第二十五話:終わりの始まり

 雅騎は、天空の間で将暉まさきという言葉を聞いてから、ずっと霧華を助ける手段ばかりを考えていた。


 自身が無理やり彼女を眠らせたりする事はできるだろう。

 だがその行為に警戒し、将暉まさきがより彼女を傷つける何かを仕掛け、それこそ精神を壊されるような事はあってはならない。それは分かりきっていた。


 将暉まさきが同じ部屋にはいないことも、エレベーターを出てすぐに理解した。ただあの性格で、直接見ないなどという選択肢はない。

 であれば、壁ひとつ挟んで向こうにでもいる。それも推測していた。


 だが。その壁ひとつが、彼にとってはぶ厚い。

 精神的な術は、相手が見えていたとしても、物理的な遮断があっては掛けようがない。かと言って無理矢理別の術で破ろうとすれば、霧華を人質に取られ、それこそ命の危険に晒す可能性がある。


 目に映る将暉まさきの行動に、操るために操作をする動きはまったく見られない。

 であれば、どうやって霧華の発言を咎め、彼女を操り苦しめているのか。

 雅騎はただひたすら考えていた。


 最初に疑ったのは純粋な洗脳。

 だが、それにしてははっきりと霧華が抵抗しすぎている。

 普通は意識ごと自身の味方と思い込ませるのが洗脳。こんなにもちぐはぐな行動になるとは思えなかった。


 であれば、彼女を操る物は何なのか。

 機天の塔に入りここまで、全て敵は機械。人など誰もいない異様な建物。

 その状況が、雅騎の中でひとつの結論に至らせた。


 洗脳ではなく。操作。

 しかも、将暉まさきが手を下さずともできる方法。

 そう。人ではない何か──AI人工知能の存在。


 将暉まさきの言葉を。霧華の感情を情報として受け取り、判断し、行動できればこの条件が整うはず。

 そして。それを実現するならば、コントロールすべき何かを埋め込まれているであろうことも容易に想像できる。

 それを見ることができれば。あるいは、それに触れる事ができれば、自身の術、他者転移ウィズ・レンドでそれを瞬間移動させ、取り除く事ができる……。


 後は、覚悟だけだった。


 操る何かは見えていない。

 であれば、彼女の元まで行き、触れるだけ。

 万が一、本当にそれが洗脳で、解くのに条件があるのであれば、その憂いを断つだけ。


 彼女の元まで辿り着ければ。

 彼女に手が届けば。

 きっと助けることができるはず。


 こうして彼は、その信念を貫き。その身を傷つけられても歩き、迫り、手を伸ばし。

 もう一度、霧華を救うため。彼女の自決を止め、代わりに腹を、撃たれた。


* * * * *


『き、貴様!? 一体どうやって!?』


 将暉まさきの驚愕した顔が、一気に青ざめていく中。

 雅騎は、静かに問いかけた。


「先輩は、何故……『眠れる王子様』なんて、呼ばれたんで、しょうね?」

『何!?』


 その言葉に、意味のわからぬ彼は困惑するも。霧華がその理由に気づき、一瞬目をみはった後。


「あの時も……貴方が……」


 申し訳無さそうに、瞳を閉じ、呟く。

 その言葉に、将暉まさきは一瞬耳を疑う。


『お、お前が!? 何をふざけたことを!』


 そう。

 あの雅騎が霧華に用事があると声を掛けたときでさえ、彼は一切怪しい素振りなど見せていない。

 薬を使うでも、ガスを使うでもなく。どうやってそんな事ができようか。


 現実にありえない。ありえはしない。

 そんな気持ちを口にしようとした瞬間。


  ミシッ


 一瞬。耳を疑うような音がした。

 雅騎が、伸ばした腕をそのままに、ゆっくりと、手を握り始める。

 それに釣られるように。


  ミシミシッ


 耳障りな音が、強化ガラスの壁に、ヒビを入れていく。


『な、何だ!? 一体これは!? お前は何をしている!?』


 何が起きているのか。訳が分からず怯え、後ずさった将暉まさきが目を丸くする中。重力の檻デラウ・バエルに捕らえられた壁のヒビがどんどんと大きくなっていく。

 そして、雅騎が拳を握りきった瞬間。


  ガシャァァァァン!!


