第2話 A FROZEN GIRL

「大道芸かいな。親父さんが見たら泣くで?」

「親父って誰のこと」


 一瞥もせずに氷点下以下の声色で切り捨てられて、声には出さないがめんどくさいわー、と心の中で舌を出す。



***



 ――ここはラシアンの街。港町ボルトーノからは馬車で3日ほどの距離だ。

 街道に点在する街の中では比較的治安のよい場所だ。魔法ギルドもあり、住民も魔法への畏怖や、禁忌とする感情は薄い。

 昔この地方で活動していた大魔術師の功績によるものらしい。


 ボルトーノもそのあたりには寛容だ。東に行くほど魔法というものへの理解度は低い、とケイスは感じる。魔法だけでなく、エルフやドワーフといった亜人種への当たりもキツいらしい。


 ええがな、魔法めっさ便利やし。

 ええがな、人間とたいして形も変わらんし。


 そんな風に単純かつ怠惰な考えをする者は少ないのだろう。



 インドア派すぎる盗賊、ケイスの気持ちを反映してしまったのか、到着には多少の遅れが出てしまった。

 街の入り口では簡単な身柄の確認もあるが、ギルドから手形を受け取っているのでほぼノーチェックだ。今回の任務はシーフツール的なものも携帯していないし、人相というか雰囲気というか、この男を見て「シーフ」と断定するような目利きはあまりいない。本人にそこを生かす気は全くない。


 適当に街のあちこちを流しながら、マーケットに向かう。色煉瓦で舗装され、仕事でなければ茶でもしばきながら雰囲気を楽しみたいところだ。マーケットの中央には小ぶりの噴水があり、少し開けた広場になっているが、そこにちょっとした人だかりができている。

 人だかりの中央にいるのは黒髪を肩口で切りそろえ、シンプルなレザーのワンピースを着ている若い女。目つきだけ、印象的にきつい。

 ギルドの「ご息女」ノルト。今年19歳になる。


 「ご息女」といっても蝶よ花よと育てられたわけではなく、寧ろその逆だった。兄が2人いる上に、彼女だけは妾腹。茶色がかった金髪のマスターと似ているところはほとんどない。ほぼ「いないもの」として扱われていたが、成長するにつれて地道に任務を完璧にこなし、ギルドの息のかかった商品の販路を拡大し、確実にギルド内の立場を強めていった。

 それに加えて最近では、魔法を使いこなすようになった。ギルドの魔術師も「自分たちの系統とは明らかに違う」魔法だそうだ。

 そんな彼女を、当初は「マスターの捨てた子」として扱っていた周囲も、どうやら兄妹の中で一番出来がいいのでは? というか兄貴たちポンコツなのでは? と、近年で一気に扱いが「ご息女」「お嬢様」に昇格していった。


 本人はそんな周りをすべて冷めきった目で見ている。



***



 噴水のふちに腰かけて、目線を合わさないままノルトに話しかける。

 「親父さん」の話は何回しても反応は一緒なので、任務の話に変える。


「遅かったわね。相変わらず要領の悪い男」

「ええやないか。どうせ帰りたないんやろ、こんなとこで大道芸しとるくらいやし」

「そうね、ちょっと術を試してみたかったから」


 マーケットの広場でノルトが行っていたのは、確かに「大道芸」だった。ノルトの周りに描かれた陣から不思議な色の煙が立ち上り、それが形を変えていく。最初は蝶の群れや鳥、透き通った水の精霊のような姿に変わり、周りの観客からおおっ、と感嘆の声が上がる。

 魔法に慣れている住民も、あまり見たことのない種類の「術」らしい。


 ノルトの背後には銀色の、30cmほどの大きさの銀色の円盤が置いてある。円盤には時計盤のように、円周に沿ってぐるりと目盛りのようなものが刻まれている。ノルトが魔法を使うようになったのは、どこからかこの円盤を見つけてきてからだ。

 契約がどうとか言ってた気がするが、詳しい説明はされなかったし、ケイスも別に理解する気はなかった。ノルトがあちこちに姿を消すのも

 「カミサマと仲良うなりに行ってる」

と勝手な解釈に落ち着いている。



 煙は、最後は小さいが体の長い竜の姿に変わり、炎を吹きながら空に消えていった。



「あのな、来月までに帰って来て欲しいらしいねんか」

「ああ、もうここでの用事は終わったから帰るわよ。“子守番様”が来なくてもよかったわね」

「そしたらもうええやろ? 支度し」

「もう少し術を試したいから、あんたはその辺でお仕事しててちょうだい。子守以外・・・・の」


 本業か。大儀たいぎぃなあ。

 シーフ失格にも程があるボヤキとともに立ち上がり、建物の陰で革の胸当てとグローブを外した。

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