第4話 廃人
朝からからっと晴れていた。一限目のテストは思いのほかはかどって、無事に終わった。次のテストの勉強より昨日の男の様子が知りたくなって、隣の教室まで覗きに行ったが、いなかった。
黙って覗いているとテストのできがどうだったかといったクラスの会話といっしょに彼の噂が聞こえた。何でもテスト中にぼーっとしていて先生に怒られたが返事もできず、意識も朦朧としていて帰宅させられたみたいだった。こんなことは一度もなかったことだと誰もが驚いていたし、例の正気を突然失う病気だと冗談半分に笑われていた。
友達にもそんな希薄に扱われてなんてつまらない男だろう。でも、全て俺がやったという密かな喜びを感じた。きっと死人の目をしていつもと同じ行動をするが、そこに感情はなく、鬱状態になっていても身体は普段どおりの行動を取るという恐ろしい魔術が作用して登校してきたはずだ。
さすがにテストまでは持ちこたえられなかったかと、俺はほくそ笑みながらまんざら退屈でもないさ、といった顔を作って立ち去った。二限目のテストはどんな顔をして下校したのかという考えでいっぱいで、ろくに見直しもせずに提出したのであまりよくないできだったかもしれない。
テストはたった二限だけだったので昼にはもう家路についた。いつも通る桜の並木道は夏に近づいて青々と茂っている。道路の真ん中でのんきな毛虫が這っていたから危うく踏みつけるところだ。カムがどろどろの口という亀裂をもぐもぐ見え隠れさして、腕にへばりついている。
こいつに体重という概念がないからいいものの、あったら毎日邪魔だろうな。俺は独り言が奇妙に聞こえないように注意しながら話しかけた。
「昨日喰ったばっかだろう」
すると初めてカムが何ごとかを話した気がした。一瞬、空耳かと思ったが、カムはもう一度黒い目を輝かせて言い放った。
「おなか」
「お腹がすいたのか。早いな」
正直こんな会話が成り立つ日が来るとは思っていなかった。カムは成長しない生き物だと思っていた。いわば幽霊といっしょだ。
今度は口の周りのぶよぶよの皮膚が垂れてきて上手く声にならなかったが、カムは明らかに成長している。そして日に日に食欲も増していた。少なからず危惧していたことだがミカエリは必ず俺に求めている。
まだ何も狩っていないのに血をやるわけにはいかない。俺はまたむしょうに苛々してきた。悪七の言うとおり今は行動しないことが大事な時期だ。甘い菓子を食べると余計に苛々するというとおり、最初は甘い狩りもあとには苛々が募ってくる。
今日は誰も狩らない。そう決めた。ただ悪七のすすめるとおりにするというだけじゃなく、俺にはその無闇というのが気に食わなかったからだ。俺はちゃんと標的を選んでいる。それが悪七にも分かってもらえたらいいのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます