Episode1-B 拡散
ごめんね、ごめんね、そんなつもりじゃなかったの。
まさか、あんなあっという間に拡散されちゃうなんて。
でも、気にすることないよ。
Oちゃんは、スッピンでも可愛いんだから。
そんなつもりじゃなかったなんて嘘も嘘、大嘘であった。
女子高生(JK)・Mは、わざと”いつメン(いつもの仲良しメンバー)”のOちゃんの自宅に遊びに行った時に撮った、彼女のスッピン写真をクラス全体のグループラ〇ンに、”無邪気を装った悪意”とともにアップロードしたのだ。
彼女のスッピンは、クラスという垣根をを飛び越えて、瞬く間に学年中に広まってしまった。
ちなみに、このOちゃんはメイク後は超絶可愛いも、メイクを落とした後は「……あんた、誰? 誰だよ?!」と問いたくなるほどの大変身ぶりを見せる、まさに神業メイクの腕前の持ち主であった。
常日頃からOちゃんをちやほやしまくっていた男子一同は、正直なところ、Oちゃんの素顔に引いてしまっていた。
彼らの脳内には「普段の(メイク後の)Oちゃん=超可愛い=スッピンで飾っていないOちゃんも超可愛い」という偽りの公式が出来上がっていたのだから。
しかし、女子たちは「私のスッピンだって、こんなもんだよ」「家にいる時ぐらいはスッピンでいたいよね」「今度、私たちにもメイク教えてよ」と、概ね”努力家”のOちゃんに好意的な意見であった。
そして、本人に断りもなく、プライベートな写真をアップロードしたMに、非難の声も幾つかあがってもいた。
Mは「そんなつもりじゃなかったの。まさか、”皆が”こんな風に広めちゃうなんて思わなくて……ごめんなさい」と、目に涙をため、表面上はしおらしく謝罪した。
だが、そんなMの心の中では、歓喜の大合唱状態が続いていた。
やった、やった、やった。
ついにOちゃんをクラスのアイドルの座から引きずり下ろすことができた。
ううん、おさまるべき位置にOちゃんを戻しただけ。
私こそがスクールカーストのトップにいるはずなんだから。
私が一番可愛くて綺麗で、一番目立ってモテて、皆にちやほやされるはずなんだから。
それに、私のスッピンはOちゃんみたいな別人じゃないしwww
女の子同士って、一見仲良くじゃれあっているように見えても、根底では皆、ライバルなのよ。
Oちゃんも迂闊だったよね。
ライバルの前でスッピンを晒しちゃうなんて。
しかも、何の疑いもなく(まさかクラスのグループラ〇ンにアップロードされるなんて思いもせず)、私と一緒に笑顔で写真を撮ったなんてwww
今時、スマホを持っていない高校生なんて少数派だし、さらに言うなら、良いことよりも悪いこと(人の失敗や不幸)の方が勢いよく拡散されるもんね。
Mの喜びの大合唱は、まだまだ終わりそうにない。
水辺で蛙がゲコゲコ、ゲロゲロと鳴き続けているように。
表面は身綺麗に感じ良さそうに取り繕っているMだが、その内面は”別の意味でゲロゲロ”であった。
厳密に言うなら、今回の「Oちゃんスッピン拡散事件」が初めてでない。
M本人は文句なしに可愛く映っているも、他の友人はうっかり白目を剥いていたり、食べている最中であったため鼻の穴がやけに膨らんでいたり、マスカラを塗り直していたためか鼻の下が妙にニョニョニョーンと伸びた写真を”そんなつもりはなく”アップロードしたことが過去に数回はあったのだから。
そして、小憎たらしいことにMは、友人ならぬライバルたちの前で絶対に隙を見せないようにしていた。
制服に糸くずや埃、シミ、皺なんてもってのほか、メイクもウォータープルーフでいつも完璧、ヘア(下ではなく上の方のヘアね)の手入れとセットにも気は抜かない。
Mが気を抜けるとしたら、お月様の下でただ一人になれる時間だけだ。
スッピンのパジャマ姿で、鼻をほじったり、お腹をボリボリと掻いたり、プープー屁をこいたりできるのは夜、ベッドの中での夢うつつな時間だけであった。
※※※
ある日のこと。
Mは、かつてない睡眠不足で痛む頭と目を押さえながら登校した。
気を遣っているお肌のためにも睡眠時間を確保するべきであったのに、各種SNSのチェック――自身の投稿に対する反応ならびに他人の不幸の種をチェック――に夢中になり、相当の夜更かしをしてしまっていた。
突然、Mのクラスに何の前触れもなく、学期の始まりでもないという中途半端なこの時期に転校生がやってきたのだ。
