爺さん
わしは山奥のとある寒村で産まれた。産まれたわけなんだが寒村ではな口減らしをするために商人に子どもを売るという風習があった。
そしてわしはそれに選ばれたが幸いなことに男娼やら貴族の愛玩道具にはならず未知の開拓地を開拓する奴隷になった。もちろん命の危険はあったが無事やり遂げれば恩赦があった。最初はろくにものも運べなかったがそれは時間が解決してくれた。
何人も死んだ。それこそ数えきれんほどにな。だんだんと心が磨耗していったのを今でも覚えてるわ。そしてある日開拓が終わったのだ。始めての自由。なにをすれば良いのかわからなかった。
そこから先わしは狂ったようにモンスターを狩った。東に西にと、あらゆる場所でモンスターを殺した。きっと今思えば真面に生きるのが怖かったんだろうな。だから、常に死の中に体を置いた。
そのときからだお前さんが言う波というものに目覚めたのは、最初は困惑したが慣れてくればこのあまりの利便性に舌を伸ばすしかなかった。当時はそれは有頂天だった。
あらゆる存在を殺し歩くわしの名はそれなりに有名になった。
だが、それに比例するようにわしの破滅的な行動は増えていった。
命の感覚が薄くなっていくのを感じた。死んでるのか生きてるのかわかんない状態だ。
ある日王国でとある女性にであった。その日はたしか国からの依頼で凶悪な隣国との戦争に傭兵として雇われたのだ。
その女性は良い女だった。儚げで、けれどたしかな芯のある女性。わしが惚れるのにそう時間はかからなかった。
けど、叶わぬ恋だったのだ。なにせ相手は王国の第一王女、かたや武勇だけが取り柄の元奴隷。釣り合うはずがなかった。
しかし、ある日王女がこう問いかけてきたのだ。
「あなたは人の寿命がわかるのですよね?なら私の寿命を見てくれませんか?」
王女に言われたら断れるはずもなくわしは見た。あまりにも消え入りそうな魔力。なぜこれで立っていれるのかわからないくらいだ。
王女の予想は間違っていなかったのだ。あともって1年。なぜというのは頭に浮かんだが、それももう意味のないことだった。わしはこの事実を伝えるべきか悩んだ。死が近いと知った彼女の心は持つのか、だが結果としてわしは彼女にその事実を伝えた。彼女の強さを信じたのだ。そこから数刻そんなわしの身勝手な思い込み通り彼女はただ静かに現実を受け入れていた。
わしは彼女の気まぐれでたびたびお茶会に護衛として招かれることがあった。しかし、わしはすぐに後悔した。甘ったるい砂糖菓子を背景に作り笑いを浮かべ、貴族の対応をしている彼女があまりにもかわいそうに見えてしまったからだ。残りもう数ヶ月だと言うのに彼女はこのまま無為に時間を搾取されていいものなのか?そんな疑問で一杯だった。
だが、彼女は王女なのだ。そこには凡人にはわからない重さがあるはずだ。今にも消えそうな命を燃え上がらせ祖国のために尽くす。わしにはその生き方が理解したくなかった。そしてついに我慢できなくなり、わしは聞いてしまったのだ。
「......逃げ出したいとは思わないのか?」
ひどい話だ。わしは彼女の過去の偉業そのものを否定してしまったのだ。だが愚かなわしはそれに気づかず、また優しい彼女はただ微笑んで不問にしてくれた。
ある日王国がテロリストによって攻め込まれた。テロリストなんて言葉を使ったが十中八九隣国の組織だろう。その日はちょうど月一の遠征の日だった。だが、城から爆煙が上がった瞬間思わず駆け抜けていた。王女が心配だったのだ。もしも殺されていたら、もしも拉致されていたら、そんな心配で一杯だった。
だが、最悪の形でそれは杞憂となった。ついた頃には首のない王を体を王女が力なく抱えていたのだ。
「......申し訳ありません」
耐えきれなくなって口から謝罪の言葉が出ていた。
「......それは何に対する謝罪?父上を守れなかったことは遠征中だったあなたには関係ないことよ」
彼女は俺を睨み付ける。やはり彼女はどこまでも子どもを捨てていた。いや、捨てようとしてる。
その様がたまらなくわしには辛かった。神というのは残酷だ。彼女の寿命を奪い、さらには肉親でさえ奪ったというのにまだ彼女から子供を奪おうとするのだから。
