第3話 ミカエリ

 カムは半年前に拾った。一方悪七のそれは物心がついたときには側にいた。背中にぴったりと貼りつき、尖った耳がちらちら見えた。悪七はまずミカエリに名前をつけるようなことはしなかった。十七年も共に暮らしているというのに。


 「こいつ」とか「これ」とか、相棒でもなくペットという仲ですらない。完全な主従関係にあった。悪七はミカエリが求めたものに対して何も払わなかった。


 それ以前に悪七もミカエリに何も望まなかった。よって、ミカエリはいつも飢えていた。恐ろしいことに悪七のミカエリは十数年の歳月の間、何も食べずにいるらしい。一方俺はどうかというと――。


 腕に痛みが走る時間だった。カムが俺の左腕に鋭い爪を立てて、まだかさぶたにもなっていない、ぐじゅぐじゅの傷口を更に深くえぐった。もう十八本目の傷になる。そこからまだ、はっきりと形が整わない、だらだら垂れる口を詰まった排水溝のような音を立てて開き、血をすすりはじめる。


 ちょっと顔をしかめてしまったので、悪七は興味深そうに尋ねた。


「リョウに俺のこれをあげたいよ」


「よせよ。カムで手一杯だ。お前こそ断食はいつ解いてやるんだよ」


 悪七のミカエリは悪七の肩に乗るのも遠慮気味で、そろそろと小さな手を震わせながらやっとのことで肩に上り詰めた。リスを思わせる姿で、もし太陽でも浴びたら吸血鬼のように焼け死んでしまうのではないだろうかと思う白い胴体。

 

 身体は痩せ細っているが、尾は太り、尾に全部栄養がいったような不恰好さ。器量のいい悪七の家来としては物足りないことを本人も自覚しているいでたちだ。いつも喘いでいて直視するのも躊躇われるほど哀れな姿だった。


 もし毛があるのだとしたら全部抜け落ちてしまったに違いない。触らせてもらったことがあるが、手触りはカムと同じく泡石鹸に手を突っ込んだようなものだった。


「できるだけこいつに頼りたくないからね」


 悪七に小馬鹿にされているような気がして心外だった。悪七が俺より頭のいい学校に通っていることを知っているし、もっと悪七と仲良くなりたかったからなお更だ。何よりミカエリのことで悪七が声をかけてくれなかったらカムをどうしたらいいか検討もつかなかった。


「でもゲームはするんだろ? 今週中には。いい加減、そいつの能力教えてくれよ」


 悪七のミカエリのことは何も知らない。断食を解くときこそそいつの能力を使うときだ。俺はまずそれが知りたくてうずうずしている。悪七の考えるゲームとやらを実行に移すまで全てはお預けなのだ。俺も引き下がれない。自分の犯罪性など今まで気にしたこともないが、さすがに悪七の考えにただならぬ気配を感じているからだ。


「つまらないことだよ。本当に。それよりリョウはむやみに狩らないでって言ったのに」


「問題ないだろ。誰も見えないし」


「ゲームの参加者をこれから狩れるんだから。楽しみはとっとかないと」


 悪七の一杯食わせるような微笑が気に食わなかった。だけど、悪七のミカエリの本領見たさにゲームをすることは決定事項だ。それに温厚な悪七が何をするのか気になる。


「そっちも明日からテストだろ? 勉強しなくていいのか?」


「ここに来るまでに暗唱しながら来たから。いくらでもどうにでもなるよ」


 俺は羨ましく思い苦笑して別れた。俺も明日からテストだけど勉強は昨日やってほったらかしたままだった。

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