悪

 爺さんのやったことは悪なのだろうが?善意のもとに行動し大量殺人を成した。結果だけを見れば悪だ。ならば過程は関係ないのか。

 悪とはなんなのか?法律に縛られないこと?それならば爺さんは悪ではないだろう。少なくとも戦争があった時代だ。敵国の人間を殺しても英雄に祭り上げられることはあっても殺人鬼の謗りをうけることはないはずだ。


 ......答えなど出るはずがない。悪の定義など人それぞれだ。人の数だけ答えがある。全人類が納得できる答えなんてあるはずがない。



 だが、俺はそれがほしい。明確な答え。どんな存在にも覆すことのできない究極の答え。それさえあれば俺は満たされるはずだ。

 

 この戦いは師と弟子の闘いではない、爺さんとの闘いを通して俺が答えを探す闘いだ。













 今にも雨が降りそうなほど暗雲のなか、俺たちは山にて相対していた。

 もういつ死んでもおかしくない爺さん。だがその瞳にはどこまでも透き通った闘志があった。

 「......やるか」

 息を吸って吐く。 

 

 開始の合図は存在しない。どちらかが動き出した瞬間戦いは始まる。 

 波に意識を集中させる。より深く。より濃く。

 爺さんが笑った。


 爺さんの姿が消えると同時に波がうねる。

 ......ッ!上!!

 右手のナイフを振り上げ凶刃を防ぐ、やはり間違いない。あっちは殺す気だ。死にたくなければ殺す気で来いという遠回しなメッセージだろう。


 波が額に向かってくる。が、ナイフで受けずにしゃがんで回避する。

 頭上に鉄脚が風を切って通過した。避けなければ間違いなく首が飛んでいた。

 俺はすぐさま脚に波を収束させ爆発させ、距離をとる。

 

 「なあ、爺さんは自分を間違っていると思うか?」

 「それはここに必要なのか?」

 「必要だ」

 即答する。これがなければ俺は何も得られない。

 「ああ、間違ってる。こんな人間があいつに近づいちゃいけなかった」 

 腹の奥底から絞り出すような声。確信を持っている声だ。

 「いや、善意も好意も持たず死んだ人形のように過ごすのがたったひとつの正解だった!」

 爺さんは音速を用いて俺に詰め寄る。俺も負けじとナイフで対抗。

 金属の弾ける音が連続で響く。あらゆる角度から触れただけでも致命傷になりかねない必殺の一撃が放たれた。

 

 あっちは片手に対しこっちは両手が使えるというアドバンテージを最大限生かしナイフの軌道上にナイフを重ねる。

 バキッ!!

 ナイフが折れるが即座に次を作る。創る。

 「......ッフンッ!!」

 わずかな隙間も見逃さず押し飛ばす。

 だが、向こうもただでは終らないそうだ。空中から小型のナイフが合計6本投擲される。

 強化された腕から放たれる刃。だがこちらも条件は同じ。その技は知っている。

 ナイフを4本作り、同じように投擲。残った2本は両手のナイフでかち上げ進路を変えて避ける。


 油断はしない。

 極限状態ゆえに手の内から汗が流れる。

 爺さんはなぜか笑っていた。

 「いや、悪い。弟子の成長がここまで嬉しいとは思わんかった」

 ......嬉しいことをいってくれる。

 「なおさらお前さんに殺してほしい。わしが死力を尽くした上でわしを上回ってほしい」

 爺さんはナイフを構える。俺は第二の問いかけを放った。

 「......爺さんにとって悪の定義とはなんだ?」

 突然の問いかけだが爺さんは淀みなく答える。

 「考えるまでもない。自身を悪だと認識すればその時点でそいつは悪だ」

 

 そういうやいなやナイフが2本、投擲される。それと同時に相手も距離を詰めてきた。

 ナイフを弾き、射程距離の敵を迎撃する。

 さっきよりも加速したナイフを死力を持って対応する。集中を切らさないように細い糸を必死に手繰り寄せる。が......。

 敵が突然ナイフを手から離す。と同時に俺の腕を引き寄せその流れで拳が放たれる!!

