第8話 ミイラ取りの気紛れ
「……これ」
「これ……」
ケイスがノルトに渡したのは、鈍色の、手のひら大のメダルだった。同じ材質でできたチェーンがついている。
顔色は真っ青で、汗にまみれ、ぜいぜいと息を切らしながらケイスが続ける。
「言うたやろ……、人間……一番隙ができるときは、安心しきっとる時やって……」
今にも死にそうだ。ノルトを引きずっていた体力的なダメージに加えて、精神的にも疲弊しきっている。
「それも……含めて絶対無理やと思ってたけど……、俺やったら捕まってもお前が……出してくれるやろ。早よこんな街出て……」
息を一つついて、ノルトは言った。
「アドラインという人はね、スリに魅入られていたのよね」
魔術師というのは、ある程度の器用さがないと大成しないという。複雑で大掛かりな呪文を使うときは、体、特に指先の動きでその成功の可否が左右される。
修行中、偶々街でスリの現場を見たらしい彼は、その動きに惹きつけられた。熟練の動きは、通常視認することは難しいが、動体視力も優れていたアドラインにはその技術が「賞賛に値する」のがはっきりと見えた。まだ治安の悪かったラシアンの街では、よくある光景だったという。
「人のものを盗む」という行為はまったく誉められたものではなく、犯罪であること自体は憂慮しながらも、彼はある意味「道を同じくする」スリの技術を研究し、“付与者”となった後もその思いを道具作りに込め、そして……。
「思わず見て見ぬフリしちゃったのかしらね。あんまりガケップチにいるスリを見たら」
ノルトの口元が、わずかに上がったように見えた。
***
「お嬢様、お早いお帰りで」
「イヤミはいいわ。どこへ行けばいいの? 資料はあるわよね」
この
「親」というのが誰のことか……どっちにしてもだ。
羊皮紙の山の中から数枚を取り出し、男がノルトに渡す。よう、あの中から正しい
「あ、コラお前、まだ刃物は早い言うたやろ」
子供の一人から、小さいが立派にその役目を果たせそうな暗器をつまみ上げる。靴に仕込んでいたらしい。絶対見つからないって言われたのに、と取られた子供は不満そうだが、無理に取り戻すような様子はない。
「このままじゃこのギルド、置き引きやスリばっかりの小悪党の巣になっちまうなァ」
「あたしがそうさせないから、大丈夫よ」
暗に、ではなく明確に自分が後継者になると、ノルトは周りにも明らかにするようになってきた。
兄からも、他のマスター候補からも、もう自分の命は自分で守れる。
ギルドのドアが開き、伝達係の盗賊が羊皮紙を文机に載せて、また足早に去っていく。
「やれやれ、俺の仕事は終わらねェなあ。……ん? これは……」
「どうしたの?」
「ラシアンの治安所長が更迭されたそうですよ」
「へえ。早かったわね」
「お二人、何かしたんですかい」
「別に」
すぐに手の空いたギルドメンバーを、ラシアンに向かわせるようにノルトは指令を出す。
「火事場泥棒やな」
「
意味ありげに二人を見て、苦笑いをする文机の男から目を逸らして
「何もしてませんて!」
顔色を明らかに悪くして、ケイスは子供たちを連れて逃げるように部屋を出て行った。
「腕はあるんだがなァ」
「腕はあるのよね」
残された二人が同時につぶやく。
「まあ、向き不向きがありますからね。ここでは長生きできねェでしょうが本人がアレじゃしょうがねェ」
「そうね。あ、近々マーケットにいい出物があるかもしれないから、チェックしておいて」
ノルトは次の旅の準備を始める。もっと確実に、もっと盤石に、ギルドを自分のものにする。自分にはそのくらい力があると信じる。痩せっぽちのチビに、そう言ってくれた者がいる。
“子守番”一人くらい、ジジイになるまで飼いきって見せるわ。
ガケップチPICKPOCKET ~子守シーフとギルドの「ご息女」~ のうき @nouki
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