第2話 悪七ライ
救急車を呼ぼうとする女性の脇をすり抜け、待ち合わせ場所の公園に向った。
「リョウ遅かったね」
「本当だ。五分も遅れたな」
軽くわびると、悪七は遅れた理由が何であるか悟って口元をほころばせた。
「また狩ったんだね」
俺達の間では人を廃人に変える行為を「狩り」と呼んでいる。名づけたのは悪七で、もっぱら悪七にとって俺の行為は無差別殺傷事件とさして変わらないそうだ。だけど、俺の狩りは復讐だということをどうやっても上手く説明ができずにいた。
「俺だって、そんなつもりはなかったんだ。むしゃくしゃしてて。でもいつもの苛々した感じと違うんだ。別に言い訳したいんじゃない。俺だって抑えが足りなかったのは自覚してる」
悪七は俺の肩でなまけもののようにぶら下がっているカムを見やって、妖艶な笑みを投げかけた。悪七だけには腹が膨らんで眠たそうなカムの姿が見えている。
「もちろん。俺も怒ってるわけじゃないよ。ただ、同じ学校の生徒が二人正気を失って精神病院行きになってるし、手を抜いても、泡は噴いちゃうし、一番ましな人でも一ヶ月は寝込んでる。そろそろ警察も動くんじゃないかな。もっぱら警察はいじめ問題で介入してくるだろうけど」
俺はそんなことちっとも気にしなかった。何故って、俺は暴力を振るったわけじゃない。精神的苦痛に対して精神攻撃で迎え撃っただけなのだ。
「いじめはねぇよ。他の奴らと合わないから誰とも口を聞いてやらなかっただけだ」
「そうは言っても、先生はリョウのこと気にしてると思うよ。だっていつも学校で一人なんでしょ?」
全く、悪七は俺と違う学校だというのに、まるで見てきたようにものを言う。俺の学校は普通の高校で、悪七の通っている学校は医療系で特進コースだ。
「そういう憐れみが一番むかつくって言ったよな」
冗談半分に睨むと、悪七は無邪気に笑って謝った。
「ま、これから気をつければいいよ。問題は、俺たち以外にミカエリの存在に気づいている人間がいないかってこと」
ミカエリも悪七がネーミングした、カムのような一般の人の目に見えない生き物のことだ。俺もカムの正体を知らない。まず生き物ですらない。食べはするのに排便はないし、息をしてるのも聞いたことがない。心臓の鼓動も皆無で、温もりもない。
カムにあるのは目と、どろどろの口と爪、尻尾、冷気。さながら悪魔の容姿だ。だいたいカムは自分で歩くということをしない。カムは這うか、伸びるかして遠くのものを取る。伸びるっていうのは文字通りで、カムの身体が水だと考えればいい。
質量の分だけカムは針のように細く長く伸びることも可能だった。ミカエリという名前の由来は文字通りカムが見返りを求めるからだ。だが、このときはまだ、何故悪七がミカエリと名づけたのかをちゃんと理解していなかったのかもしれない。
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