 

 「ッッ!!グゥゥッッ!!!」

 心臓に重い一撃が入った。たまらず距離をとる。 

 「ハァ、ハァ............ペッッ!!」

 口のなかにたまった血を吐く。爺さんは何をするのでもなくただ見ている。

 ......まずい、な。

 俺はあれに対応できる手段を持っていない。このままじゃジリ貧だ。






 ーー関係あるか。


 

 だからどうした?なら今なんとかしろ!一筋縄でいかないことはとうの昔に分かってただろうが!


 これしかない。練習ではいくらやっても成功しなかった技。体に圧縮した波を閉じ込める必殺の奥義。


 波を圧縮する。


 ーー集中しろ!!


 体のあらゆるところから血が吹き出る。


 世界がモノクロになった。


 意識がなくなりかける。


 波を更に圧縮する。

 

 より濃く、より密度を高く。

 

 パリンッ!


 何か割れル音が聞こえた。



 ......あ?


 突然抵抗もできず意識が反転した。










 『お前は何を見たい?』

 真っ白な空間で『俺』が俺に問いかけた。そんなの決まってる。

 『誰にも否定することのできない答え』

 『......お前は憎くないのか。全て奪ったあいつらが?』

 『わからない』

 『......お前は自分がおかしいとは思わないのか?たったひとつの疑問で今までの激情を全て忘れるのか?』

 『忘れた訳じゃない。ただ本当に俺が憎んでいるのかわからないんだ。だから知らなきゃ駄目なんだ』

 俺は本当に不条理に激怒できる人間なのか、それとも、ただそうあるべきと決めたことを機械的に処理してるだけなのか。

 『そうか......俺はお前みたいなやつを俺とは認めない』  

 『俺』が俺の胸ぐらをつかみ、叫ぶ。

 『ッッこれが最後だ!!●●が死んだとき、お前は何を思った!返答次第ではぶち殺してやる!!』

 ......●●?


 


 頭のなかでノイズが走る。

 まるで知ってはならないと触れるなと脳が拒絶している。

 『があぁあ、ぁぁあぁ!!』

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 『おい!大丈夫か!?』

 ......馬鹿みたいだな。

 とある男のバカみたいに心配する声を子守唄に俺の意識は落ちた。


 




 

 頭を割るような激痛のなか、一つだけ確信したことがあった。それは、



 もう二度と目の前の俺と道が交わることはないということ。そして俺はそれを悲しく思ってるということ。

 きっと俺は間違えたのだろう。もちろんまだわからない。  

 だが......いや、関係ない。もう後戻りができないというのは承知の上だ。それでもおれ自身が選んだことだ。


 意識の糸を必死にかき集める。

 真っ白な世界が轟音をたてて崩れていく。









 

 意識が覚める。どうやらもとに戻ったようだ。時間もそんなにかかっていないはずだ。

 心が驚くほど落ち着いている。これならできるはずだ。

 収束した波を自身に押し込む。

 やめろ、と拒絶反応。だが、無視。


 受け入れろ。受け入れろ。


 限界を超えたエネルギーに体が破裂しそうになる。

 だか、無視。


 「ッッ!オオオオォォ!!」

 吠える。体全体に波が打ち付ける。




 『正直に生きてくれ』




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー声が聞こえた。


 






 肉体から歓喜の歌が聞こえる。体全体を満たす充足感。

 「......まったく、よくやるな」

 爺さんは珍しく冷や汗を流していた。それはまさしく俺の思惑が成功していることの証明だった。

 「......いくぞ」

 

 踏み込み、爆ぜる。


 相対する両者。俺の一太刀に対して敵はその数倍を仕掛けてきた。しかし、あまりに足りない。その剣戟は一瞬で終わった。


 何百もの剣戟を制したのは......俺だった。 






 爺さんは木に寄りかかる。


 「......おい、ガキンチョ。なぜ俺を殺さなかった」

 

