第14話 へベルナの教養講座


病院に運ばれて数日が経った。まぁすることもなくベッドで寝ているが、来た人は冒険者協会を名乗る奴が話を聞きに来たくらいで、見舞いをしてくれる友人なんていない、なんて寂しい異世界生活。


ただ、意識不明者は回復していると聞けたのは朗報だろう。

パレハとアイーシャは大丈夫そうだが、マルフとウルオーノは怪我が深く退院はまだ先のようだ。


「ヒマそうですね、アキラ」


へベルナは杖をコンと立てて静かに笑みを浮かべている。


「へベルナッ」

「......まるで飼い主を見つけた犬ですね」

「......しょ、しょうがないだろ?今まで来た奴らは何があったのか調べに来ただけだったんだぜ!?」


要は人に飢えてたってことよ。


「それはそうでしょう、貴方が戦ったというぺルラは今も捕まっていません。アキラが唯一ぺルラと対面であってる人物なんですからね」

「それはそうだけどさ......」

「......今回、見舞いに来ただけではありません......アキラに言っておきたい事があります」


へベルナはそう言って近づいて来た。


「どうして、危険であるとわかっていたのに採掘場に向かったのですか」

「そ......それは、へベルナが心配で」

「だけど貴方は負けた」

「うッ」

「ぺルラは自分を魔晶生命体クリスタリアと言ったのですね?......」


普段は優しい声も今は怒りを感じる。彼女の言葉が痛い。


「はぁ......説明して上げます......」


へベルナは心底あきれたのか、溜息を吐くと説明をしてくれた。


「アキラ、外界という存在は知っていますか?」

「がい、かい?」

「......そう、外界です、例えば」


へベルナは病室のドアを開けた。


「ほら、見てください、この空の上には宇宙があると言いますね?宇宙はこことは比較にならない魔力があると言われますが、宇宙は外界です」

「???宇宙は繋がってるだろ?その......ここと」

「魔力の質が違うのですよ、外界は此処とは異質な魔力を持つ世界の事を指しているのです」


へベルナは外を見ながら話していたが今度はこっちにふり返る。


「......外界は異界とも言われます。前にも言いましたね魔力は生命力と......異質な魔力は肉体に大きな変化を与える事があります、人も魔物も外界のモノに適応できたモノはみんな変わってしまうのです」

「宇宙も外界......隕石もそのうちに?」

「えぇ、ですから隕石が降ると言う事は。魔晶生命体クリスタリアが出現する可能性があるという事」


異界......だから、俺は変身が?いや、ぺルラはしなかった、手加減していたからか?


魔晶生命体クリスタリアは非常に強力です、並みはずれた魔力もさることながら、特筆すべきはその生命力でしょう」


魔晶生命体クリスタリアが強いというのはまぁ、今回の事で大体わかった。


「アキラ、貴方が魔晶生命体クリスタリアと戦って生きているのは奇跡に近い、あれは恐ろしい怪物、容赦なく人を殺す怪物です。......アキラは見かけたら今度こそすぐに逃げてくださいね?」

「......」


言わなかったのは俺が変身......ぺルラが言う魔晶生命体クリスタリアであることは黙っていた。だから、ぺルラは計画が失敗したから俺を吹き飛ばしてそのまま逃げたって嘘をついた。

魔晶生命体クリスタリアを自称する奴と会ったと言ったら、皆それを恐れていたし警戒していたし。それに......


