第3話 働く男

「スリをやるときは、できるだけ軽装になるんや。レザーもアカンで。グローブなんかもっての他や」

「自分の指から手ぇ全体の感覚を研ぎ澄ますんやで」


 ギルドの子供たちに偉そうに教授する自分を思い出して苦笑する。

 何を偉そうに、やな。

 そういえば、自分にこの技術を教えてくれた老盗賊も、あまり実践してきたことはなかった気がする。

 歳だったし、あまりひけらかす人でもあれへんかったしな。

 とはいえ、ギルドにいる以上はこの手の知識がないと生きていけない。

 ケイスは別段善人でも、ましてや聖人でもない。ただ、自分がようやらんことを人にさすのもなあ、くらいに考えている。およそ長生きしそうにない考えではある。



***



「なんかスリが出てるらしいよ」

 人込みの中で、誰にともなく囁いてみる。この時ばかりは西の訛りは封印だ。

「兄さん、この街はアドライン様の加護があるからね、大丈夫よ」

「アドライン様……?」

 聞き返そうとしたとき、人込みがわあっと歓声を上げる。ノルトが人目を惹く術を使ったらしい。

 

 少し逡巡したが結局、仕事スリに戻ることにした。

「あっちで誰か掏られたらしいぜ」

「財布に気を付けないとな」

 ささやき戦術を続行する。

 幾人かがポケットやバッグを確かめ、自分ではないとホッとする。それを数か所記憶し、人込みをすり抜けていく。意外にも、ほとんど誰にもぶつからず器用に移動し、少し離れた建物の陰に隠れた。暑くもない季節なのに汗をびっしょりかいている。


 バレてへんみたいやな…

 ええと。財布が1、2、…3つか…。

 ノルトがあんだけ注目されとるし、やり易うて良かったわ。



***



「確かめた場所に大抵大事なモンがある。そこをわざわざ教えてくれんねや。あとは勢いと、素早さと、度胸や」

と、ギルドの子供たちはこの世で一番勢いと、素早さと、度胸のない男に教わっている。

 一応、教えた子供たちはそれなりに成果を出してくれている。ガケップチからなんとか落ちないで済んでいる理由かもしれない。



***



 財布の中身を確認すると、期待したほどの成果はなかった。

 中身までは分かれへんしなあ。

 後でノルトにボロクソ言われるやろうなあ。

 心の中でボヤきつつ、人込みを見返す。集まっているのは多くは子供たちで、次々に形を変える煙をキラキラした目で見つめている。大人たちは、多少珍しいとはいえ魔法は見慣れているもので、チラリと見ては足早に仕事に戻っている者の方が多い。



 その中に、一目見て違和感のある観客がいた。

 服装の質が明らかに違う。仕立てのいい服、絹のスカーフ、珍しい鳥の羽根がついた帽子。

 貴族か? なんでこんなとこで見物してんねん、おっさん。


 心の中でツッコんだが、もしかたらチャンスかもしれないとケイスは思った。懐、えらいヌクそうじゃね?

 しかもえらい集中して見とる。魔法マニアなのかもしれへん。

 時折、懐のあたりを気にするような仕草を見せる。絶対あそこになんかある。


 そっと近づき、隙を伺う。

 貴族の目は、まっすぐノルトを見ている。両手は腰の前で組まれている。

 ケイスはすれ違うふりをして懐を狙った手を――

 

 その手を、掴まれていた。




 時を同じくして、マーケットの人込みが衛兵たちに散らされていく。

「許可のない見世物は禁止だぞ!」

「ほら解散! 解散!」

 大人たちは仕方ないか、という風情で、子供たちはあからさまに悪態をつきながら散り散りになっていく。

 ノルトは一つため息をつく。

 まあ、休日でもないのに人を集めちゃったらマズかったか。

 もう一つ、試したい術があったんだけど、仕方ないわね。


 術の相棒である、銀色の円盤に手を伸ばそうとしたとき、衛兵に止められる。


「おっと、お嬢さんは残っていただくよ」

「無許可だったのは悪かったわ。罰金だったら――」

「いいや」


 衛兵2人に、突然後ろ手に腕を拘束される。いきなりのことで対処できなかった。


「スリの共犯についてだ」

「え?」

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