ガケップチPICKPOCKET ~子守シーフとギルドの「ご息女」~

のうき

第1話 だるい人

「またっスか」

「そう、またなんだ」


 また出張かいな、と若い男は肩を落とした。

 ここは島の西端、港町ボルトーノの盗賊シーフギルド。

 冒険者と一緒にトレジャーハントに精を出したり、古い金庫のカギを開けたりといった比較的陽の当たる仕事から密輸・国外脱出の手引き・果ては暗殺といった暗黒まっくら稼業まで様々だ。


 羊皮紙の束を載せた文机の前に座っているのは壮年の男。ギルド上層部から、下部へ様々な指令を受け渡す役目に就いている。いわゆる中間管理職である。

 若い男に対しては、「なんでお前に頼まなきゃいけないんだろうオーラ」がハッキリ出ている。


 何しろこの若い男、盗賊シーフとして「使えない」。手先はそれなりに器用だが、壊滅的に度胸がない。

 そもそも商人の子だったらしいが、幼いころに両親を失い、なんのかんのあって盗賊ギルドに転がり込んだ。働かざる者なんとやらで、ギルドに屯する子供の世話係を請け負い、そのまま大人になってしまった。

 そしてついた「二つ名」が


「俺だって“我らが子守番様”に頼みたかァねェさ。大事な主業務を棒に振らせてまでな」


 ドストレートに悪口である。

 本人もいい気はしていないが、その通りなので受け流すことにしている。

 今も若い男の周りには、場所にそぐわない無邪気な笑顔の子供が数人まとわりついている。どちらかといえば痩せ気味の体の肩まで登られて、結んだ髪を引っ張られながら、


「俺かて、そんなクサされながら頼まれたかないです」


 一応反論らしきことを口にする。西の海を渡った大陸の訛りは、港町なのでたまに使う者がいる。


「仕方ないだろ、何の因果か他の誰よりこの件に関しちゃ実績があるんだ。一体どんな術を使ってるのかね」

使つこうてませんて」


 まとわりついた子供を引きはがしながらボヤく。子供たちは盗賊ギルドで生まれたり、この男のように行き場をなくして転がり込んできた子供たちだ。成長すればいずれ街の暗部に触れていくことになる筈の存在だが、この男には何故かよく懐く。ナメられているとも言う。


「放っといたらええやないですか。そのうち帰ってきますて」

「そうもいかん。来月の盗賊ギルド連の会合に同行してもらう必要がある」

「あの放蕩娘をですか?」

「口は慎め。ギルドマスターのご息女だぞ?」


 ご息女、ねえ…ボソッと独り言ちた声は幸い誰にも聞こえなかったようだ。


「で? 今度はどこ行ったらええんです?」

「東のラシアン辺りだという話だが、念のため情報屋に寄っておいてくれ」




 若い男の名前はケイス。20代半ばで黒い髪に黒い瞳、やや三白眼だがキツい印象はなく、むしろ間が抜けている顔に見える。背は平均より高めなのに、猫背のためあまりそうは見えない。少し伸びかけた髪を後ろで結わえている。


 普段はもっぱら盗賊ギルドの子供たちに基本的な手先の技を教えている。当の子供たちにとっては遊びと区別がついていないが。

 “我らが子守番様”、ハッキリ言ってギルドに必要な人材ではない。いつ何時捨て駒にされても文句の言えないガケップチ男である。


 が、ある「実績」があるため、時々こうやって駆り出される。


 時々フラリといなくなり、連絡を取らなくなる「ギルドマスターのご息女」を連れ戻せる確率が、この男だけ妙に高いのだ。

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