魔女
「......俺こんなんばっかだな」
俺は呆れていた。また知らない世界。もう何度経験すればいいのやら。
回りを見渡せば幼児が矢鱈目ったらにクレヨンで画用紙を塗り潰せばなるのではといった世界。
あらゆる色が雑多に混ぜ合わされており、なんというか気味が悪かった。
『いらっしゃい、主人公君』
女の声なのだが、それ以外の情報が全くわからない。それより俺を主人公とはどういう意味だ。
『どういう意味も何もそのままの意味。この世界における鍵はあなたなのよ』
......心を読むタイプか。もうなんも思わなくなってきたな。今までならもう少しテンパってたはずなんだがな......それはともかく鍵か......あながち間違いではないのかもしれない。
俺の親が関係している以上主人公かはともかく何かしらでこの世界に影響を与えることはおかしな話ではない。
そんなことよりも、やっぱり実体がない相手との会話は疲れるな。
『あら、そう?ならちょっと待ってて』
ポンッと小さな爆発を伴って現れた女。妖艶な女だ。たぶん現代日本でも傾国美女と呼ばれるだけの顔はしているだろう。
......この考えも読まれているのか。
そう考えると恥ずかしくなってきた。だが、女『宝石の魔女』......魔女は特に何も感じてなさそうだ。
いつの間にか椅子とテーブルが出ており更にその上にはクッキーと紅茶が並んでいた。
『早く座りなさい。紅茶が冷めちゃうわ』
俺は言われるがままに座る。なかなか座り心地がいい。
『あ、毒は入ってないわよ』
いや、といわれても確証がないからな。とりあえずは飲まないでおく。問題ないと思ったら飲むことにするわ。
『あら、そう......』
どことなく悲しそうな雰囲気。やめろ、それは俺にきく。
とりあえずナイフを右手に作っておく。が、形を成した瞬間存在を否定するように崩れ落ちた。
『この場では争わないことをおすすめするわ』
魔女は何もなかったかのように紅茶をすする。なるほどナイフは作れそうにないな。
この場に呼ばれた時点で詰みなのだろう。だがあっちに俺を害したいという考えはなさそうだ。そこだけは運が良かった。
『ええ、そう捉えてもらって構わないわ』
なら、なおさら俺をなんのために呼び出したのかわからないな。
『んー、言ってもいいんだけどやっぱりせっかく会えたなら長く楽しみたいじゃない』
......心を読める時点で隠し事は無意味なんだろうな。
『ものわかりがいいって助かるわ。じゃあ、早速会話をしましょう』
こうして彼女との対話は始まった。
『......故郷を滅ぼされて、復讐するために天使の力で別の世界に渡った。けど今じゃ自分の考えていることさえわからなくなってしまった。それを知るために今は行動している......聞けばきくほど主人公ね』
対話なんて言ったが相手が頭のなかを読んで勝手に納得するだけの作業を対話なんて言ってよいのだろうか?
『いいのよ。こうして意志疎通が出来ている。それだけで会話なんだから』
そういうものなのか。
『そういうものよ』
魔女はにこにこと笑っている。だが、どことなく嘘っぽい。
『あら?それはあなたの勘違いよ。私は自分の心には嘘をつかないの』
......ああ、だが疑うことくらいは許してくれ。
『まあ、それもしょうがないわね』
『そうねー、これだけ見せてもらったんだからなにか返したいわね。聞きたいことがあったら聞いていいわよ?』
聞きたいことか?なら、あんたが言う魔女ってなんだ?
爺さんの話に魔女なんて言葉はでなかった。所詮一年たたない程度の知識だがそれでも存在さえも知らないと言うのはおかしい。
『魔女というのは神に反逆するために存在そのものを人間とは別の次元においた概念の総称。別の次元の存在なのだから通常では人に知られないのは当たり前のことよ』
神への反逆?なぜそんなことをするんだ?
『そもそも魔女になるには魔法の深淵を学ばなくてはならないの。ただそこでほとんどの存在が悟り、苦悩する。あまりにも時間が足りないと。しかしここで諦めるものは魔法を極めようとはしないわ。その問題を解決するために考案されたのが時間と言う概念を取り払った空間を作り出す空間魔法』
『たしかに画期的な魔法だったわ。ただそんなこと時間を司る神々が許すはずがなかったの。神々は権能をもって、魔女を殺し世界をあるべき形に直し始めた。もちろん魔女もそんなことされたら抗うしかない。こうして魔法を極めたい人間対時間をいじらせたくない神の戦いが始まったの』
なんというか妥協はできなかったのか?
