この部屋での修行はかれこれ3日目に突入した。それなりに広いこの部屋を時間が許す限りはしり続ける。その後はからだの調子を整えながら親指から小指までを順番に一本ずつ使い腕立て伏せ。からだの柔軟性を確保するためにストレッチ。あとはスクワットや腹筋をして体をいじめ抜く。

 その後いつのまにか置かれている飯を取って休憩。この際も空気椅子なんかをして体を継続的に痛め付ける。

 で、ここからはいつもと違うことをする。

 まずは部屋の中心に向かう。この部屋を探索して気づいたことなのだがこの部屋は中心に向かうほど何かがおかしくなる。なんというか、向き?みたいなものがあやふやになっていく感じだ。

 中心で服を脱ぎ足を組む。そしたらからだの中心に意識を向け目を閉じる。それを晩飯が届くまでひたすらに続けるというものだ。

 

 目を閉じていても周囲が変化していくのがわかる。孤独な空間。あのときに似ているだなんて思った。


 俺という存在は非常に弱かった。体がではなく、心がだ。なんなら体は現代日本なら強い部類に入っていたと思う。

 俺の心はいつだって価値を証明したいということで一杯だった。だから人が思う善人であろうとした。いじめられている誰かを助け、正しいことを貫こうとした。


 ーーなら俺の心は満たされたのか?


 否だ。どれだけ繰り返そうが満たされない。


 満たされたいのだ。俺には善人であること以外方法が思い付かなかった。人のために怒り、人のために死ぬ。

 

 これこそが真の善行だと疑わなかったのだ。


 おかしな話だ。この期に及んでも俺は自分のことを善人だと思い込んでいるらしい。



 なるほど、ラフィがいってたことは間違いではないのかもしれない。俺は狂人であると。


 何度も言われたあなたは優しい子だと。違うのだ。ただ優しくあろうとしただけだ。そこに他者への思いやりが介在する余地などありはしない。


 目を開ける。何かが置かれる音が聞こえたからだ。


 飯を食らう。肉を食らい血肉とする。

 ふと思った。俺の寿命はあと何年なのか?寿命が短いことはしっているがそれがどの程度なのか。

 まるで他人事のようにそんなことを考えていた。











 この部屋に来てから考える時間が多くなった。

 

 俺という存在を形作るものを知ろうとする。自身への問いかけ、同じような問いかけをひたすらに繰り返す。


 『喜べよ人間。お前はまさしく僕らと同じ狂人だ。まだ完全に目覚めきってないけどな』


 わからない。


 わかろうとするがわからない。


 不愉快だった。まるで一番知っているはずの自分が何も知らないという現状が。


 『正直に生きろ』


 なぜ俺はあのとき怒り、笑い、泣いた。現象には理由があるはずだ。


 考えがまとまらない。何かに阻害されているのではとおもってしまう。

 

 ある時、もやみたいな霧みたいな波が垣間見えた。薄い紫色をしており、それは激流のように変化し続けたり、あるいはひたすらにしたを向いているものもあった。


 体内時間は既に壊れ狂ったように問いかける。

 俺という存在を罪を心を確証を持てるような答えは何一つ得られない。

 ある時は自身を紛れもない聖人と認識し、またあるときは地獄の業火に焼かれるべき罪人だと主張する。


 実は俺は人間が殺されたとき悲しいとも思っておらずそうあろうと決められたことを機械のように思い、実行したのでは。そんな疑問が頭のなかを逡巡する。


 問い続けると求める答えは得られないのに、ある確信だけは深まっていった。


 だが、受け入れたくないのだ。それを受け入れてしまえば俺はもっと苦悩することになる。



 












 ........................違う、違う違う!!

 俺は苦悩を求めなければいけない人間だ!何を許されようとしている!!考えろ!!受け入れろ!!

 激情が心を焼く。あの波が近づいた気がした。

 この苦しみは俺のものだ。誰にも理解されなくていい。もっと苦しめ!!

 口に出せ!!言葉にしろ!!

 甘えるな!!救うなんて絵空事だ。俺に誰か救えたか?

 誓いを再構築する。あの日の涙を無かったことに、あの日の言葉を全くのまやかしにしろ。 

 心を縛っていた鎖にヒビが入る。


 『全てを受け入れろ、それが技となる』 

 

 「..................俺は、何だ...........」


 ......認めてしまった。俺が異常者である可能性を。ただ人の死を何とも思わない化け物である可能性を。


 瞬間波が俺を包み、絞め殺した。 

 俺は無知であった。受け入れた。俺は弱かった。受け入れた。

 知らなくては、なんのために戦うのか、俺は復讐を望んでいるのか。俺はなんなのか。

 そして......みんなが死んで俺はほんとうに......悲しんでいるのか。

 確信がなくては。でなきゃもう俺は俺を信じられない。

 俺の中から憎悪の炎が消えたわけでわないはずだ。ただ俺は求道の道を進む。時間はなく、最後の結末はきっと答えを得られずに後悔のなかで朽ち果てるのだろう。だが構わない。俺が決めたのだ。否定は誰にもさせない。


