第5話 踏切のいざこざ

 つまらない考えはもうやめにして、閉まりかけた踏み切りに小走りで駆け出したとき、小さないざこざが見えた。


 踏み切りには間に合わず遮断機が完全に下りてしまった。その踏切内で四人の男が一人を囲むようにして凄んでいた。胸を突かれてバランスを崩すもそいつは全く動じていない。


 その態度が相手の怒りを買い、とうとう殴られた。踏み切りを渡りきったときにそいつの顔を見て唖然とした。悪七だ。本人は殴られたことにも疎いような、どこか取り澄ました顔のままじっと線路に横たわっている。電車の音が近づいてきた。


 男達は去りかけたが、悪七が人を小ばかにしたような嘲笑を放ち、何事か口にした。頭に血が上った一人が線路に残って悪七をまた殴るが、悪七は何もせず相変わらず呻きすらせずに微笑を浮かべる。仲間達が電車に戦いてずらかる中、二人は線路で絡み合ったままだ。


「何やってんだよ」


 悪七が反撃に出ないことにとうとう俺は我慢できなくなった。電車が何度か唸る。電車がブレーキをかけるかというとき、俺はカムをけしかけた。


 といっても俺はとっさの判断で、カムに何ができるか知れない。それが分かってか、悪七はさっと男の拳をかわして線路から飛びのいた。カムは取り残された男に実体化して体当たりして弾き飛ばし、間一髪男を救った。


 カムが実体化して触れられるということに驚いたが、何よりも後味の悪い結末、男に触れて廃人にして男だけが電車にひかれるということを想像していたので、何より安堵した。そんなことになっていたら俺は今頃生きた心地がしないに違いない。


 男はカムの姿を一瞬だが認めたらしく腰を抜かして奇声を上げて逃げ帰った。俺は急いで悪七を連れて、人気のない場所へと急いだ。カムの姿が他の人間にも見られたと思ったからだ。


「死ぬとこだぞ。何でミカエリを使わないんだ」


 悪七は涼しい顔で歩き出した。


「自分で自分を追い詰めてみたかったんだよ。この場所でね」


 どういう意味だろう。あの場所、つまり踏み切りに何かあるのか? 悪七は、踏切の先の植え込みを眺めているが、そこにはローズマリーが植わっているだけだ。


「リョウがもう帰って来る時間だと思ってね」


 飲み込めないでいると、悪七は口元を拭いながら口元を吊り上げた。


「俺は馬鹿な真似がしたくなるんだ。こっちからけしかけて、わざと殴らせたのさ」


 こんな手の込んだことまでして、どういうつもりだ。俺がカムを使って助けるのも分かっていたのか。


「試したんだよ。ゲームをやる前に、やめるなんて言われたら困るから」


「そんなこと言うわけがないだろ? 信用してなかったのか?」


「そうじゃないよ。ただ、リョウはやっぱり本当は手を汚すってことができないんじゃないかと思ってね」

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