『魔法使いに妥協はあり得ないわ。結果がでなければ発狂した挙げ句自殺するような人種よ?......もちろん私はそんなことしないわよ......!?そんな非生産的なこと......!』
焦ったように言う魔女。何も言ってないのだが。彼女には地雷だったのだろう。
落ち着いたのか、紅茶を嗜む余裕も出来たようだ。
「まぁ、魔女については何となく理解できた......けど、なおさら疑問だ。魔法の才能なんて欠片もない俺になんの用があんだ?」
結論としてはやはりここに帰結する。俺の当然の疑問に魔女はただにこにこと笑って返す。
『......まあ、そろそろいいわね』
......は?何が......この光は?
右肩に魔方陣が発生し発光する......痛みをつれて。
「ッッぅぅ!!!!!ガアアァァァ」
理性の焼失。あまりの激痛に脳が思考を許さない。俺に許されたのはただ獣のように叫ぶだけ。
右肩を強く押さえ、うずくまる。こうでもしないと今にも走り出して何かめちゃくちゃにしてしまう気がした。
『あら?よほど相性が良かったのね。この子がこんなに喜ぶなんてホントに何百年ぶりかしら?』
掠れた視界にに嘲笑を浮かべた女の顔が映る。だがそれもすぐにかき消された。
『大丈夫よ。朝起きてれば全部なかったことになってるわ』
なんも聞こえない。
「グゥゥゥッッ!!!」
ただ声にならない悲鳴が立ち上るだけだった。
「......ッッ!ハァッ!!」
悲鳴を上げ飛び起きる。汗が飛び散った。息を急いで整える。
「......この年で怖い夢を見て飛び起きるとか、笑えるな......」
乾いた笑いが浮かぶ。
しかし、どんな夢を見ていたのか。全く思い出せない。
外はもう明るい。さっさと行って飯を用意しなくては。俺は口角が上がっていることを認識しながらも直すことはなかった。
俺は扉を開けた。
俺は爺さんの家まで走ってるのだがおかしいことがある。
「......なんでこんな音がしない?」
自然の音が全くといっていいほどないのだ。こんなこと今まで一度もなかった。
......嫌な予感がする。
俺は妙な気持ち悪さに従い更に早く走った。
「......なんだよ、これ......!」
村の入り口。そこには血まみれの男が二人いた。一人はガーナだ。
「おい!おい!起きろ!」
ガーナの体を揺さぶるが反応がない。最悪の想像が俺を襲う。
震えるからだに鞭を打ち心臓に耳を当てる。
「......あぁぁ」
音がしない。それすなわち......死んでいたのだ。
気のいい男だった。家族のことを愛し村の人を愛し命を張ってこの村を守る。こんなとこで死んでいい男では決してなかった。
ここでなにかを言っても変わりはしない。
「......行かないと」
この先に何がいるかもわからないが彼が命を張ったのだ、ならば彼の命は報われなくてはならない。彼が命を懸けて守ったものを守り通さなくては。
俺は不退転の覚悟をもって人なき門をくぐった。
そこはかつての地獄と全く同じだった。血が飛び散り、死体が散乱している。
血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が
......なんだこれは......。
パン屋のおっさんが切り刻まれて死んでいた。踞っており体を動かすと力無くどさりと音を立てて倒れる。そのうちには......すでに事切れているアレス。死してなお、おっさんは守ろうとしたのだろう。
......守れなかった。
外にはもう人が見当たらない。建物は崩れ落ちている。今にも発狂しそうだったが俺はわずかな希望を胸に瓦礫をどかし始めた。
どかし始めると腕が見えた。
「ッッ!今助ける!!」
急いでどける。どけてどけて。
......見つけたのは子ども。それも頭の潰れた。着ている服からしてリスタだった。
強く抱き締める。血がつこうが関係ない。歯を食い縛る。こうでもしないと俺は全ての責任を忘れて逃げ出してしまいそうだったからだ。
......まだだ、誰か、誰か生きてるはず......。
しかし、瓦礫をどかせどどかせど出てくるのは親しき人の死体。
ガーナの家の近くでサーシャがレイを守るように死んでいるのを発見した。誰も生きていない。
俺の心が死んでいくのがわかった。
「......竜、にぃ......?」
微かな声が聞こえた。それは今の俺にとっては福音のようで俺は声の発生源であるレイを見た。
「!レイ!......まずい!このままじゃ死んじまう!」
急いで波をレイの傷に纏わせようとする。だが上手くいかない。それもそのはず普通自身の波などを相手に譲渡することは叶わないのだから。
......そんなことわかってる!!
