強い鬼を殺す。これほど心が高ぶることがあるのか。
俺は笑いながら歩きだした。
結論からいうと俺の望みは叶わなかった。なぜなら親父は全く知らない存在に首を跳ねられていたからだ。
これじたいはなんてことはない。親父が死んだのはただ敵より弱かっただけに過ぎない。俺の手で殺したいという思いはあったがそれも親父を殺したやつを殺せば実質親父を殺したことと同じだ。
俺は親父を殺したやつを探そうとしたわけだが......神様は俺のことが好きらしい。
絶対的な格。強者特有の圧。親父なんて比じゃないくらいの強者。一目でわかった。こいつが親父を殺したと。
そいつは黒い鎧に身を包んでおり顔がわからない胡散臭いやつだった。俺の姿を視認すると以前襲った冒険者と同じような刃物を構え俺と相対する。
本能が叫んでいた。プライドを捨てて逃げろと。
「......ククッ、ガハハハハハッッ!!!!」
笑っていた。冷や汗が止まらなくなり、体が震えても俺は笑い前を向いていた。
確かに恐ろしい。だが、それ以上の歓喜が俺の内にはあった。
俺はなんのために強くなったのか。強者であるためだ。見ろ。今目の前に俺よりも強者がいるぞ。それも圧倒的な差だ。だからこそ、
一歩足を踏み込んだ。
黒騎士が剣を前につき出す。俺を敵と認めたらしい。
......こんな強いやつから逃げるとか、ありえねぇ!
俺の本能をねじ伏せる。俺はただ勝つために進んだ。
......いくら殴っても手応えが全くない。まるで鳥の羽でも殴っているかのようだ。
殴っても殴ってもその剣に阻まれ攻撃が体を捉えられない。そのくせ敵は息ひとつ切らさない化け物だ。
「ッッ!しゃらくせぇぇぇ!!!」
だんだんと追い詰められている現状を打破するために腕を振り上げ......叩き下ろした。
剣士は避けるがそもそも狙ってない。
地面が割れた。比喩でもなんでもなくだ。剣士は慌てた様子を見せないがそれでもきついはずだ。
この黒騎士は衝撃を地面に移していた。理屈ではなく本能がそう言っている。なら地面がない空中ならその珍妙な業はできないはずだ。
「死ねぇぇ!!」
間違いなく腕の力だけでラッシュを仕掛けたはずだった。
空中でまともな足場もなくどう避けると不可能なはずだった。
「......あ?」
おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。
なぜ俺の右腕が落ちている。間違いなく俺はあの時やつを殺せる状況をつくったはずだ。避けるはおろか反撃などあっていいはずがない。
だが実際問題おれの右腕は切られている。やつが何かした様子はなかった。つまり、やつは俺よりも完膚なきまでに格上だった。ただそれだけの話だ。
だが思ってしまう。
......もっと殺してぇな。
その全てを犯し、屈服させ、腹の中にいれる。それこそが俺にとっての幸福だった。だが死んでしまってはそれも出来ない。
なら、俺がもう一度やり直すとしたら尻尾巻いて逃げるのか......あり得ない。こんな昂る戦いなら何度だってしたい。
......あ。
生きたいという気力さえ削りながら意識が闇に落ちていった。
「......起きたか」
......やっぱり神様は俺を愛しているようだ。黒騎士は俺を生かした。それも腕をくっつけてだ。なんでも俺を気に入り魔王軍に入れたいそうだ。
もちろん文句なんてない。勝者のいうことは絶対だ。それに......。
「そこだったら、お前と何回でも戦えんのか?」
黒騎士はフッと笑ったあと、
「望むのであれば俺以上のやつもいるぞ」
黒騎士は俺にとって何よりも脳が震えることを言ってくれた。
......あれ以上が......まだあんのか......!!
こうして俺の魔王軍生活が始まった。
魔王軍での生活は最高だった。立場としては黒騎士の直属の部下?というものだが黒騎士は基本命令することはなく、俺を自由にさせてくれた。
今までは何か適当な人間を殺していたのだが最近じゃ黒騎士や他の十傑と戦う方が楽しくそれどころじゃなくなっていた。
「てか、あんた名前はなんなんだ?いつまでも黒騎士とか言いづらいんだが」
魔王軍が所有している闘技場でいつもの遊びをしたあと汗ひとつかかない黒騎士に疑問に思ったことを聞いた。
「......悪いが過去の名前を名乗るのは俺の力に関係してくるからだめだ。とりあえずは苦労を掛けるがそのまま黒騎士と呼んでくれ」
......驚愕だ。
「あんたまだ強くなんのか!?」
少しはあんたのこともわかってきたと思っていたんだが......そうか。
「......フッ、安心しろ、お前は既に十傑になれるだけの能力を得ている。それは俺が保証してやる」
黒騎士は俺のそんな心の声を感じたのか少しキザっぽく笑ったあとそう俺を評価した。
なかなかむず痒かったし俺のことをそんな風に評価しているとは思わなかった。
「......チッ、まぁいいか、そう言えば俺に珍しくなんか仕事があんだろう?サクッと終わらせてきてやるから早く言いな」
「そうだな。今回は辺境のとある村の制圧が目標だ」
......それだけなのか?