魔力の乱れを感じた。誰かが現れたらしい。わしはナイフを作り後ろを見た。
仮面をつけた男が5人、王女が震えながらも睨み付けていることからこいつらがテロリストなのだということがわかる。
立ち姿からわかる。こいつらはかなり強い。幽鬼のようでありながらその構えに隙はなく、それが5人ときた。その辺の雑魚と同じようにはいかないだろう。
そんなある種冷徹な状況分析をしていると後ろから声がかかる。
「......私はまだ死ぬわけにはいかないのです。ここで死んだら大勢の国民が隣国に食い物にされる。それだけは駄目。褒美は私が用意できる全てのものを上げます。だから、私を守りなさい」
まばゆいほどの覚悟。決して子供が出していい光ではなかったがそれでもわしは報いなければいけなかった。そう信じてしまった。
「承った」
しかし、どうしてもわしには神様が許せそうになかった。彼女にこんなことを言わせる世界が。だから、わしだけは彼女の味方であろう。
立ち上がる。彼女を守るとなるとあまり大きくは動けない。つまりカウンターが主となる。作るナイフは使い勝手のいい刃渡り15センチのもの。
幽鬼もナイフを作り構えた。臨戦態勢だ。
まずは牽制の意味も込めてナイフの投擲。魔力で強化された腕をもって、敵に放つ。
だが、やはり相手も熟練した存在だ。ナイフを軽くいなしてきた。
......やはり、王女の存在がネックか。なら、
「王女様、何があっても動かないと誓って頂けますか?」
彼女は一度、死んだ王を見たあと強く頷いた。
魔力をいつもの何倍も込めた剣をなん本も作り彼女を囲うように刺す。これで即席の盾の完成だ。
とは言え、なにかしらの強いショックで壊れる可能性は十分にある。それでも数回なら耐えるはずだ。それだけの強度はある。
あとは目の前の敵を倒すだけだか、
「おい、お前ら。一応聞いておく。逃げ帰る気はないのか。あるなら今だけ見逃してやる」
誰も動かない。あまりにも動かんから本当に人間なのか怪しいくらいだ。
「......後悔すんなよ」
魔力を体に這わせる。必要なのは音速。
男の首にナイフを滑らす。ナイフは何の抵抗もなく男の首をあっさりと刈り取った。
「まずは一人」
仲間がやられたこと気づいたあと一瞬の困惑はあったもののすぐさま弾かれたように迎撃体制に移る。
2人は同時に俺のもとに向かい、2人は王女のほうに行った。
どうやら2人で足止めしている間にもう一方が王女に止めを刺す算段なのだろう。
だが、まだ甘い。せめて3人だ。この程度で足止めになるとは思うな。
挟むような格好で向かってくるが片方の背後に回り首を折る。
「二人」
その後死んだ敵を蹴飛ばし向かってくる敵の邪魔をする。だが、敵は軽々と死体を飛び越え飛びかかってくるが。
「......ッッゴフッッ」
進路にナイフの軌道を置いておく。敵は避けることもできず腹を裂かれ、腸が飛び出した。
「三人」
あとは王女のもとに向かった2人だが、ちょうどかごの前だ。足に渾身の魔力を込め、駆ける。音速をもって反応できていない敵の首を狩った。
「四人」
あと一人は祖国に情報を伝えるためだろう撤退の準備を始めている。窓に手を掛け飛び降りるつもりだ。
だが、させない。ナイフを投擲し彼女の腕を正確に撃ち抜いた。一度怯めばこっちのもの。連続の投擲。足を撃ち抜き機動力を殺し、心臓を抜いて心肺機能を低下させる。そして最後は頭に一本。
お世辞にもきれいとは言えない鮮血が咲き誇る。
「......五人」
呆気ないように思えるがそもそも下地が違いすぎた。わしを殺すつもりならあと桁が二つ足りない。
檻から彼女を解放する。彼女は何を言うでもなく向かえる主を喪った空虚な王座に座った。
「......あなたは私の恩人です。約束通り褒美をとらせます。私にできることならなんでも構いません。もちろん望むなら体でも」
虚ろな瞳だ。義務感だけで立ち上がろうとするものの目だ。何よりもそんな目をさせてる原因にわしが関係しているのが何よりもきつかった。
そんな目が見たかったのではない!
あまりにも虚しい。残りの寿命はもう1ヶ月をきっている。なのに、なのにだ、彼女は笑顔で笑うことさえ許されないのだ。それが悔しい。
だから、愚かなわしは間違えたのだ。
「......ならば俺に国を捨ててついてきてほしい」
それが最悪の選択だと気づいた時にはもう既に手遅れだった。
わしは彼女に笑顔になってほしくて今まで見てきた絶景を見て回った。
黄金に光る湖。満開の花畑。月にもっとも近い山。わしの全力を尽くした。彼女が不必要な情報で苦しまないようにわしのもとに届いた情報は全て握りつぶした。
だが、彼女は笑わないのだ。
作り笑いはあった。けど心から笑ってくれない。むしろ苦しそうな表情を浮かべる。
わしは堪らなくなって聞いてしまった。
「......なぜ、笑ってくれない。どうしたら笑ってくれる」
今思えばあまりに滑稽だ。わしは彼女のことをなにも知らずただ迷惑な善意を......いや、悪意を押し付けていたのだから。
「......どうして私の民が嘆き苦しんでるのに、私が笑うことができましょうか。私はこれっぽちも楽しくありません。ただ辛いだけです」
彼女はうずくまって泣いていた。
やっとわしは愚かな勘違いに気づいたのだ。わしは全てを間違えていた。
「......どうしたら、あなたは笑ってくれる?」
間違いを正さなくては、そんな強迫観念染みたものに狩られ答えを求める。
「私は民が幸せでなくては幸せになりません」
残された時間は数日。
「......眠ってくれ」
首に叩き、昏睡させる。近場の宿に部屋をとり金貨を持たせて世話を約束させた。
「こっから隣国は......1時間あれば行けるな」
全身に魔力を纏わせる。地面が悲鳴を上げる。そしてわしは......翔んだ。
「おい、アサシンはまだか!?」
黄金の空間にこれまで至福の限りを尽くしてきたであろう体躯をもった王がいた。
回りには自身の仲間である貴族たち。
王は高い金を弾んで雇ったアサシンが帰ってこないことに激怒していた。
「ハッ!まだ連絡はきておりません」
ちょび髭がチャーミングな男が威勢よく返事をする。
「なんだ!なんだ!あいつらはもっとも腕の良いアサシンじゃなかったのか!?ええ!?」
「ええ、ええ、偉大なる我が王が雇ったアサシンです。負けるなんてことあるはずがありません!」
男の言葉に気がよくなったのか王は脇に置いてあった酒を一息に飲む。
「そうだろう、しっかし、あの国は愚鈍だなぁ。兵は一昔前の装備を使ってるわ。戦争慣れしてないわ、これほどまでに攻めやすい国があったのかと疑いたくなってしまうわ!」
「ええ、ええ」
「そのくせ愛国心が強いときた、まさに愚かとしか表現できんわ!やはりあいつらを殺したのはわしの英断だったな!!」
「ええ、ええ、そうですとも!」
「しかも、面が良い!あそこの王女など絶品だ!わしの手でひぃひぃ泣かしてやりたいもんだ!そのためにアサシンには生け捕りの命令を出しておるしな!!」
「ええ、我が王こそがこの世でもっとも偉大な王で「王よ!緊急事態です!!」......」
「ええい!なんだ!アサシンが帰ったか!!」
「いえ!何者かが我が城に攻め込んでおります!」
「なにぃ!警備は何をしていた!!」
「ひぃ!!全員、し、死んでおりましたぁ!!」
最高級の警備が一人残らず死ぬ。あり得るはずがなかった。事実、王は信じてなかった。
「貴様!!我を謀るとは良い度胸だなぁ!」