「......」


魔晶生命体クリスタリアについて語った時、へベルナからの殺気がこっちにも伝わってきた、彼女は魔晶生命体クリスタリアとは並々ならぬ事情があるのかもしれない、が。

俺にはへベルナに何があったのか聞く勇気も真実を語る勇気もなかった。


「......わかったよ、ゴメン。もう少し考えて動くように努力する」

「......まったく......生きていて良かった、本当に」


へベルナは心底嬉しそうに笑っていた。なんだかしんみりしてきたので話題を探す。


「......あーそういえば、リードルはこの後どうなるんだ?」

「え、あぁ......帝国の兵士に突き出されて取り調べを受けて、どっかの監獄行きですかね、協会が出てくる事はないでしょう」

「そういえば、協会って何をしてるの?」

「あれ、説明していませんでしたか?」

「どうだっけな、なんか依頼を斡旋してるとかしか聞いてないはず」


何処かで聞いたかもしれないが、ダメだなあまり思い出せない、深くは説明を受けていないはず。


「ギルド統括冒険者協会、各地の冒険者ギルドを統括する組織ですよ。昔、ギルド同士で激しい抗争があった反省から作られたらしいです」

「抗争か......」


いまだってどのギルドかで風土が違うから、昔は意思疎通がうまく出来ていなかったりで争いが起きてたんだろうな。


「大体のギルドは協会に加盟していますね、というか加盟していないギルドは正直グレー......おすすめしません」

「お抱えギルドって言うんだっけ『黒装隊』とかあれも相当グレーなんだろ?全部自己完結してるから、怪しいって」

「......そういう風に言う人はいるでしょう、閉鎖的なギルドだとどうしても疑われます」

「そんなもんかぁ、ファウストとか良い人っぽかったけどな、まぁあの恰好じゃあ怪しまれても仕方ないか」

「......ふふ、そうですね」


各地のギルドを統括してるか、想像してた通りだがやっぱり規模がデカい。


「ギルドは基本的に独立的です。なので協会、国、その他何を重きに置いているかもバラバラです、協会は何事もなければ強制はしませんし依頼の斡旋くらいしか普段はしませんね」

「何事もって、例えば?」

「例えば、犯罪行為がバレたり、その他、その国では対処しきれない事情があったりしたら、実力のあるギルドが選ばれますね、まぁ後は禁忌指定の関連物は常に警戒しています」

「禁忌指定......ね」


禁忌指定?名前からして物騒な名前だ、まぁそれだけ危険だという事だろうが、


「そういう危険な魔法があるってことか?」

「魔法だけではないですよ。禁忌指定を受けた物は全て協会が管理します、それに関連する出来事であれば、協会が出てくる事があるでしょう」

「はぁ......いやぁほんと勉強になるっすわ、へベルナさんの講座」

「いやあ、どうも」


パチパチと拍手をすると、へベルナは照れながらそれをペコペコと受け取る、どうにか機嫌は治ってくれたようだ。


「......あれは......」

「?外を見てどうしたんだ、何かあるのか?」


へベルナは外を見るなりに帰り支度を始めた。


「家の使い鳥を見つけました、何か知らせがあるみたいです」

「へぇ、そんなのあるんか......んん、ベッドからだとあまり見えないな......」

「まぁただのハトですけどね」


ハトかよッ。


「ふふ、では私はこれで」

「あぁ、ありがとうなぁ」

「思ったより元気そうでしたし、見舞いの果物でも持ってくれば良かったですよ」

「次は期待してる」

「はいはい、お身体をお大事に」


そう言ってへベルナは病室を出て行った、色々と至らない所はあったとは思うが意識不明者は回復してるらしいし、マルフとウルオーノさえ回復すれば皆無事だった事になる。


「へベルナには叱られたけど、結果オーライだろ」


そう考えれば、まぁ、良いか。身体の状態も良好だから退院も近いだろうな。



◆◇◆◇



今回の事件で意識不明状態だった者達が目を覚まし始めた。どういう状態だったのか聞いてみると、みんな寝ている間にどこかはわからないが赤い空間にいたという証言は一致していた。


これはどういうことかと疑問に思う者もいたがそれは有耶無耶になった、なにせ今回目覚めてから一番に混乱を招いた出来事があったからだ。

白亜の川ホワイトリバー】のドージャの謹慎処分とギルドの一定期間活動停止処分。

赤の壁レッドウォール】のギルドマスターがネイロス=ザッドルアから変わり、アーヴィ=パウンが新たなギルドマスターになっていると言う事。


それらが明らかになるやいなや、すぐさま本拠地にみな急いで向かってしまった。


「――ですので、現在はギルド活動を行う事は出来ません......ドージャを止められず申し訳ありません」

「そうか......」


白亜の川ホワイトリバー】ギルドマスター・ハン=テレンは自分が倒れている間に起きた出来事を伝えられ

「仕方のない事だ、ドージャは人一倍に優しい子だから、やってしまったのだろう」

「......」

「なに、こうしてみな回復したのだから、良かったではないか」

「マスターッ」

「みな無事に出会えたことを祝そうではないかッ」


白亜の川ホワイトリバー】がすぐに纏まる事が出来たのはマスターがいたからだろう、しかし問題は【赤の壁レッドウォール】だった。




「我々はアーヴィ=パウンをマスターとは認めない、マスター・ネイロス=ザッドルアの復帰を求める」

ギルド内部では回復した【赤の壁レッドウォール】のメンバーはそう言ってアーヴィがマスターであることを認めようとはせずに詰めかけていた、アーヴィはそうなる事は見越していたようで、淡々と答える。