 激しく、彼らを隔てるガラスの壁が砕け散った。


「うわぁぁぁぁっ!?」


 直接恐怖に叫んだ将暉まさきの肉声が二人の耳に届く。

 霧華が横目で見ると。彼は思わず尻もちをつき、震えていた。

 そんな彼に向け。苦しげながらも、とても低い、強い怒りの籠もった雅騎の声が届く。


「俺は……許せない。霧華さんを、こんな酷い目に合わせてしまった、俺を。そして……お前を!!」

「ううう、うるさい! うるさい!!」


 そこに殺意でも感じたのだろうか。

 将暉まさきは慌てて立ち上がり視線の先にある壁に並んだディスプレイ郡の下に並ぶキーを幾つか叩くと。


「お前はそこで、死ねぇぇぇぇっ!!」


 絶叫と共に、雅騎達のいる部屋は無機質な機械の壁に戻ったかと思うと。

 四方八方の壁。天井から、機銃が現れ、その全てが雅騎と霧華に向けられ、瞬間、火を噴いた。


 それが二人を蜂の巣にする未来を、将暉まさきは希望ある現実として夢見ただろうか。

 だが。二人の周囲を突然、青白い球状の壁が覆い。弾は全て、それに阻まれ止められた。

 先程まで見せていた幻想を具現化するように存在する、複雑な文様が刻まれた魔壁の盾シルズ・ヘルサを見て。


「ふふふ、ふざけるな! ふざけるなぁぁぁ!!」


 将暉まさきは幻想を否定するように、更に強く絶叫する。

 と。新たに現れたのは彼のいる部屋より二人を狙う、天井から現れし砲台だった。

 すぐさま撃ち放たれたロケット弾が、勢いよく青白い壁に当たると。爆風と爆煙が部屋を満たし、同時に機銃から、またも銃弾が激しく撃ち込まれていく。


 まるで、終わりがないかのように銃弾の雨。

 だが、何事にも終わりはある。

 全ての砲台の、機銃の弾が尽き。沈黙と硝煙が支配する中。

 静まり返った部屋を見ながら、冷や汗を掻き、大きく息を切らした将暉まさきは、やってやったと疲れた安堵の笑みを浮かべる。


「ここここ、これで……これで、死いっ!?」


 だが。

 現実が、幻想を超えることはない。


 突如、将暉まさきを掠めた光弾が、背をついていたコンピュータを貫くと、瞬間激しく放電し、爆発する。


「ひぃぃぃぃっ!!」


 衝撃で意図せず前に数度転がり、仰向けに倒れた彼は、青い顔をしたまま小刻みに震え、上半身を起こし、恐怖の元凶を見た。

 煙が消えた先には、未だ抱き合ったままの赤き女神と、傷だらけの幻影術師イリュージョニストの姿があった。

 雅騎が伸ばした血だらけの左腕に並ぶように、霧華の右腕が伸ばされ。女神は怒りと憎しみを込めた視線と共に、彼に神々の炎ディバインブレイザーを向ける。


「貴方は、最低のことをしたわ」


  ズキューン!