「......そりゃ、適当に概念型のモンスターを放てば余裕だろ」
もしかしたらそこの冒険者次第では一体は持ってかれるかもしれないが三体いれば小さな都市程度なら制圧できる戦力が優にある。
「俺もそう思うが他でもない巫女様の予言だからな、軽くはどうしても見れん」
「......巫女様が出んのか」
この魔王軍において唯一その全貌が明らかになっていない存在。それが巫女だ。十傑の会議にもまともに出席せずそれをアシス様に許可されるというあからさまな特別待遇。
だが、物事にはそれなりに理由がある。それが巫女様の能力である予言だ。言ってしまえば未来を当てるだけの芸当、だがその価値は計り知れない。適切に使えば一生過ごすのに困らないだけの金銀財宝が手に入るだろう。
もちろん嘘っぱちの可能性もあるが少なくとも彼女が出した予言が外れたとこを俺は見たことがない。
「本当はこんなことにお前を行かせなくないのだが......巫女様の予言ともくれば警戒のしすぎというのもないだろう。行ってくれるな?」
......はぁ。
「わかったわかった。行きゃいいんだろ。さっさと終わらせて帰ってくるわ」
「......油断はするなよ」
油断してたら殺される敵なら最高だな。
「......概念型はオークを三体、スケルトンは好きなだけもっていっていいと許可は下りた。決行日は一週間後だ」
「そりゃ、大盤振る舞いだな」
俺は話半分にこん棒の素振りを始めた。そんなことをされたって俺一人いればすむのだから。
「......お前は良くも悪くも恐怖に鈍感すぎるな」
黒騎士の訳のわからない言葉。なぜかその言葉が頭をべったりと離れなかった。
人間が寝静まった夜。名前すらない村を視界に入れる。俺は驚いてしまった、なんせ冒険者をまとめるギルドはおろか防衛の要である門番には明らかに安物の槍を持った男二人。
......ぬるすぎる。
こんなことなら概念型一体で殲滅できるが我慢する。目的は確実な殲滅。なら正解は、
「......骨共は10体、オークは一体は村を囲むようにして殺し損ねた人間共を殺せ。だが、近づきすぎるな。そうだな。三分たったら村に来やがれ。後の奴らは俺についてこい......あと人間は食うなよ、軍に後でお土産にする予定だからな」
最善を尽くすつもりだが、しかし呆れてしまう。もう少しまともな相手だと思っていたのだが。
「......こりゃ、巫女様の予言もついに外れたか?」
村全体が寝静まり夜明けまであと少しといった時間。ごく稀に来る野獣や盗人への対策として二人の男が門を守っていた。
「けどガーナの旦那、こんな夜にモンスターなんてきやすかね?」
「馬鹿か、どんな日だってモンスターが来る可能性はある......宴会の途中で抜けなくてはならない不満も分かるがここに立つということは大切なことだ」
「いやー、分かってんすよ、けど、名にもみんな寝静まっているなかでもやらなくちゃならないんすか?」
「しゃべるのは勝手だが仕事からな。最低限集中してくれ」
ガーナは怠け者の同僚を注意しながらもため息をつく。上司として注意はするがガーナにとっても今日のような目出度い日の夜勤はたしかに辛いものであり少しばかり苛立っていたりするのは事実だった。
「けどなー......ん?あれなんすかね?」
そんな取り留めもない雑談に興じる部下の目に月の輝きに照らされた鬼が一人。呆けた面をしている男にはわからないが門番歴の長いガーナははっきりと感じていた。
(......なんなんだこの殺気は!?)
「......急いでみんなを叩き起こして、逃がせ」
震える声を絞りだし命令する。
「え?なんです」
「いいから早くしろッッ!!!!!死にてぇのか!!!」
震える体に鞭を打ち部下にこの村を守るための命令を行う。
が、少しばかし遅かった。
「わりぃな、うまそうじゃないから食ってやれそうにないわ」
男の首が吹き飛ぶ。目の前にはいつの間にか距離を詰めたのか鬼が鎮座していた。
さっきまで会話していた男がもうこの世にはいない。ただの人間であるガーナから冷静さを奪うには十分だった。
「ッッ、おおおおおぉぉぉ!!!!」
震えあげる体を鼓舞し槍を突き刺す、だが、確実に鬼の心臓を捉えたその一撃は鬼の鍛え上げられた肉に弾かれるという結果を向かえた。
「な!......ッあぁぁぁぁあ!!!!」
腕がない。
「死にな」
顔面に鬼のこん棒が突き刺さる。こん棒の突起が体を引き裂いた。
(......サーシャ、レイ逃げてくれ。こいつは、化け物だ......!!)
