竜二
意識が戻る。懐かしい感覚だ。体が満ち足りており何をしても上手く行く気がしてくる......こういうのをドーパミンが出てるっていうんだったな。よくわからないが左目も肋も治ってる。
「おいおい......!そんなもの隠してたのかあんた!!」
鬼の嬉しそうな声が聞こえる。
うるさいな。調子がいいんだ、黙ってくれ。
敵の固い外装を突破するために今出来る最高濃度の波でナイフを二本用意する。
ーー踏み込む!
数十メートルある距離を一息に詰め、下から一太刀を浴びせる!が、後ろに下がられ避けられた。
しかし、それは俺の一太刀が致命傷を与えるに足るものだという証明でもあった。
「......ふぅ、まじで最高かよ!なぁ、あんなこと言って本当悪かったよ!訂正するわ!!あんな老いぼれとは比べ物にならねぇな!!」
「............フッ!!」
戯言を切り捨て今度は撹乱のため外回りに接近する。神速をもって背後に回る!今度は回避の余裕は与えない。
首に一太刀。だが、筋肉に阻害される。いや、それどころか離れな......!!
左から濃密な波の気配。反射で左のナイフを用いて回避行動を試みる。
しかし、判断が遅すぎた。
「......グゥッ!!!」
直撃したわけではないのに壁まで吹き飛ばされる。もし、まともに当たったら俺の柔な体じゃ豆腐みたいにあっさりと潰れることは想像に難くない。
空中で一回転し壁を足場にする。鬼の首にはもう既に切りつけたはずの傷はなかった。手答えはあった。つまり、
「......自然回復の速度も一級品か」
恐ろしいほどの治癒力。
「......切られた?切られたのか......?」
鬼が首をさする。まるで今切られたことに気づいたかのようだ。さすがに恐怖を覚えたのか心なしか体も震えている。
「おいおいおいおいおいおい!!!......なんっって楽しいんだ!!これだよ、これ!!俺が求めていたのは!!!一方的じゃなく、俺も死ぬかもしれない!なんて......なんて!!!心地いい!!!」
......都合がいいことばっかり考えすぎたな。
しかし傷つけられたのは確かだ。それは鬼の足元に落ちている血のついたナイフが証明している。
......なら、自然回復でも間に合わない速度で切りつける。
ナイフを落とした一本分つくる。こっちは一発食らったら即終わる。それに対し相手は普通の攻撃では傷ひとつつかない。
あの強力な一撃を回避するためには感覚では足りない。目を閉じ波に意識を集約させる。五感を全て波に委ねる。
ーー踏み込む!
一瞬に鬼の背後に回り込む、が鉄脚が襲いかかる。勘......というよりも本能に近しいものだろう。音も立てずに距離を詰めたのにこれではやってられない。
......だが、もう戻ることは不可能だ。
ならば、全能力を回避に注ぎ込む。体を捻り、ナイフの甲で少しだけずらす。
風を切る轟音が遅れて地下に響いた。鬼の表情はやはり嬉しそうだ。
鬼の体制は確実に悪くなった。なのに隙がない。どこを切りつけてもダメージは入るだろう、だがその代償にはやつの全力のカウンターが待ち構えているはずだ。一旦距離を離し、目を開ける。
「......勘もいい。やっぱりパワーが物足りないがそれを補って余りある技術......!!いいな!」
鬼が体を丸める。首を体の内に入れ、手で隠す。急所をひたすらに外から見えないようにする。あれをされると俺の攻撃が致命傷になることはないだろう。
「安心しろよ、これは耐久テストだ。さーて、壊れんな、よ!!」
鬼の下半身に膨大な量の波が集まる。
......ゾクッッッ!!!
体を襲う未確定でけどたしかな死の予感。冷や汗が一気に吹き出る。
俺は直感を信じて、全力で跳躍した。後にその判断は間違っていないと俺はこの馬鹿げた結果と共に確信する。
地下何階かはわからないが一般的に固いといわれるダンジョンの壁を容易く抉り、鬼は姿を消した。
ダンジョンというのはさっきの説明にもあった通り魔力によって誕生した異常空間だ。つまり空気中には地上とは比べ物にならないほどの波が漂っている。この空間において俺が特定の波を認知する場合、地上のおよそ三倍の集中力が要求される。
しかし、例えばだ。固体ならどう見える。ダンジョンの壁、地面......ダンジョンそのものは魔力で出来ている。つまりただの波なのだ。波が物質化したもの。正解は空気中とは比べ物にならないほどの超高濃度の波の塊だ。
それは、やつが壁の中にいる限り三倍なんて比にならないほどの集中力を費やさなくては俺の波が意味をなさないということに他ならない。
波による感知がなければ俺は直感に頼らざるおえない。もちろん壁から出た状態なら波でもわかるがそれでは遅い。
しかし、これ以上の集中は不可能だ。周囲からはゴオォ、と岩を削り進む音、地盤が軋む音。
ナイフを強く握りしめる。そろそろ来るはずだ。右、左、下、斜め前、斜め後ろ。あらゆる方向に注意を向ける。
ーー右!