 憎々しげな瞳を向けたまま、躊躇ためらうことなく引かれた引き金。

 刹那。光弾は、悪魔だった男の頬を抉った。

 突然の事に一瞬我を忘れ呆然とした将暉まさきだったが、後から襲ってくる頬の痛みと流れ出す血に茫然としながら、ゆっくり手を触れると。


「うわ、あぁぁぁぁぁっ!!」


 己の置かれし現実を思い出し、恐怖の悲鳴を上げた。


「貴方のせいで! 貴方のせいで!!」


 女神は、非情だった。

 一発。また一発。

 放った光弾が、倒れたままの彼の腕を掠め。太ももを掠めた。

 いや、僅かに抉るように撃ち込まれたそれらは、将暉まさきにより強い恐怖と、痛みを与えていく。


「や、やめ! 止めろ! 止めてくれぇぇぇぇ!!」


 思わず身を丸くし怯える、悪魔だった者に。


「私は! 大事な恩人を! 篠宮雅騎を! 手にかけたのよ!! 撃ち抜いたのよ!!」


 悔し涙と共に放たれた新たな光弾が、彼の左腕を貫いた。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」


 絶叫と共に痛みに悶える将暉まさき

 しかし、霧華の手は止まらなかった。


「貴方は私を止めなかった! だから、私も貴方を撃つのを止めない! 雅騎が味わった痛みをその身に感じて、死になさい!」


 怒りは、光となり悪魔を消し去らんと。

 肩を抉り。脇腹を抉った。まるで、雅騎を撃ってしまった箇所をなぞるように。


 未だ致命傷ではない。

 だが、痛みに叫び、女神に怯えた悪魔は、ただ懇願することしかできなかった。


「も、もう、止めて! 止めてくれ! 私が、私が悪かった! 頼む! 頼むからぁぁっ!!」


 涙を流し。身体を震わせ。血を流した将暉まさきの命乞い。

 だが。


「いいえ。貴方は死んで。それだけのことを、したのだもの」


 霧華は冷たく口にすると、腹……ではなく。悪魔の頭に向け、銃口を向ける。


 その時将暉まさきは、初めて知った。

 己が嘲笑あざわらい、遊びのように向けていた人への殺意。それを向け返された時に感じる、本当の恐怖と絶望を。


「止めて! 止めてぇぇぇぇっ!!」


 思わず両腕で自身を庇うようにより身を小さくし。しかし、視線を逸らすことはできぬまま。

 白き衣を赤く染め。彼は心から怯え、心から恐怖し、絶望した。


 痛々しい悲鳴。

 だが、女神はそれを受け入れる事などできはしなかった。

 ゆっくりと引かれる引き金。


 そして……。

 天罰と言わんばかりの怒りに満ちた光弾は、目を見開き、死を悟った悪魔に迷うことなく撃ち放たれ……彼の頭上を掠めた。

 銀髪の髪を焼き飛ばし。皮膚を焼き。思わず、目を頭上に向けた将暉まさきは、恐怖に耐えきれなかったのだろう。

 そのまま口から泡を吹き。白目を剥いたまま、背を床につけ意識を失った。


「俺は……霧華さんを……人殺しあいつと同じに、したくて、助けたわけじゃ……ない」


 彼女が銃を構えた手を、雅騎は、血塗られし手で少しだけ押し上げ、射線を逸していた。

 もし彼がそうしなければ。悪魔の頭は吹き飛び、消え去っていただろうか。


 痛みを堪えながら、それでも安心させようとする、優しい口調。

 だがその気遣いも、荒々しい呼吸が邪魔をし。彼の苦しみは自身のせいだと、霧華の心を痛めるだけ。

 彼女は悔しそうに歯を食いしばったまま、銃を持った手をぶらりと下げた。


「ごめんなさい……。本当に、ごめんなさい……」


 怒りが突き動かしていただけなのか。一気に己の身体から力が抜けた霧華は、そのまま彼にもたれかかってしまう。

 力を入れようとしても、入らない。腕や足を動かそうとしても、それも叶わない。


 彼女の異変に気づいた雅騎は、腹から流れる血を気にかける事なく、ゆっくりと彼女の向きを変えると、仰向けに横にしてやる。


 そして。

 まるで力を使い果たしたかのように。彼もまた、その場にばたりと横に倒れた。


「雅騎、お願い。死なないで……」

「死には、しない……よ。綾摩さんに、釘……刺されてるから」


 涙を零し呟く霧華に、根拠なく弱々しい笑みを返す雅騎。


『雅騎様』


 と。耳のインカムの通信が回復したのか。秀衡ひでひらの声が届く。


『残念ながら、エレベーターは制御機器が破壊された為か、直ぐには動かすことができません。ですので、先に助けを送りました』


