第6話 おかあさんといっしょ

「助かったわ。相変わらずできる子ぉやな」

「あんたとは出来が違うもの」


 さいで、とケイスは思ったが、全くその通りなので口に出さない。


「と、言いたいけれど今回はこれのおかげ」


 ひと悶着あった場所から少し離れて、銀色の円盤を撫でながらノルトが言う。

「幻影とか鑑定とか、今までも出来たんだけどここの精霊は力が違う。なんとか時期を合わせて来た甲斐があったわ」

「そら良かったな。そしたらもう用事は済んだし、ぬで?」

 いいタイミングの馬車があるとええなあ、もう借り切ってまうかあ。親方ノルトが金持ってるやろうし……と思いつつ、立ち止まっているノルトの表情を窺う。


 機嫌が悪いとか、怒っているとかでなく全く感情が出ていない静かな表情。


 その表情に、悪い予感がした。


「決めた。あのメダル、スッて来るわ」


 大当たりか。

 最悪か。

 

「なにアホなこと言うとんねん。それをでけんようにするんがあのメダルやろ?」

「できるわよ」


「お前、頭に血ィ登ってるやろ」

「上ってない」


「あの成金親父に脅されたんが、メッチャ腹立ってんやろ」

「あたしを脅そうとか100年早いとは思ってる」


 あくまでも表情の出ないノルトの顔を見ながら、ケイスは思った。



***



 あのな、俺はお前がいくつの時からの付き合いやと思っとるねん。

 ガリガリに痩せて、眼光だけキツうて、調理場からゴミみたいなもん拾って食うて、誰とも話さんと、ギルドの地下でガラクタから訳のわからん羊皮紙やら石板睨みながらうずくまっとったガキの時から知っとんねんぞ。


 ボロキレみたいな服替えさせて、ついでに体も洗わせて、ほかのガキんとこ連れてって一緒にメシ食わせて。

 字ぃとか読めるんかな、思たら「知ってる」とか抜かして。

 鍵開けもスリも尾行も、教えたったら一発で誰より上手くなりよって。

 ちょっと健康になったかと思ったら、ちょいちょい一人でフラッとおらんようなって。

 他のガキらと一緒に探しても大抵ケロッと帰ってくるから、そのうち誰も心配もせんようになって。

 気がついたらおかしな魔法とか使うようになって。

 こっそり、あの妙な円盤見せてきて。

 他の誰かに言ったら殺すとか言うて。

 精霊がどうたら古文書がどうたら、なんやかんや説明してきて。

 俺が理解できるか、っちゅーねん。



***



「どんなに強力な魔法でも、それが人の心に働きかけるものである限り“絶対”なんてないのよ」



 なんや思い出したら、おんみたいやな俺は。



「聞いてる!?」

「聞いとる聞いとる」


「絶対じゃない言うてもな、それはただの理屈やろ!?」

「あ、あいつ移動するわ。先回りするわよ」

「お屋敷に帰るんかな」

「この先に治安所の詰め所があるから、多分そこね」


 こいつ、大体の街の地図は頭ン中入っとるもんな。

 まったく、おんの教育の賜物やで。


 衛兵を帰してしまったので、一人イライラしたように歩きだした所長の姿を見ながらノルトは迷わず軽やかに走り出す。拾った帽子を何度もはたいているのを横目に、ケイスも慌てて走り出す。


に気を逸らしてやれば、必ず隙ができるのよ。つまり」


 痩せてうずくまっていたかつての少女は、気がついたら脚も早くなっていた。

 鈍足シーフの異名も持ち合わせるケイスおかんは、遅れないよう必死についていく。


「あんたにもわかるように簡単に言ってあげる。ビックリさせるのよ」

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