魔王軍

 爺さんのところに急いで駆け寄る。鬼は何をするでもなく見ているだけだった。

 「おい!大丈夫か!」

 生きてることを願って必死に爺さんの体を揺らす。

 「......あんまり、揺らすな」

 爺さんが目を薄く開け返事してくれた。それがあまりにも嬉しくて......やっと俺が泣いていることに気づいた。

 「良かった!本当に良かった!」

 「おい、お前さんはわかってんだろうが、もう長くないって......」

 爺さんは俺のみを見た後きっぱりと言いきった。


 ......そうだ、本当は......。


 「な、何言ってんだ!こんだけハキハキしゃべっておいて死ぬわけないだろ!?」


 ......もう......。


 「......それは楽だか、後が辛くなるだけだ」


 ......爺さんの波は......。


 「そうだ、すぐにあいつ殺して、帰ろう。今日はハンバーグにし、よ......う」

 爺さんが俺の顔を撫でる。なんなんだよ。

 「......泣いてまで自分を騙すな」


 ........................こんなの、あんまりだ。


 「......もう目がまともに見えてないんだ。あんま迷惑かけんなよ」

 「............ごめん、守れなくてごめん」

 神様は残酷だ。

 「いいんだ......村のみんなは無事か?」

 爺さんは笑っていた。きっと守れたと思っているのだろう。けど......ッ、..................なら、せめて。  

 ......つまるな。泣くな。笑顔で明るく。

 「......ああ!みんな無事だ!かすり傷ひとつなかった。爺さん、あんたが守ったんだよ!」

 ......上手に言えただろうか。きれいにこの偉大な英雄を騙せただろうか。

 しょうがないじゃないか。俺は爺さんが笑って逝けるなら何度でも騙す。それが俺の爺さんへの恩返しだ。

 「......そうか、守れたのか......もう、そろそろだな」

 爺さんがもうすぐ死ぬ。現実感はないのに確信してしまう。

 「......爺さん言いたいことは一杯あるけど俺、爺さんの弟子で良かった」

 「ああ、わしもお前に出会えて良かった............」

 微かにに燃えていた波が完全に消えた。爺さんが死んだのだ。

 ......あぁ、もう我慢しなくていい......けど、まだ邪魔者がいる。それを排除してからだ。

 俺は爺さんの体を丁寧に地面に置き、振り向いた。

 「ん?もういいのか人間?」

 腰を下ろして俺らを見つめる鬼は大きくあくびをしてそう言った。

 「なぜなにもしなかった?」

 「おいおい、俺は強者には最大限の敬意を表すぜ。強者には、な」

 お前はどうだといった口調だ。化け物には化け物なりのプライドがあると。

 「......悪いが俺にはお前に敬意を払うことはできない」

 「構わねぇよ、そこの爺の関係者なんだろう?期待してるぜ人間......!」

 鬼は俺の背丈ほどあるこん棒を持ち上げる。息を吐いてナイフを両手に構えた。

 

 これが最後だ。

 

 

 

 





 いくら弱っていたとしても爺さんを殺した相手。何かがあるはずだ。油断はもってのほか、ヒットアンドアウェイを主軸に展開するべきだ。


 俺はそう考えまずは、牽制にナイフを二本放つ。


 しかし、鬼は何をするでもなく。ただ立っていた。鬼には結果がわかっていたのだろう。


 ナイフは鬼の肉体にかすり傷をつけることも叶わず、地に落ちた。


 ......通常のナイフじゃ傷ひとつつかないか......。


 距離を詰め、ナイフで三度切りつけ、距離をとる。が、これも傷ひとつない。


 鬼は退屈そうに鼻をほじっていた。




 「......お前たち、揃いも揃ってすばしっこいな」


 鬼が気だるげにこん棒を高く振り上げた。


 第六感が悲鳴を上げる。このままやらせたらまずいことになると。

 「ッ!......ハァッ!」

 通常よりを波を込めたナイフを二本、鬼の眼球に向けて射つ! 

 

 しかし、眼球にたしかに当たったナイフは先程と同じ結果を向かえた。

 

 ......眼球でも傷ひとつつかないのか......。


 「......だがッッ!揃いも揃って圧倒的にパワーが足りねぇッッ!!!」

 

 今までのどれとも比べられないエネルギーの塊が地面を直撃し粉砕した。


 ......地面が割れる。

 

 俺を包むのは心臓が浮くような気持ち悪い浮遊感のみ。


 より深くより深くにと体が落ちていく。


 ......冗談だろ......!叩いて地面割るとか出来んのか!?


 同じ存在と見たのがそもそもの間違いだった。これが同じ世界にいるのがそもそものバグ。

 「考えてる暇、あんのか?」

 頭上からこん棒が轟音をもって振り下ろされる。

 ......ッッ!