 爺さんの体には剣できられた跡はなく、全くの無傷だった。爺さんは俺を睨み付ける。 

 勝負は決した。だが、俺はまだ終っていない。

 「爺さん、最後の質問だ......あんたは何になりたかった?」

 「......」

 爺さんは無言を返す。

 俺は村のみんなの爺さんの評価を知っている。全員が何かしらで助けられ恩を感じている。とても腐っている男の行動とは思えなかった。


 「......爺さんが言ったんだろ。受け入れろって、な......ッいつまで逃げるつもりだ!!答えやがれ!」

 爺さんが目を見開く。


 あまりにも思想と行動がちぐはぐ。きっと答えを得ているのだろう。なのに自分を誤魔化す。許せなかった。それは俺への嘲りだ。

 「................................................」

 長い静寂。本格的に雨が降り始め気持ち寒くなった。だが俺はいつまでだって待つつもりだ。

 「......わしは誰かを笑顔にしたかっただけ......なのかもしれない。思えばいつだって誰かの笑顔を求めていた」

 ポツリポツリと語り始めた。自身の原点を。

 「誰かを幸せにしたかった。誰かを幸せにできていると思いたかった。けどできてなどいなかった」

 「誰も幸せにできず、諦めた。それがもっとも楽な方法だと気づいていたから。自分にできないのは当たり前だと、そうしてしまえばわしの心は守られた」

 何てことはないありふれた在り方。人を幸せにし自身も幸せにする。だが、そのいかに尊いことか。爺さんは何よりも人間らしかった。たとえ狂人を真似ようが、悪であろうとしようが根本が変わらないのだ。

 ただ方法を間違えしまっただけのこと。きっと人間とは脆弱な種族なのだろう。たった一度の失敗でこれほどまでに自分を失うのだから。だが......。

 「わしはどうすればよかったのか?」

 「......爺さん。家に帰ろう」

 爺さんが俺を今にも泣き出しそうな目でじっと見つめてる。しかし、俺にはその答えを教えられない。

 「わしはお前さんを殺そうとしたんだ。一緒にいていいとは「いいんだ。俺は生きてる」......」

 「考えるのは帰ったってできる。けど飯を食うことは家でしかできないんだ。だから......帰ろう」

 手を伸ばす。爺さんならとってくれるはずだ。根拠はない。だがそう感じた。

 その根拠のない考えはシワだらけな手の感触を持って証明された。

 雨足は遠ざかってきたが、体はびしょびしょだ。風邪を引かないうちに帰らないとな。

 

 

 

 

 

 


 

 


 「「「アジッタ爺さん、いつもありがとう!」」」

 濡れぼそった俺たちを温かく向かえてくれたのは村のみんなだった。

 壁一面の飾り付け。他の家から持ち出されたであろう大きなテーブル。その上に置かれた豪華な飯。

 爺さんはそれらを驚愕した様子で見つめていた。

 「お、お前さんたち、これ、は?」

 そんな爺さんのもっともな疑問にパン屋のおっさんが代表して答えた。

 「いやー、これは日頃の感謝を伝えるために有志の手によって開催された、サプライズパーティーですよ」

 有志なんて言っているが明らかに村の全員だ。

 「わ、わしは何も感謝されるようなことはしてない!」

 「へ?いやいや、していますとも。ほれ覚えていませんか?ちょうど一年前狼の群れから助けていただいたこと。パンの材料を買うために山道を使ってたんですが道中迷ってたところで道案内と警護をしてもらったこと。あと、息子が溺れた時わき目もふらず助けていただいたこと。話し出せばキリがありませんよ」

 「ここにいるみんなは何かしらでアジッタ爺さんに助けられた経験がありますよ」

 「ああ、しかし良かった。竜二くんがいなければこの企画は実現できませんでしたから。サプライズなんかも場所の確保が必須ですからね」

 爺さんが俺の方を見る。やめろよ照れ臭い。

 「俺は手伝っただけだ。みんながいなけりゃ開催なんて出来てない」

 まぁ、手伝ったことは否定しないさ。事実だしな。

 「そうです、そうです、みんなの力ですよ」

 おっさんは機嫌良さそうに笑う。

 「おっと、話すのもいいですがこのままでは料理が冷めてしまう。早速食べましょう」

 おっさんが俺たちを手招く。抵抗もなく俺たちはみんなの円のなかに入る。

 「では、皆さん自然の恵みに感謝して、頂きます」

 みんなも重ねて合唱する。

 「「「「頂きます!!」」」」

 

 「爺さん、今日の主役が呆けた面すんなよ」

 外に用意された椅子なんかも使ってみんながわいわいしてるなか爺さんはその光景を信じられないものをみたような目で見ていた。

 「......今日は本当に驚かされてばっかりだ」

 「なら、サプライズの意味があったってもんだ」

 予想以上に驚いてくれてこっちも嬉しくなる。

 「なあ、爺さんはさ、この光景を見てまだ俺に殺してほしいって言えるか?」

 「......」

 爺さんは何も言わないがもう心のうちは決まっているのだろう。目に生気が宿っていた。

 「......わしのこの村での十数年は価値があったのか......」

 「ないなんて言うやつがいたら村のみんなで笑い飛ばしてやるよ」

 「......わしはみんなを笑顔に出来たのか......」

 「目の前をを見てみろ。笑顔なんてそこかしこに馬鹿みたいにあるぞ」

 座っていると隣からしゃくるような泣き声が聞こえる。だがまぁ気のせいだろう。こんないい日に泣くやつなんているはずないからな。

 俺はそんなことを思いながらコップに注がれたジュースを飲み干した。

 

 

 みんなが寝静まった夜。天井上に俺は座っていた。大抵の人が酔いつぶれて爺さんの家に押し込むという状況になっている。まぁいいのだか。そのせいで俺の寝る場所がなくなるという看過できないことが発生していたりする。

 「......星が綺麗だな」

 この星が創られたものだとは知っているがやはりきれいなものは綺麗だ。 

 「......お前さん、寝ないのか」

 「ん?ああ、寝ようにも場所がないんだよ」

 爺さんは俺のとなりに座った。

 「......あと十日もない」

 ......ああ、寿命の話か。

 「そうか。たぶん今日も辛かったんだろ?でなきゃもっと苦戦してる」

 「......ああ、だがほぼ全力だった。その結果負けた。お前さんは誇っていい......あとはいつも通り過ごすつもりだ。で、最後はお前さんたちにでも見送ってもらって逝くことにする」

 微笑みながら爺さんはそう言う。

 やっぱり爺さんは爺さんだ。

 「覚悟はできたんだな」

 「ああ」

 二人何を言うでもなく星を見つめる。

 「......わしが死んだ後の事は考えてるか?」

 「大まかにはな」

 「そうか、どうするつもりだ?」

 「旅でもして、いろんな国を見るつもりだ」

 それとあわせてやつらの情報も集められたらいいなくらいだ。

 「なら、こっから南にあるリスカン王国にいってこい。あそこはいい国だ」

 「リスカン王国、か」

 爺さんの授業である程度国名と、その特徴は覚えているが......まぁ、目的地なんてないのだからいいか。

 「わかった。南に向かえばいいんだな?」

 爺さんが頷くと、立ち上がった。

 「もう寝る。お前さんもさっさと寝ろ」

 爺さんの姿が消える。

 「......俺も寝るか。どうしたもんかな」

 たしか少し遠くにだが小屋があったはずだ。そこでいいか。

 

 と、まあ、こうして紆余曲折ありながらもハッピーエンドで終りましたとさ。

 












 『......この子、面白いわね』

 

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