「......お?」
隠れるところをなくすために俺が家を粉砕していると、目の前に老いぼれがいた。
「お前さんたちは何者だ......?」
「ハッ!これから死ぬやつに教えてやる必要があんのか?」
爺の腕に短刀が出現する。
「......門番がいただろう。あの子達はどうした?」
「あ?殺しちまった......ッッ!」
首に衝撃が走る。
......何が......!?
首に触れるとべたりとした感触。目で追うことも出来ず切られたのだ。それを実感すると同時に心が高鳴った。
......なんだなんだ!!いんじゃねぇか......!!
「いいなぁ!!けど......あんた全力じゃないだろ!」
立場的に目の前の爺は村の雑魚共を守らなくてはならないはずだ。それは非常にもったいない。
得られないと思っていた高揚につい口が軽くなってしまう。
「なぁ、場所を変えないか?ここじゃ全力を出せんだろ?俺も全力のあんたと戦いたいんだよ!!」
「......村のやつらの安全を保証するなら構わない」
「俺がこの村に戻ってくるまでの間だけ保証してやる。死んでほしくないなら俺を殺せばいい、どうだ簡単な話だろう?」
爺は一度目を閉じたあとゆっくりと目を開き俺を見た。
「............いいだろう。どこでやる?」
「この辺にうちがつくったダンジョンがある。そこでいいな」
「......わかった」
久しぶりの殺しあい。それも強者とのだ。うきうきしてしまう。
「だが、最後に村のやつらに挨拶をしてもいいか?」
「それくらいなら構わねぇ......だがあまり待たせるなよ」
「なんでアジッタ爺さんがそんなことをしなくちゃいけないんだ!!」
ガキのうるさい悲鳴が響き渡るが我慢だ。ここで暴れるのもいいが最高の状態で獲物を食らわなくちゃな。
「大丈夫だ。お前さんは冒険者になるのだろう、なら泣くな。わしは帰ってくる」
今度は女共が爺さんのもとに集まってくる。
「ねえ?ぱぱはどうしたの?なんでぱぱはいないの?」
「......すまない」
爺の苦しそうな声が聞こえるがなぜ肉親が死んだ程度であのガキはあんなに泣いてんのか理解できなかった。
「チッ、爺!!早くしろ!!」
爺が何か言った後、こちらに向かってくる。
「配下共は先に向かわせてやったぜ。俺は先に行くが来なきゃ......この村の人間全て餌にしてやるからな。来ないなんてことはやめてくれよ......!!」
十中八九爺は来るだろうが念のために釘を刺しておく。爺は静かに頷くだけだった。
「こりゃ小さいなぁ!!」
階層にしておよそ二階。爺と戦うには心もとない。
「そういやあの悪魔もいってたな」
俺はどうしたものかと考えていると都合のいい悪魔の言葉を思い出していた。
「その......可能であれば構わないのですが村を制圧した後私が前つくったダンジョンを壊してもらっても構いませんか?」
萎縮した一目の悪魔から怯えた子犬のような声で懇願される。
「あ?お前の方が立場が上なんだから命令すりゃいいだろうが?」
俺は十傑のやつらの部下だが、こいつは十傑の連絡係だ。一応命令権はあっちにあるはずだが。
「ヒィ!!い、いや、兄貴に嫌なことをさせたくないという献身の現れでございやす!!」
「なら、断るわ」
悪魔が目に見えて慌て始めた。
......もっとどっしりしろよ。
「お、お願いしますぅぅ!!サンプルが足りんのんですぅ!!!このままじゃアシス様に比喩なしに首が飛んじゃうんです!!!慈悲を!!慈悲をお願いします!!!!」
土下座までし始めた悪魔。プライドはないのやら。
......てか、命令しりゃいいって言ってんだろうが......!あーもう!めんどくせぇ!!
「......チッ、わかったわかった、覚えたらやってやんよ」
悪魔があからさまに笑顔になった。
「ありがとうございやすぅぅ!!!!あなたは私の命の恩人ですぅぅ!!あ、人じゃなかったすね」
「さっさと目の前から失せろ!!」
ダンジョン一階層の中心。俺は骨共が離れていることを確認してから腕に力と魔力を時間を掛けて込める。
「フンッッ!!!」
地面を割る。地面が見えたらまた割る。それを何度も繰り返した。
軽く数回壊したあと上を見るとダンジョンは少しずつ修復されていく。
「壊せば壊すほど大きくなるとかダンジョンってのも大抵おかしいもんだな......お、きたか」
爺が俺を睨んでいる。ここにいるということは途中においてきた骨共を退けてきたということだが、もちろんそれで爺が死ぬなんて思っちゃいない。
新鮮な殺意が心地いい。俺だけを見ている。俺だけを憎悪している。それがたまらない。
「ッッ!行くぜぇ!!!」
我慢なんて出来るはずがなかった。
爺は早かった。俺が知るどんなやつよりも早い。黒騎士でさえスピードは負けるだろうう。
だが、火力が足りない。どんなに攻撃しても俺の治癒速度を上回れない。
しかし、俺も爺に攻撃を与えることが出来なかった。つまり膠着状態だ。
......すばしっこくて殴れないのは始めてだな......!!
攻撃がやんだ。
「おいおい!もう息切れか、よ......」
血まみれの爺。どこから血が出てるのかは一目でわかった。口からだ。
「......爺.....ふざけてんじゃねぇ!!!」
俺の攻撃は掠りもしていないはずだ。なのに血を吐くつまり、なにかしらの障害があったのだろう。
何が全力だ。もとよりそんなものなかったのだ。これ以上の最悪はないだろう。
しかし、俺はその後すぐに考えを改めることになる。
「......爺......まだやんのか......?」
爺は短刀を構え俺を見ていた。立っているのだって辛いはずだ。
「いいのか......?まだやらせてくれんのか?」
俺の目には確かに爺が頷いたのが見えた。
......最高かよ!!
俺のためにここまでしてくれる。これ以上の幸福などあるはずがない。
......ここまでされちゃ、俺も黙ってらんねぇな!!
爺が音もなく駆け出す。それを俺はあえてこん棒をおいて手を広げ受け止めた。切られたら修復するを繰り返すそんな無防備な時間、俺はそのチャンスを待っていた。
......ここだぁ!!
前を囲うように腕を動かす。少しの感覚も見逃さずつかみ取り壁に向けて投げ捨てる。
壁に打ち付けられた爺はなんの反応もしない。俺は地面に落ちたこん棒を拾い感傷に浸った。なかなかに歯応えがあり楽しめたがもっとほしい。
もうとっくの昔に村のやつらは死んでいるはずだな。
そう思ったのも束の間......気配を感じた。爺を見ているガキ。そいつは急いで爺のもとに向かっていた。よく見る光景だ。死んだ人間にわざわざ寄り付く人間のおかしな行動。
ただ、ひとつだけ違和感があった。致命的な違和感だ。俺はよく観察しその正体に気づいた。そのガキは、
......目が嗤ってやがる......!
顔はただ泣いてるのだ、だが、目が間違いなく笑っている。
そこで俺は確信した。人の死を喜ぶこいつはまさしく......俺たちの同類だと。
迫り来る凶刃を俺は楽しんでいた。
『......お前は良くも悪くも恐怖に鈍感すぎるな』
黒騎士の忠告が頭をよぎる。
......そりゃ、しょうがねぇよ。だって笑っちまうんだからな。
あんただって俺がこういうやつだって知ってただろう?なら、俺が何を考えているのかもわかってんのかもな。
「あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!!」
体を無理矢理左上によじり、刃の軌道上から首を離す。
......まだ遊びたんねぇ!!!
どこまでいったて俺は楽しんじまうよ。きっとこれは一生変わることはない。
ガキの一撃が肩に直撃する。俺を死に至らせるだけの威力は首に向かうこともなく俺の左肩を根本から切り落とした。
激痛も無視して全力で距離を取る。
「まだまだ遊ぼうぜぇ!!!!」
ガキを睨み叫ぶ。気分がおかしくなっているのが俺でもわかった。
ガキの体は俺から見てもわかるほどボロボロだ。身体中から血が吹き出し、腕からは骨が垣間見得ている。少なくともさっきの馬鹿げた威力の一撃はないはずだ。それどころかまともに動くことさえも出来やしないだろう。
......関係ない。
だが、油断はしない。もう左腕の出血は止まっている。軍に戻ればくっつけられたはずだ。なら全力を尽くせ。このガキはそれだけ......強い。
右腕の拳を固く握り、鍛え上げた下半身をもって駆け出した。
拳は無抵抗なガキの心臓をロックオンし風を置き去りにし放たれた。
ガキのからだが無造作に吹き飛ぶ。今の一撃は手応えがあった。俺は確信する。
......死んだな。
ガキの死体のもとに向かう。心臓に手を触れるとやはり止まっていた。
「......もっと遊びてぇなぁ......」
より長い期間、より濃い内容で戦い続けたかった。少なくともこんな一戦で死んでいい男ではない。
「......戻るか」
さっさと戻って腕をくっつけてもらわなくては。俺はそんなことを考えてガキの死体に背を向けた。
「......ま、て」
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