「認めないのならそれで結構だ、俺がギルドマスターであるという事実は変わらない、それにネイロスは作戦の失敗の責任を取らされたんだ、仕方ないだろ」

「貴様なんぞにギルドの運営で出来まい、へベルナも去ったそうじゃないかッ」


一人の男が言うと他のメンバーも彼に続き、そうだ、そうだと騒ぐ。


「ッ、お前らもどうしてこんな状態を認めているッ、仮に、仮にッマスターが責任を取ったにしても、どうしてよりによってこいつをマスターにしたのだッ」


そうギルドの中で声を荒げるが、アーヴィを容認した冒険者はただ気まずそうに顔を背けるだけだった。


「ギルドマスターが誰になるかはギルド内部が決める事、そしてこのギルドは俺をマスターとして認めてくれたんだよ」

「黙れ、どうせ何か不正を働いたに違いないッ」

「......マスターが合わないのはギルド所属の冒険者には致命的だ、勿論君たちがどうしてもいやだというのなら、出ていけば良い。まぁしかしわかっていると思うが、ギルドの鞍替えを続ける冒険者は嫌われる」

「それは......」

「ネイロスが拾ってくれなければ、今ごろは裏社会で生きていた人もいただろう。俺をマスターとして認めるなら、君たちを除名しない、今まで通り仲間として迎え入れよう」

「......俺たちを脅してるのか?」

「仲間を脅すわけないだろ?」


一触即発だ、そんな時だった、後ろからフロル=ピナクがトコトコと歩いて来る。


「えっと、皆様初めまして、フロルと申します」

「あぁ、新しい仲間だ、君たちが寝ている間もギルドは活動していたんだ。」

「んふふ、これからもよろしくお願いします」

「え、あぁ、どうもよろしく」


フロルの輝くような笑顔に絆されたのか、さっきまでの空気は一変した。


「いきなり事で驚くのは無理もない、今後の事をじっくり話そう」


アーヴィは静かにそう語りかけるのだった。



◆◇◆◇



女と男が何かを話し合っている。


「......魂の檻にて回収していた魂が喪失したのと同時に被害者の意識が回復したようです、そして魂の檻は崩壊したと......」


一人はぺルラ、蝶々を人差し指で止めさせながら話していた。


淡々と答えているのは、長い赤髪の男。

「そんなものだろうと思っていた」

「......では、本来の計画通りですか」

「......もとよりそのつもりだった、お前がどうしても、と言うから許可したんだぞ」

「ははは」

「......ふざけてるのか?」


男はぺルラを睨みつけると咳ばらいをして

「いや、最初【漆黒の蛇ブラック・スネーク】が魂の檻らしき物を見つけたという噂を聞いた時は本気でした」

さらに事情を説明する。


「ただ、最初に見た段階でどうしたものかと思いまして、噂に聞いていたものよりも経年劣化が激しかったし、中央に明らかにヤバいのあったし、どうしたもんかなぁて考えてたらなんか知らないけど発動ですよ、あの時は焦りました......、魂の檻だけは回収するために策を練って頑張ってたんですよ?......結局強硬手段もダメでしたけど」


ぺルラはやれやれと言った風に肩を落とす。


「はぁ、勿体ない。『魂の檻』は貴重な素材だったのに......」


男はぺルラに聞く

「しかし、お前はどうして【漆黒の蛇ブラック・スネーク】を崩壊に追い込んだ?そんな無駄な事をする必要はなかっただろう?」

「......いや、それは知りません」

「ほう?」


その答えに男は少し驚く。


「リードル達は反抗的でしたし最後はもういいやとリードルごと攻撃しましたが......そもそも【漆黒の蛇ブラック・スネーク】あの人らが魂の檻を発動したんですからね、その所為で私も危ない目あったんですから、まぁ結果的に使い物にならなかったと分かったのは良かったですが」

「......と言う事は、お前は『魂の檻』をどのように、どうして発動したのかは、見ていないんだな?」

「いや、外から見てましたからね、見えませんって、あのギルドだって自壊したんじゃないんですか?」

「そうか......」

「なんですか」

「なんでもない」


男はそのままその場を離れていく。


「お前は面倒事ばかり背負い込む......精々気を付けるんだな」

「え、どういう意味ですか、それ」

「じゃあな」

「無視かよ」


そのまま去っていった。


「なんなの、アイツ」


ぺルラは一人、海を眺めながらあの戦いを思い出す。

「(しかし、あそこまで強力な魔性生命体クリスタリアが存在していたのを今まで気づけなかったのはミス......名前を聞きそびれたが、まぁ良い、次は本気で相手をしてやる)」


「私に勝った訳じゃないってこと、思い知らしてやるから」


拳を強く握りしめながらリベンジを決意する。

「......やっぱり何か違和感があるな......」

今回の事件について何かモヤモヤしながらそう思うのだった。




R03 12.14

11話~12話の一部文章を微調整しました。

緑炎の魔人にグリィラという名前が付きました。

結晶生命体クリスタリアン魔性生命体クリスタリアに変更しました。

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