「ほ、本当なんです!!信じ......」
兵士が次の言葉を話すことはなかった。なにせ首のとれた人間が話すことができないのは周知の事実なのだから。
会場は阿鼻叫喚。誰が殺したかもわからず混乱を招いていた。
それに追い討ちを掛けるように魔力炉の魔力が切れ辺りは暗闇に包まれた。貴族たちの混乱はマックスになった。
王には何がなんだかわからない。ただこのままでは不味いことはわかっていた。
「おい!誰か、明かりをつけろ!!さっさと狼藉者を殺せ!!!」
王の叫びに呼応するように光がついた。
「全く、やっと............か」
王の瞳には生きた人間が映らなかった。映ったのは沢山の死体と赤いフードを被った悪魔だけ。
次の瞬間悪魔は王の目の前に立っていた。
「ひぃ!!な、なんだお前は!?」
血を纏ったナイフを王の首に添える。
「や、やめてくれぇ!!何が望みだ!!金ならいくらでも払う!!だからやめてくれぇぇ!!!」
ナイフがゆっくりと首に沈んでいく。
「嫌だ!!死にたくないッ!!!頼むぅ!!」
王の必死の哀願。だが、現実は非常だ。音もなく王の脂ぎった血が飛び散る。
こうして立った一人の男によってその日、事実上、国は滅びたのだ。
......沢山殺した。今までで一番殺した。偉いやつを全員殺せば彼女に笑顔が戻ると本気で思っていたのだ。
今までのことを教えれば彼女は笑って逝ってくれる。そう信じて、そう信じて......。
頬を叩かれた。全力で、それも女に叩かれたのは本当に久しぶりだった。
それくらい当時はなにも感じられなくなった。
今でも鮮明に覚えてる。あの痛いほどの暖かさを、あの声を。
「なんであんた!!こんなになるまで彼女のこと放っておいたのよ!!」
耳がギンギンなる。頭が溶けて、吐きそうになって。
目の前に死体があった。首を切ったらしい。第一発見者は宿屋の店主。生臭い血の香りが今も残っている。
「なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」
彼女か死んだ。
「っう、おえぇぇぇ」
わしが殺した。わしが間違わなければ彼女は笑って逝けたはすだ!
「ッッ!死ねよぉぉ!!死ねよぉぉぉぉ!!!!」
わしはこの日、初めて自分を心の底から呪った。
なんのために生きてるのか、わからなくなった。だから......。
わしはこの人の少ない村で余生を過ごすつもりだった。幸せになる権利もなく、自殺という責任放棄に走ることをわし自身許せなかったからだ。
だから、ひたすらに腐ろうと、そんなときだ風変わりなガキンチョを見つけたのは。
「これがわしの過去だ。軽蔑したか」
言葉でないというのはこういうことなのか。
「どうしてほしいといったな。わしはな、お前さんに殺してほしいと思っている」
誰のことなのかは聞かなくてもわかる。
まるで未来の自分見ているようだった。この世の全てを憎み、その実、一番死んでほしいのは自分自身。今までの俺ならきっと理解を示し、爺さんの望みを果たしていただろう。
だが、今の俺は違う。爺さんは染まってるかもしれないが、俺はまだなにもない。
俺の理解にはなんの価値もないのだ。けど、
「......爺さん、山に行こう......」
しなくちゃいけないことができた。
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