「クソ!クソ!!死ぬなよ!!死ぬなぁぁ!!」
「......竜、にぃ、おね、が、い」
「しゃべるな!このままじゃ死ぬんだぞ!」
命の灯火が急激に薄まっていく。無理にしゃべった影響なのだろう。
......頼む、それだけは止めてくれ。死なないでくれ。
「......アジッ、タ爺さん、が囮になるために、敵をつれて、ダン、ジョンに行っちゃっ、た。けど、僕た、ち他の奴ら、に気づけ、なかっ、た」
「頼むからしゃべるな!!クソ!!死ぬな死ぬな死ぬな死ぬな死ぬなァァァ!!!」
「......竜にぃ、生き、て」
止めてくれ!俺はみんなが死んだらどうやって生きろと!そんなこと言わないでくれ!
「......ご......め............」
..................................................................................................................呼吸をしていない。
嘘だ。嘘に決まってる。
けど呼吸をしてなくて......。
レオの死をもってこの村は爺さん以外みんな死んだ。みんなみんなだ。
「あぁぁぁっっ......!!助け、られなかった」
地面を叩く。渾身の力で何度も何度も何度も数えるのが嫌になるくらい。
涙で前が見えない。
「俺が、俺が昨日ここにいれば......!!」
......みんな死ななかった。少なくとも生かせた。
......本当に俺は悲しんでいるのか?
今もっとも聞きたくない俺の声だ。何度もそれこそ腸が煮えくり返るぐらい聞いてきた。
当たり前だろッッ!!!!!!ふざけたことをぬかすなッッ!!!この感情が偽りな訳がない!
俺は激情を込めて自分を振り払った。振り払われた影はただ、俺を優しく嘲笑っていた。
「......行かなくちゃ」
血と土でまみれた手で涙を拭い、そう俺を呪った。
死者を弔うことなんていつだってできる。なら、せめて助けなくては。でなきゃ、みんなが死んだ理由が......。
......ダンジョンは村の入り口の反対。
俺は全力をもってなにかも忘れるようにがむしゃらに一直線に走った。
ダンジョンはそのほとんどが地下に降りる階層方式だ。階層が多いほどモンスターは強くなる。これはそもそもダンジョンの成り立ちに関係してくる。ダンジョンは周囲の魔力を回収し発生する異常空間だ。その際に吸収した魔力に階層は比例し、より多くの、それこそ年単位の時間をかけるほど階層は多くなる。
このダンジョンは俺が来てから少しして発生したものだ。従って階層は悪くて二階、良くて一階程度になるはずだ。そう、はずだったのだ。
「クソ!何階層なんだこのダンジョン!!」
もう五回は階段を降りたはずだ。なのに、つく気配が微塵もしない
......これはおかしい。
焦っている頭でもわかる。この日数でこの階層数はおかしい。
スケルトンの首を叩き折る。だが、殺しても殺しても湧いてきた。
「ッッ!邪魔だッッ!!」
進行方向に現れる度に頭を折り、捻り、壊し無理矢理押し通る。
おかしいといえばこのモンスターもおかしい。スケルトンは低位といえど概念型に分類される存在。こんな五階層で出てきていい敵ではない。
それは七つ目の階段を降りたときに突然起きた。
波の濃さが一段階濃くなる。俺は確信した。
......ここだ!
ここが最下層で爺さんがいるはずだ。波に集中する。視界を埋め尽くすほどの波。だが、歪みがあるはずだ。俺はさらに集中する。探せ!探せ!探せ!
波がピクリと微かに震えた。
......捉えた!!
俺はその方向に駆け出した。だが、スケルトンの集団が俺を邪魔する。
「どけぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
折り、潰し、殴り、蹴り、進む。この先に爺さんががいることを信じ俺は吠えた。
希望などもうとっくに売り切りきれたというのに。
もう近い。波の反応も大きくなってきてる。足を更に回す。そして......。
広けた場所に出た。そこにいたのは......
たくさんのモンスターの死骸と赤い鬼のような存在と、
「......じ、爺さん」
血まみれの爺さん......だった。
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