 俺は目を開ける。辺りに充満する薄紫の波。自分の中心がもっとも濃く、中心から離れるごとに薄くなっていく。


 

 腹がなった。足か震える。何日もたった気がしてきた。それでも足を引きずりながら歩いた。

 「......終わったか」

 扉の向こうから爺さんの声が聞こえる。

 「......ああ、終わった」 

 俺も簡潔に答える。扉が開いた。

 「......飯の時間だ。今日はお前が準備しろ」 

 ......笑ってしまった。爺さんも俺につられて笑う。

 「ハンバーグでいいか?」

 答えは確かに得られなかった。だが俺は前を歩いていける。爺さんのお陰だ。本当に頭が上がらない。

 だから、

 「爺さん、ありがとな」

 爺さんは俺を見たあとなぜか驚き少し笑った気がした。




 






 「前に説明した魔力は覚えているか?」

 久しぶりの飯を平らげ、なんの前触れもなく爺さんはそう言った。

 「星に満ちている見えないエネルギーのことだろう?」

 「ああ、普通はな、お前さんの目には何が映ってる」

 「......薄紫の波みたいなものだ」

 「それが魔力だ」

 納得した。そりゃどこを見たって波があるはずだ。

 「あの空間は中心にいくほど魔力が濃く乱れている。お前さんはそこで過ごすことによって魔力の向きと大きさを視認できるようになった」

 爺さんは俺が淹れたコーヒーをすする。

 「魔力とはあらゆる動きに関係してくる。例えば手を思いっきり握ってみろ」

 言われたとおり握ってみると拳に魔力が集まってくる。

 「今、手に魔力が集まったはずだが」

 俺は頷く。

 「こんな風にもののあらゆる動きに魔力は関係してくる」

 「とはいえ、お前の場合魔力がわかったとしても魔法が使えない。この話は前にしたな」

 「......才能がない」

 「面白いくらいにな、だが、お前にも使えるもんがあっただろうが?」

 選ばれたものにしか使えない魔法のなかで例外中の例外。

 「......創造魔法」

 


 この世界には武器や食器、その他諸々の小物を売るという概念が存在しない。必要がないからだ。

 魔法とは魔力を代償に選ばれたものが使える秘術という認識が一般的だ。だが、例外がひとつだけあった。それが創造魔法だ。


 この創造魔法はまるで神様からの贈り物かのように全ての人間に例外無く使える魔法。その効果は読んで字のごとく物質を創造することだ。

 とてつもなく燃費が悪いのかといえばそうでなくむしろ良い部類に入る。

 サイズが大きいものは創造するのにかなりの時間と魔力が必要だが、皿や包丁程度なら数秒とちょっとの魔力で十分に創造できる。

 こんなものがあれば家具や武器が発達しないのは当たり前だ。金もかからず労力もたいしてない。コスパが良すぎるのだ。


 そのあまりの簡易さにそれなりに魔法が盛んな地では創造魔法のことを魔法ではなく技術だと言うところもあるそうだ。


 

 「とりあえずそうだな......刃渡り15センチのナイフを創造してみろ」

 創造のコツとしては完成形を思い浮かべそれを形作るように魔力を流し込む。

 そうすれば手の内にはナイフが創造されていた。

 しかし、おかしなことがある。

 「いつもより早い?」

 いつもは4秒程度はかかっていたのだか明らかに1秒はきっていた。

 「当たり前だ、いつもは見えないものを想像して魔力を注いでいるが見えたら話な別にきまっている」

 そうか、確かに今回は波がナイフを作るようにしたからその分効率も上がったのか。

 「......まだ遅いな......0.01が最低ラインだ」

 厳しめの言葉だが、爺さんはこういうときに甘やかさないからありがたい。

 「明日からは実践形式だな。よし、午後からは山で模擬戦だ」

 模擬戦?

 「いや、型とかそう言うもの俺知らないんだが」

 「んなもん、やってりゃ覚える。とりあえず今日はもう寝ろ」

 ......たしかに今日はもう疲れたし、寝るか。





 午前のランニングと筋トレを終え、俺は山で爺さんと向かい合っていた。

 「まずは自分がどれだけナイフを作れるかわかるか?」

 質問の意図はよくわからないが、真面目に答える。

 「一万は作れると思う。そっから先はよくわからない」

 「それだけありゃ、十分だ」

 そう言うと爺さんの姿が消えた。

 「は?どこい......ぃだぁぁぁ!!」

 頭に衝撃が走る。蹴り飛ばされるというほどではないが中々痛かった。

 後ろを振り向くが影ひとつない。

 「......そういうことか」

 なるほど、正しく実践だ。俺が急いで対処法を見つけなければ殴られて終わることになる。

 周囲の波を見た。あれだけ派手に動いたのだ何かしら残滓が残っていてもおかしくない。

 「......!」

 見つけた!波が薄くなっている。つまり、あそこからなにかしら魔力を使ったのだろう。なら、

 刃渡り30センチの刃を潰したナイフを作る。心を整え集中。木々のざわめきに鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 ーー来た!

 周囲から少しだけ波が減った。つまりどこかでなくなった分の波を薄く広げ補っているはずだ。波の減りかたてきに......。

 「ッ右後ろ!!」

 右に持った長いほうのナイフを振るう。金属の弾く音。手応えはあった。だが強度が足りなかった。

 刃の折れたナイフは存在を定義できなくなり崩れ落ちる。

 今から創り直すには時間がかかりすぎた。

 突然目の前に濃い波が集まる。と思った次には意識をなくし倒れていた。




 「敗因はわかるか?」

 夕暮れ時、爺さんはそんなわかりきったことを問いかけた。

 「ナイフが折れたこと」

 あのとき折れてなければ額への一撃もわかっていたのだから防げたはずだ。

 「ああ、それも間違っていない。だがな、そもそも壊れない武器など無いもんだ。武器の強度を上げる方法もあるにはある、だがそれなら壊れることを想定して一瞬で次の武器を用意する方がいいとは思わんか」

 武器を強くするのではなく数を用意しろ。たしかにメリットは大きい。だが、

 「けど、今の強度じゃ倒せない敵が現れたらどうするんだ?」

 どちらにしろ避けては通れない俺が戦うであろう相手は全員が人間をやめているはずだ。

 「その場合のために武器の強化も教えるが基本は急所をつくのが一番いい」

 爺さんの右手に波が収束する。それはナイフの形をとるが今回はそこで終わらなかった。波の濃さがどんどん濃くなる。あるところまでいくと波は鉄に変わっていた。

 爺さんは左手にいつもと同じ波同じ形のナイフを創造する。そして、二つをぶつけた。結果はなんとなくわかっていたが左手のナイフが折れた。

 「じゃ、やってみろ」

 俺も右手に波を収束させる。波を圧縮し無理やり詰め込む。額から汗が流れる。

 きっかり3秒後にナイフが形になった。

 ......使えたもんじゃないな、けど、一振目だけならこれでも問題はなさそうだな。

 「とりあえず、それは日常的に使っておけ、お前さんが波と読んでるやつは慣れるとあらゆるところで効果を発揮する。今日からいつものにそのトレーニングを混ぜとけ」

 爺さんはそう言うと山を下り始めた。まあ、俺はトレーニングするんだけどな。


 

 

  


 この波というのは本当に使い勝手が良い。この一週間の間に色々な新事実を発見した。例えばこの力は魔力以外にも対応している点。こういうと語弊が出るのだが地球における物理を少し知っているとこういわざるおえないのだ。なにせ重力にも波が対応しているのだ。たぶんこの星では重力にさえ魔力が関係しているのだろう。

 さらに力を込めるときに波を集めると単純に出力が上がったりと利便性が高すぎる。




 「フンッ!フンッ!」

 ナイフを振るう。インパクトの瞬間に波を纏わせ振り切る!数を重ね、ひたすらに体に感覚を染み込ませる。

 本音を言うと徒手格闘にも手を出したいのだがモデルがない。どこかで腕の良い格闘家に出会えたら指導してもらうことを誓い、左手でも同じことをする。

 一通り終わったら小型のナイフを作り木に投げる。牽制の手段として投擲を選んだ結果だ......自分で言うのもなんだがやはり俺には才能があるのだろうなんとか狙った場所に狙えるようになった。

 「......そろそろだな」

 俺は既に限界を感じ始めていた。体力......ではなく技術的なものだ。ナイフの創造も普通のならミリ単位で作れる。

もうこれ以上はこの方法では効率が悪い。ならあとは足りないものを手に入れるだけ、そう、実戦経験だ。





 

 「あ?もう準備はできたのか」

 爺さんとの模擬戦。前回は手も足もでなかったが今回はそうするわけにはいかない。俺は意を決して確認する。

 「......あと爺さんの時間はどれくらいだ」

 「......やっぱり気づいたか」

 わからないはずがない。波を調べているときよく見れば他の人と比べても明らかに体のうちにある波が爺さんの方が弱かった。もし俺の推測が当たっていたなら......この波は残りの命を表しているのでは、そして爺さんの反応からしてどうやら当たっているようだ。

 爺さんはふて腐れたような顔をしている。隠し通せるとでも思ってたらしい。

 「なあ、爺さんは俺にどうしてほしい?」

 あまりにもたくさんのものをもらった。一生かけても返せるかわからないほどだ。

 せめて少しでも返さなくては、でなきゃ俺は爺さんのことを笑って見送れない。

 爺さんは俺の言葉を聞くと控えめに笑った。

 「......わしはなお前さんが思っているより沢山のものをもらってる。それにわしはお前さんになにかもらえるほど出来た人間ではない......ジジイの昔語りだか聞いてくれるか?」

 不思議なことだ。今この瞬間俺の目には爺さんが死んだように見えた。

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