本当にかすかだが気配を感じとる。ナイフを構え、回避を諦め被害の軽減を図る。
間違いなく俺は最善を尽くした。現状における最高の選択。その結果は俺が人外のパワーに弾き飛ばされるというものだった。
「......ガァァ......!!!」
壁にめり込む、しかしそれで攻撃が終わるわけではない。目の前には拳を構えた鬼。無駄だと知りつつもナイフを作り防ごうとする。
「死ぬんじゃ、ねぇぞッッ!!!!」
化け物のラッシュに堪えきれず腕が死んでいっているのが感じられる。そんな中ある確信があった。
化け物は手を抜いている。でなきゃ俺はもうとっくにぺしゃんこだ。
ラッシュが終わった。俺はただ重力にしたがい落ちていく。
体が全く動かない。動かなくてはと思っているのに動いてくれない。
鬼の近づく音が俺を焦らすように伝える。俺はまだ何もなしていない。諦めることは出来ない。無様でも滑稽でも歩かなくてはならないのだから。
「......た、て......!」
あいつらのためにも生きなくては......!!
「......ガァァアァァァァ!!!!!」
死力を尽くし立ち上がる。俺はまだ死んでないぞ、と、鬼を睨み付ける。
「......おいおい......!まだ遊んでくれんのか!カアー!!もったいねぇ!!お前が人間じゃなかったらアシス様に頼み込んで魔王軍に入れてもらったのになー!!......しゃーねぇ、仕事だしな。そろそろ殺すわ」
......『今回の事件の元凶であるアシスーヘンリー』
頭をめぐるのはとある天使の言葉。
......こいつが。
瞳に火が宿る。轟轟と燃え上がりその全てを焼き尽くさんばかりの炎だ。
......俺が甘かった。死なないことを前提に考えていたらこいつは殺せない。必要なのは命を賭けた上で死なずに勝つ勇気だった。
息を吐く。波を体にさらに含ませていく。脳みそが沸騰しそうになるほど熱い。しかし、足りない。
ーー一息に弾けた。
持てる全速力でナイフを首に捉えるが、
......関係ない。
ナイフを腕に突き刺し、そこを機転に鬼の顎に渾身の蹴りをお見舞いする。本音を言うとこれで脳震盪が起こりでもしたら良かったのだが......。
鬼は自身の腕越しに凶悪な笑顔で俺を見た。
......人間と同じことが起こるわけないか。
俺はすぐにナイフを手放し次を作る。前よりも早く、前より強く。鬼は既に拳を放っている。
白黒の世界に鬼の動きが鈍くなる。俺は頭を回し続けた。
避けるには体制が悪い。防ごうにも武器の強度か足りない。俺に残された選択肢は俺が今用意できる最も固いナイフで下からかちあげ、軌道を逸らすことだった。もちろん以前の俺では絶対とは言わないが不可能だったろう。
集中する。引き出すのは別時空の俺の技術の一部。今の俺にも再現できる技術を選定する。一部とは言えあらゆるを殺し名実ともに最強となった男の技術だ。この状況を打破するだけのものはあるはずだ。
探せ。探せ探せ探せ探せ探せ。
それは本来あってはならない記憶だ。
曰くその男にはありとあらゆる切る、突く、殴るといった現象を全くの虚しいものに変える。体にネジリを加え波の方向のちょうど41度の地点から波にナイフを沿わせて従わせ操る。
言葉にすれば簡単だが彼が戦ってきた歴史の中で満足に成功した例は数える程度しかない。それを彼は一発で成功させなくてはいけないのだ。
ゆったりと俺を殺すためにこちらに向かってくるおぞましいほどの波。一度も試したことがない技を再現しない限り死は確実な状況で、俺の思考はこれ以上ないほどに整っていた。
集中はより深く、沈み込んでいく。一切の雑念もなく。俺は不思議なことに確信していた。必要なのは右手のナイフだけ、後は邪魔だ。そう思い左手のナイフを手から落とす。
体にひねりをかける。
ナイフを鬼の腕に沿わせる。
そして、ひねりを戻しながら波を操る。
そもそも波を操るとはなんなのか。波とは本来空気中に漂い人の体から湧き出るものだ。そんな自然由来のものにどうやって異常な方法で干渉するのか。
その答えは俺の中にあった。
思い出すのはかつて雨の中、両者の存在を賭けた師との戦い。
『敵が突然ナイフを手から離す。と同時に俺の腕を引き寄せその流れで拳を放つ!!』
あのとき確かに微かだが俺の波が爺さんの拳に宿っていたのだ。
あれをもっと効率的にやればいい。微かでは足りない。相手の波を根こそぎ奪い、その全てを支配下に置く。それだけやってやっと可能性が見える。目の前の化け物はそれだけの存在だ。
それは不思議な光景だった。俺の二倍はあるであろう化け物が自身より小さい人間に翻弄され、本来狙っていた場所とは遠くはなれた地面に拳をめり込ませる。
業の極致がここにあった。
勢いをそのままにナイフを鬼の首に狙い定める。少しも余すことなく鬼の潤沢な波をこの一撃にのせる。
......ッッ!重、いッ!!!!
自身の限界をはるかに上回っている力を扱うのだ、なんの労もなくとはいかないと思っていたが、予想以上だった。腕を持ってかれるほどの重量。歯を食い縛って耐える。
「オオォォ!!!」
ナイフを両手で握り振り上げた。
無防備にもさらけ出された首。避けられたらそれはもう生物ではない。まさしくこれを逃したら次のチャンスは来ないだろう。
俺は高らかにナイフを振り下ろした。
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