第7話 Catch Me If You Can

「魔方陣描かんでええの」

「あれば確実だけど、この盤があればなんとかなるのよ」


 先回りした二人は、治安所の詰所に行くためにはここを通るであろう、という地点にたどり着いた。おあつらえ向きに、木箱などが積んであり隠れるにはもってこいの場所だ。


 銀色の円盤を手に、何やら呪文をつぶやくノルト。かなり集中しているので、ケイスは所長の近づくのを確かめるために物陰から伺う。


 こっち来んな、家帰れ!

 急に気が変わってそこの店に入って一杯やってこい!

 などと心の中で念じるが、残念ながら通じそうにない。確実に近づいてくる。


 ノルトの持つ円盤から、噴水のところで見た煙が沸きあがってくる。

 狭い路地裏の幅いっぱいにそれは広がり、やがて1つの形を取った。木箱を高く積んだ荷車だ。今にも崩れそうな危なげな外観は、とても幻影には見えない。


 所長は、ちょうど二人が隠れている路地裏の前まで歩を進めた。


 ノルトが路地の表へ向かって手を振ると、それに合わせて荷車の幻影が道の角から勢いよく飛び出していく。煉瓦の道を、木製の車輪が跳ねながら進んでいくガラガラという音までも聞こえ、木箱を固定するロープはたわみ、外れて荷車ごと道を行く所長を押しつぶそうとした。

 通りからは人々の悲鳴が上がり、近くにいた者は必死の思いで避けようとする。所長も精いっぱいの敏捷度で飛びのいたように見えた。辺り一面にパニックが沸き起こるが、次に起こると思っていた衝突音はしない。ただ、残った煙は視界をところどころ遮っている。その中で所長に音もなく近づいた者がいる。


 その懐に忍ばせているであろう“アドラインのメダル”。過たず懐を狙った手を――


 その手は、掴まれていた。


「な…」



 その手を掴んだのは、ケイスだった。







「なにして〇×▽□$※!」

 一瞬動きを止めてしまったノルトの口を、ケイスは片腕で頭ごと抱えるようにふさぐ。

 こわばった笑いで、ケイスは倒れている所長に手を貸して上体を起こし、服の汚れを払った。


「なんか危なかったスね! 俺らこれから帰りますんで! ほんじゃ!」


 ケイスは渾身の力でノルトを両腕で抱えながら、ジリジリと後退していく。

 簡単に振りほどけると思っていたのに、あまりの驚愕からか思ったように振りほどけない。ノルトはケイスに引きずられる形で、暴れながら所長から離れていく。


 ある程度の距離まで離れたところで、ノルトの口が拘束から逃れたらしく、おそらく聞くに堪えないであろう罵倒が風に乗ってかすかに届いてきた。それも、聞こえないくらいに離れていった。





「……くくくっ」


 ようやく我に返り、所長が抑えた笑いを口に出す。


「あの小娘、組んだ相棒が悪すぎたようだな。まあ今回は結果的にそれが幸いしたようだが……」


 路地裏から漏れてくる犯意を、メダルは伝えていた。を捕まえれば、さらに面白いものを手に入れられたかもしれないが、今回は仕方がない。自分の地位があればまたチャンスはあるだろう。


 いつもの癖で、懐に手を入れる。魔術師に憧れ、様々な書物から知識をかじってはみたが、実際に魔法を習得することは叶わなかった男である。魔法の才はなかったが、幸いにも家は裕福であり、本人にもその財を増やし運用する才はあった。

 図星をつかれてしまったが、確かに金で買った地位である。しかしその地位のおかげで遺跡の調査に関わり、買収できそうな人間の調査もできた。最も欲しかった、この街を守護すると言われる大魔術師の傑作。かなりの対価を払ったが、これを手に入れられればそんなものは些事である。


 メダルを手に入れてから、スリのほかにも色々な犯罪を未然に防ぐことができた。自分が就いた地位に対して批判もあったが、その声を小さくできたのも全てメダルのおかげだ。


 その存在が、癖のように触れるときの実在感が、彼の優越感を確保してきた。

 これさえあれば、これさえ――

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