 思考する暇もなく波をかき集め剣にする。真正面から受け止めるなど不可能。ならば......逸らすしかない。

 垂直の方向に渾身の力を込めて振り......きる!!

 結果としてこん棒は自重に惑わされ宙をまった。

 鬼の驚いた顔が見える。

 

 「......こりゃ、驚いた。こうも簡単に流されちまうとは。驚いて離しちまったしよ」

 簡単にとは言ってくれる。だが、今のでやつの武器はなくなったはずだ。


 ......まだ俺は目の前の敵を甘く見積もっていた。

 「ま、殴りゃいいか」

 力んだのが目に見えてわかる。


 ......ここは空中だぞ......!


 そうだここは空中なのだ、こん棒は重力に従うだけで威力が保証されるからまだいい。だが、殴ると言う行為は体重移動がものを言う。まともな踏み込みが出来ない場所で威力があるはずが......。


 来る鬼の拳。波が見える俺だからわかった。そもそもがおかしかったのだ。凝視すればため息をつきたくなるほどの波の収縮。より濃くより密度を高く。体全体を波が包んでいる。人間とはそもそもが比べ物にはならない。

 生物の臨界点。まさしくそれだ。そんな化け物が放つ拳。まともなはずがなかった。拳に集まるおびただしい量の波。


 受ける......不可能。

 

 逸らす......不可能。


 回避......不可能。


 何度もシミュレーションしては殴り殺される。

 

 まずい!まずいまずい!!

 

 解決手段がなにもない。なら、受け入れる必要があった。受け入れた上で被害を最小限に。


 ーーインパクトの瞬間にあわせて後ろに飛ぶ......!


 言うは易し行うは難し。もはやこれは直感の話だ。目で捉えられないだろう一撃のインパクトの瞬間に下がるなど正常な脳みそで出来ることではない。


 体に波を圧縮して体を強化する。もちろんこれで受けれるようになったりはしない。そもそも、波による強化は発生するエネルギーを増やすだけで物を固くしたりすることは出来はしない。

 だが、俺は受けた瞬間着地の準備もしなくてはならないのだ。どれだけの割れ目か知らないが着地がもし失敗したら俺は莫大なエネルギーに体を堪えきれなくなり死ぬだろう。

 

 チャンスは一回。頭を燃やすほど集中。世界がモノクロになるがたいして鬼の体は変わらない。

 

 そして......爆音が爆ぜた。


 「ッッッッッッゥゥゥゥゥ!!!!!!!」

 対抗するのではなく受け入れる。その作戦は確かに成功したと言っていいだろう。ただ......彼の予想よりも化け物が何倍も上だったと言うだけのことだ。


 ......肋がなん本か逝ったな。


 完璧に防いだ結果がこれだ。肋は折れ肺にも刺さったのだろう、呼吸がしづらかった。


 ......やっぱ、いてぇ......。


 だがまだ着地が残ってる。意識をもう一度起動。着地と同時に転がることで衝撃の分散を図る。


 地面が見えた。


 本当に一瞬だった。もう鬼の姿は見えず、距離は離されたのだろう。


 覚悟は出来てる。集中。失敗は許されない。


 

 


 

 

 懐かしい話を思い出した。

 『ダンジョンには修復機能がある。古来よりダンジョンとは不思議なものだが何よりも注目を集めたのはこれだ。時間さえあれば勝手に直る。これを建築物なんかに適用できないか考える学者は山ほどいた』

 『けど出来なかった』

 出来ていたなら昨日大工の真似事なんかしなくて良かったはずだ。

 『ああ、ダンジョンとは不思議なもんだ。人の考えが簡単に覆される。だから人を惹き付けるのかもな』

 

 



 



 なんでこんなことを今思い出してんだろ。いやこの光景を見てしまったからか。

 目の前に映るのはダンジョンの神秘そのもの。壊れた地面も壁も意思をもって形をなす。ゆったりと天井が再生されていく。

 まさしく頂上の意思とも思える現象だ。



 「ハァ、ハァ......ッ」

 俺は無事着地に成功し、倒れ込んでいた。いや無事ではないが。

 「......うっ!」

 血を吐く。呼吸もしづらくなってきた。意識も溶け始める。

 ......こんなところで倒れている暇はない。

 そうだ。こんなところで死んでどうする。まだ俺は納得していない。


 『納得できる答えが得れるとでも?』

 「うる、さいっだま、れぇ......!」

 またもや、幻覚。目の前の男は妖しく笑う。

 『そこまでしてまともでありたいのか?ハッ、本当に無様だな』

 「だまれぇ......!!」

 俺は目の前の邪悪を睨み付けた。進むことを馬鹿にしたこいつは許せない。

 憎悪を力に変え、存在そのものをかけて立ち上がる。

 