転校生は女子だった。
そう、Mのライバルとなるべき者が新たに登場したということだ。
しかし、Mと転校生は、最初から次元が違い過ぎた。
誰もが――生徒だけでなく先生までもが――口を揃えて可愛い、美人、天使、妖精、女神と転校生を褒めたたえ、彼女の美貌は学年どころか学校全体、ならび他校にまであっという間に拡散された。
メイクなど一切せず完全なスッピンのうえ、どんな表情もこれまた魅力的で、スタイルも完璧というか、高校生とは思えない成熟度だ。
容姿の美しさのみならず、彼女は勉強も運動もトップレベルにこなせ、人当たりも非常に良く、瞬く間にクラスのアイドルというよりも、”学校全体の女神様”となってしまった。
当然のごとく、かつてない嫉妬地獄に落とし込まれたMはその身も心も、ドロドロのゲロゲロにならざるを得なかったが、不思議なことがあった。
Mには、その転校生の顔が見えないのだ。
だから、彼女がどんな顔をしているのか分からない。
倒すべき敵を知ろうにしても、その敵の顔すら掴むことができない。
見ようとしても、眩い光が彼女の顔を覆っているばかりだ。
直視できぬほどの絶世の美貌ということなのか?
それとも、まさか、転校生は魔物か何かの類なのだろうか?
Mにとって、転校生が魔物だろうが、何だろうが、どうでも良かった。
その正体に恐れを抱くわけではなく、自分より注目を浴びる存在がいることが許せなかった。
ついに、Mにチャンスがやって来た。
掃除の時間、箒を手にした転校生が階段を掃いていた。
そして、その下からは”妊娠中のR先生”が大きなお腹を抱えながら、階段を上がってきていた。
R先生は、英語担当のおっとりとした小柄で細身の先生であった。
M自身は、R先生に何の恨みもなかった。
けれども、あの転校生が”事故とはいえ”R先生の赤ちゃんをダメにしちゃったら、間違いなく学校にいられなくなるだろう。
そればかりか、瞬く間にSNS等で拡散され、犯罪者扱いで後ろ指を指され続けるのは間違いない。
Mはさりげなさを装って、転校生の背中に”接触”した。
狙い通り、転校生は「キャーッ!」と悲鳴をあげ、ハッと顔を上げたR先生も「キャーッ!」と悲鳴をあげた。
重なり合った悲鳴。
衝撃とともに転がった二人の、いや、”三人の体”。
うつ伏せに倒れた転校生と彼女の下敷きとなったR先生の血の気を失った青白い横顔を確認したMの”両唇の端は耳に向かってニイイッと近づいた”。
階段の踊り場には、みるみるうちに血が広がっていく。
やった、やった、やった。
ついにやった。
悲鳴や怒号が、どこか遠くから響いてきているのをMは湧き上がる歓喜とともに聞いていた。
その時、Mの下腹部がグルグルと妙な音を立てだした。
まるで魔物の唸り声のような音であった。
まさか、嫉妬により殺人までをも犯してしまったM自身こそが魔物であった……魔物と化してしまったということなのか?
Mはただただ”それ”が不快だった。
だがら、自身の体内から追い出そうとした。
それも、思いっきり。
ブボボッ!!! ブボオオオオオッッ!!!
素晴らしいまでの爆音とともに、”それ”は放出された。
※※※
Mが椅子をガタンとさせて飛び上がった時、”教室内”は静まり返っていた。
今は英語の授業中――ちなみに英語はR先生が担当――であった。
目をパチクリとさせているR先生のお腹は大きいままであり、つまり胎児は無事だということだ。
あの転校生の姿は、教室にはなかった。
そりゃあそうだ。
彼女は、Mの夢の中での人物なのだから。
各種SNSのチェックが止められず、自業自得な睡眠不足のMが英語の授業中に、ついうっかり”船を漕いで(居眠りをして)”しまい、夢うつつの状態での最大級の寝っ屁をぶっぱなしてしまっただけであるのだから。
音ならびに、ほのかな臭いの震源地は、今さらごまかしようがなかった。
「き、気にすることないわよ。お腹の調整が悪いことなんて、誰にだってあるんだから……み、皆もスマホで拡散なんかしちゃダメよ。絶対にダメだからね」
R先生が、要らぬフォローに入ってくれた。
静まり返っていた教室は、次の瞬間、大爆笑の渦に包まれた。
(完)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます