生活

 「......さっさと必要なもんだけ買って帰るか」

 今立ち止まってる暇はない。やれることだけやらねば。

 「パン屋は後でいいとして、野菜と肉、それとミルクか......肉屋から行くか」

 この四つを買うんだったら一番遠い肉屋に行ってから帰り道で残りの三つを買うのが一番効率的だ。

 




 この村は非常に人口が少ない。総人口はたぶん20をきっていたはずだ。理由としては都会である王国から離れておりシンプルに暮らしにくいのだろう。その証拠にこの村にほとんど移民はおらず大体が元々この地に過ごしていた人たちだ。

 「竜にぃ!遊んでくれよ!!」

 「あ!ずるい!竜にぃは私と遊ぶの!」

 「......今日も本を読んでくれませんか?」

 「みんな落ち着けよ、竜にぃが困ってるだろ......」

 今話しかけてくれたこの子たちはこの村で数少ない子供たちだ。上からアレス、サーシャ、レイ、リスタ。


 アレスはさっきあったパン屋のところの子供で将来は冒険者になる予定らしい。好奇心旺盛で一度気になったら理解できるまでずっと動くアクティブな子だ。


 サーシャとレイは村の自警団で団長をしているガーラという男の子どもだ。二人は兄弟で姉のサーシャは気の強いお姫様みたいな子で考えるより先に行動するタイプだ。

 それに対しレイはとてもシャイであまり行動には移さない。だが最近は改善してきており俺に積極的に話しかけたりしてくれる。

 一見あんまり相性は良さそうに見えないが実はこの二人かなり仲がいい。俺も始めて知ったときは以外だった。


 そしてリスタはこの中では一番年上だ。生粋のお兄ちゃん気質でいつも誰かしらの世話を焼いてたりする。将来は家の精肉店を継ぐのが夢らしい。

 

 みんなとてもいい子で俺もすぐに打ち解けられた。しかし、今回は残念だが......。

 「あー、ごめんな、お使いの途中でな、また誘ってくれないか?」

 みんなが悲しそうな表情をする。止めてくれぇ!きつい!心が折れる!!まずい!このままじゃ負けてしまう!! 

 俺は泣く泣く精肉店に駆け出した。

 



 「お!竜二くん!おーい」

 肉屋へと続く道を邁進していると、聞き覚えのある声が。顔にデカイ傷のある大男、ガーラがこちらに向かってきた。

 「ちょうど良かった!話があってだな~「サプライズの話は聞いてるぞ」......そっか......」

 つい先手を打ってしまったが、言おうとしたことを先に言われて哀愁が漂っている。許せ。

 「そうだ!実は、レイがな!商人になりたいそうだ!それで最近本を読み漁ってるんだがいかんせん今まで本というものを読んでこんかったせいで家に本が少ないんだ。そこで頼みがある。余っているのでいいからレイに本を読ましてやってくれないか?」

 レイが商人に?始めて知ったな。俺は断る理由はないが、爺さんに許可をとらなくちゃな。

 「爺さんの許可がとれたら俺からレイに伝えておくよ」

 「おお!ありがとう。本当に頭が上がらないよ。君のお陰でレイも最近のことをたくさん話してくれるんだ」

 「いや、それはレイ本人の頑張りだ。俺は手助けをしただけだ」

 実際に変わろうとしなければ俺とレイはここまで仲良くできなかっただろう。

 「それでもだ。とにかく感謝は受け取ってくれ」

 「......そこまで言うんだったら受け取っとくよ」

 ガーラは俺の手にある袋を見たあと、

 「あ!もしかして用事があったのかい?それなら申し訳ない。行ってくれ」

 焦ってそう言ってくれた。


 

 

 「お!竜二来たのか。いつものか?」

 聞いておきながらもうすでに袋にあらゆる種類の肉が詰め込まれる。

 「......合ってるからいいけど」

 「金額は......これくらいだな」

 そこにはいつもより少し低い金額。

 「......ちゃんと払うぞ」

 「違う違う!この前リスタの話を聞いてくれただろう。そのお礼だ」

 この前というのは将来の話をしたときのことか。そうか。リスタのやつ、ちゃんと話し合えたんだな。

 「いや、やっぱり親子は腹を割って話さないとな。あんな風に考えているとは思わなかった。まさか自分の意志でこの店を継ぎたいとは。普通だったらもっとおおきな町に行きたいと思ってたんだか......あそこまで言われちゃなんも言えねぇよ」

 そう言う顔は嬉しそうだ。

 「だがら、感謝の印だよ。もちろん次からはきっちりとるぜ......!」

 これは......受け取るしかないな。

 「ああ、また何かあったら言ってくれよ」

 「おう!」

 俺はこの世界の硬貨である銀貨を二枚払い肉を受け取った。



 

 「チッ!ここのモンスターがあんなに強いなんて......クソ!これじゃ損じゃねーか!」

 「ああ、路銀も尽きちまったし......ここらが潮時か。あーあ、報酬は良かったんだがな」

 萎びた表情の冒険者の話がこっちまで聞こえてくる。どうやらモンスター予想以上に強かったらしい。

 更に興味深い話が聞こえてくる。

 「てか、あいつら勘違いじゃなかったら言葉話してなかったか?なんか異様に賢かった気もするしさ」

 「......それは思ったな。一応ギルマスに報告だけしておくか」

 知恵のあるモンスター?