 「まだ、いきてんのか......しぶてぇな」

 空気が破裂する音と共に砂煙が巻き起こる。あの鬼の声だ。口調とは逆にどことなく喜色に満ちている。俺が生きてることを喜んでるのか。

 「......てっおい、死にかけじゃねぇか」

 だがその表情もすぐに曇った。血塗れの俺を見たからだ。このバトルジャンキーめ。

 「おいおい、爺はもうちっと踏ん張ったぞ」

 ここだけだ。ここだけ踏ん張れたらいい。もっと絞り出せ。枯れるまで吐き出せ。

 「..............................だま、れ」

 お前らが爺さんの何を知っている。あの人の歩いてきた過去を、つかもうとしていた未来を苦痛に満ちていた今を。

 鬼の目に喜色の色がよみがえった。

 「そうだ!その調子だ!もっと俺を楽しませてくれ!!」  

 「......狂人が。反吐が出る」

 体を燃やせ。爺さんの前で見せたあれだ。現状を打破するためにはあれしかない。

 

 波を圧縮!!!密度をより高くし、波の効率をあげる。


 体に波を集約させる。脳の血管がきれた。

 ......問題ない。

 体の隅という隅まで波を循環させる。左目が潰れた。

 ......問題ない。

 「............ッッ!オオォォォ!!!」

 超えろ超えろ超えろ越えろ超えろ超えろ!!! 


  






 ............................................................................................................................................................プチッ。


   












 『......また会ったな。もう会えないって確信してたんだがな......』

 全てがあやふやでぼんやりとした空間でなりたかった『俺』を見た。

 俺はなにも考えず、腰を下ろした。あっちの『俺』も腰を下ろしてくれた。

 『......俺さ、お前にあってから、自分に負けないように折れずに疑わなかったんだ。でさ、一杯殺した。反吐が出る罪人、愛に殉じた神官、友人のために死を選んだ少女、父親、あと......友達......とにかく全員殺したよ。けど、少しも嬉しくなかった』

 死んだ顔をした『俺』。心のままに生きた男の結末は男の予想よりもはるかに虚無だった。

 ......やめてくれ。

 『おかしな話だよな。間違いなく敵を討ったんだ。これで俺も幸せになれるなんて思ったのに誰も俺にはいなくなっちまった』

 ......やめてくれ。

 『そして、俺は一人朽ち果てた。こんなの、俺がほしかったもんじゃ......』

 「やめてくれ!!」

 止まらなかった。それだけ俺の心に傷をいれたのだ。

 「お前がそんなんじゃ、俺は......俺はどうやって幸せになればいいんだよ!!」

 自らを疑わずに信じた道をただ邁進する。俺はその輝きに恨み、焦がれ、そして、惹かれたのだ。

 そんな輝きでも出来なかったことを俺に出来るはずがない。

 「頼むよ!お前だけは幸せであってくれよ!!」

 『......』

 わからない。なにも残らないかもしれないとわかっていても怖い。なりたかった『俺』の結末がこんなにも虚しいものだったのだ......。

 『俺』が突然語り始めた。

 『......なあ俺、やっとここにいる意味がわかったんだ......弱い俺を助けるためだったんだな』

 俺の腕を握る。目を閉じ詠唱を始めた。

 『我が身は溶ける 我が身は朽ちる 我が身は呪いの半身 ならば 貪れ 啜れ 溶け合え 』

 頭の中に激痛が染み込む。

 「....................................おえぇ!!」

 頭の中が情報で一杯になる。頭を回し処理しようとするが数が多い。脳が混乱しつい吐いてしまった。

 とある男の一生分の絶望、希望、喜び、悲しみ、怒り、憎しみ。

 「............ッッ!頭ぁ痛、いぃぃ!!!」

 とある男の永い時間の中で打たれ磨かれ研鑽され尽くした技術のほんの一部。

 『......チッ、やっぱり記憶は無理か。まあいい、おい!よく聞け!ありったけをくれてやる!俺の死ぬまでのほぼ全てだ!だから......』

 「ッ......!やめ、ろぉ......!」

 そのつぎの言葉はまずい。あいつはわかっているはずだ。だってその言葉に苦しんだのはあいつだって一緒なんだから。

 『......わりぃな』

 申し訳なさそうに笑う『俺』。

 『俺の分まで幸せになってくれや』

 


 ひどい呪いだ。また俺に止められない理由を与えるのか。もうありすぎんのに。

 「............あ」

 胸に手を当てる。そこには......

 

 地獄のような日々を歩き、疲れはてついには力尽きた男の魂。

 ゆっくりと回りを見渡す。誰もいない。まるで最初からいなかったかのように。あの眩しい男はもう、いない。

 「......戻らなきゃ」

 自然と口から零れていた。もう戦いたくないのになぜ俺は進むのだろうか? 

 「決まってんだろ」

 ......それが藤原竜二の選んだ道だからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る