 モンスターとは空気中の魔力を野生の動物が吸収し堆積した結果突然変異をした姿だ。これらは変異型という。その類いは基本狂暴性が増すだけで身体能力が上がるわけではないため村の自警団でも対処が可能だ。なぜこんな現象が起きるのかは解明されておらず、日夜研究がされている。

 しかし、例外も存在する。それが概念型だ。これらはちょうど30年前に始めて発見され、今日までその発見数は増加し続けた。概念型は非常に強力でただの人間では太刀打ちすることもできない。あまりの強さにその存在は人間における悪の象徴となったのだ。

 だが、共通する点もあった。それが知性の薄さだ。両者ともに考える力はなく、ましてや言語能力など皆無だ。だからこそ力で劣る人間でも概念型を討伐することができた。

 しかし、もしモンスターに知性があったとしよう。そしたら今まで通じてきた窒息、毒殺、大規模な圧殺、それら全ての効果が半分、もしくはそれ以上に低下する可能性がある。そうなれば人類の勝ち目と言うのはほぼ潰えることになるだろう。





 「......知性のあるモンスター?」

 現在。爺さんの家にて冒険者の話をする。

 「......気のせいだとは思うが、万が一もある。こっちで知人に手紙を送っとこう」

 知人?

 「知人って誰なんだ?」

 「今でも続けていればギルドマスターの男だ」

 ......爺さんの交友関係は謎だ。

 「それにしても今日は帰りが遅かったな。何かあったのか?」

 「いや、村のみんなに話しかけられて答えていただけだが......」

 「そうか」

 それっきり黙ってしまう。爺さんは無駄な会話を嫌う人だ。その事は今までの生活で熟知してあるし、その生活を心地よく思っている俺がいるのも真実だ。

 

 


 




「......竜二、お前さんはなんのために強くなろうとしている?」

 疲れきったからだを癒す数度の貴重な休憩時間中。爺さんはそんなことを問いかけてきた。

 「殺さなきゃいけないやつがいるんだ。誰かとかは言えないけどこれは絶対に必要なことなんだ」

 ここで適当にごまかすことも出来るだろうが俺は正直に話すことにした。

 あいつを殺さなければこの世界が終わる。まだほんの数か月だがこの星に愛着を持つのには十分だった。パン屋のおっさんも宿屋の婆さんもいい人ばっかだ。とても死んでいいはずがない。

 「それは本当にあんな馬鹿みたいに体を鍛えてまで必要なのか?」

 「ああ」

 「......お前さん以外でも出来ることじゃないのか?言ってしまえばなんだがお前さんより強いやつはこの世にいくらでもいる」

 一度だけ考えたことがある。これだけ人がいるんだ。全力で探せば一人や二人くらいは戦ってくれる善人はいるだろう。けどそれはダメだ。これを俺の問題だ。殺すなら俺が責任を払う必要がある。

 「......」

 「......意志は固いんだな」

 爺さんが呆れた様子で俺を見る。

 「......ついてこい。今日から本格的に鍛えてやる」

 どうやらついに認められたらしい。しかし、なんというか嬉しいもんだな。こういうのは。



爺さんの部屋にある扉。ここだけは口酸っぱく入るなと言われた場所だ。

 「......正直な話すぐに根を上げると思っていた」

 爺さんが一人語り始める。こういうときは何を言っても話が止まらないと知っているので黙って聞いておく。

 「本当にお前さんの体で達成できるギリギリのラインを攻め続けた。普通なら諦めてしまうところをお前さんは文句も言わずにやり続けた」

 地下へと続く階段を降りる。地下は暗く、一昔前のランプを明かりに俺たちは進んでいった。

 「その見上げるほどの覚悟の先が人殺しだとは、おもわなかった。お前さんぐらいの年のやつは責任なんかとは無縁の生活をしているのがほとんどだ。わしからすればお前の口から人殺しなど聞きたくなかった」

 ランプの光が爺さんの顔を照らす。

 違うんだ、これは俺が選んだことだ。巡り合わせが悪かった。ただそれだけの話なんだ。

 「これだけ生きてれば復讐だとかなんとかの話は耳にタコが出来るくらい聞く。だからこそ思っちまうんだ。復讐は良くないなんて言葉は意味がないってな。当たり前の話だそれで止まれるなら殺しなんてしないはずだ。」

  爺さんの言葉に熱が入る。 

 「なあ、竜二。頼みがある。頭の片隅に置いておくだけでもいい。お前さんが何かをしなくたって誰もお前を攻めたりなんかせん。だから、今よりも大切にしたいものが出来たらそっちを選んでくれ。そうでもせんとお前さんが救われん」

 救われたいなんて思っていない。もう変えられないんだ。

 「もう後戻りが出来ないなんてことはない。人生は自分で思うより長いもんだ」

 心を読んだかのような語り。

 「これから教えるのは魔法みたく派手ではなく山を切るような絶技でもないただの技術だ。心技体の全てが揃わんと意味がない。どこまでも淀みない心、研鑽された技術、そして、鍛えられた肉体。技術は時間が解決する。肉体はもう既に最低限は整ってる。後は心だ」  

 扉の目の前に立つ。爺さんはゆっくりと扉に手を掛けて押し開いた。

 「全てを受け入れろ、それがお前の技になる」

 何もない空間。だが石造りの部屋にはどこか心を乱すような何かがあった。

 「わしがいいと言うまでこの部屋で暮らせ。飯はわしが運んでやる」

 

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