 その声が聞こえた直後。

 突然。彼らより離れた位置にあった壁が、激しく吹き飛んだ。


「雅騎! 霧華!」


 吹き飛ばされた壁の先。

 本当の青空から部屋に飛び込んできたのは、天使の翼で羽ばたく佳穂とエルフィ。そして白虎に乗った御影と光里だった。

 四人は激闘を物語る部屋の惨状に顔面蒼白となると、慌てて二人に駆け寄った。


「速水君、死んじゃ嫌!」


 涙を流しながら、佳穂は横になっている雅騎をゆっくりと仰向けにすると、急ぎ治癒の光マグスルファの詠唱を開始する。

 雅騎と霧華の間でしゃがんだエルフィは、同じく霧華に向け詠唱を始めるが。


「雅騎を先に。早く!」

『……分かりました』


 今までに見ない必死さで叫ぶ霧華の声に、小さく頷いた彼女は、くるりと身を反転させ、治癒の光マグスルファを彼の腹に向け始めた。

 僅かに和らぐ痛み。普段なら後から襲う酔いも、流石に今の痛みでは感じようもない。


「まったく! お前はまた死ぬ気だったのか!?」

「助けるのに、ああするしか、なかった、だけだって」


 これまた半泣きの状態で説教を始める御影に、僅かに痛みが和らいだ雅騎が力なく苦笑を返す。


「霧華様。失礼いたしますね」


 光里は霧華の脇に腰を下ろすと、彼女の耳に小さなイヤホン型インカムを取り付け、そのスイッチを入れる。


シャオ、まだなの!?』

『結衣は少し落ち着かんか。コントロールするサーバがやられておるわ、建物が緊急避難モードになっておるわで簡単にいかんのじゃ』

『……結衣は、そんなに雅騎に、逢いたいの?』

『なぁぁ!? 何バカなこと言ってるの!?』

『本当に結衣さんは分かりやすいですよね』

『本当にね~。でも私も、早くお嬢様と雅騎様に逢いたいでーす!』

『あの十六夜いざよいもお坊ちゃんにも、もっときついお灸を据えてやりまへんと』

『皆、落ち着きなさい。急かしても作業は早まりませんよ』


 すぐさま耳に届いたのは、相変わらずにぎやかな、しずを除くメイド達の声。

 彼女達の無事に、思わず霧華は安堵のため息をく。


秀衡ひでひら

『はい』

わたくしは動けませんし、雅騎の輸血も必要でしょう。急ぎヘリの手配を」

『承知しました。我々も急ぎお迎えにあがります故』


 静かになされる会話は、この救出劇の終演を示すもの。

 何とか彼等は生き残り。雅騎は、霧華を助けられた。


 ……ここまでは。


「……!?」


 突然。雅騎が目を見開くと、霧華と反対の方を向き。


「がはっ!!」


 胃に溜まっていた血を、口から苦しげに吐いた。


「雅騎!?」

「速水君!!」

『雅騎!』


 突然の異変に思わず叫ぶ佳穂、エルフィ、御影の三人。

 だが彼はそれに応える事なく、驚愕した顔を見せ、その身を震わせると。


秀衡ひでひらさん!! しず、さんっ!! 急いで、みんなと、車で離れろっ!!」


 突然、苦しさを無理に抑え込むように、必死に叫んだ。


『一体何が──』

「急いで! こっちは、何とかするっ、から!」


 しずの問いかけをも遮った彼は、視線が合った御影を見ると。


「俺と、如月さんを、運び出せる、か?」


 必死の形相で三人に問いかけた。


「どうした!? 何があったというのだ!?」

『まだ貴方の傷は全く塞がっていないのです。このまま動かせば生命に──』

「な、らっ! 治すだけだっ!」


 彼は、傷だらけの左腕を痛みを噛み殺しつつ動かし、佳穂とエルフィの手を払うと、自身の傷に重ねる。

 少しだけ瞳を閉じ。ふぅっと息を吐いた雅騎は刹那、ぐっと歯を食いしばると。傷口に向け、氷の術、氷雪の息リエスド・ファイムを放った。


「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ありえぬ行動。

 痛みに耐えきれず叫んだ雅騎に、思わず皆が驚愕し動きを止める。


「雅騎様!?」


 思わず光里が恐怖に口を両手で覆い。


「馬鹿! 何をしている!?」


 御影が驚きの声を上げる中。

 叫び声が消えた後。ゆっくりと手を離した彼の腹部は、氷により無理やり塞がれていた。


「なんで!? どうして!? そんなの治癒じゃない!」


 顔を青ざめさせ、悲痛な声を上げる佳穂だったが。


「これくらいしないと、俺の意識が、たないから、なっ……」


 そう言いながら、雅騎は無理やり不自由な身体を動かし、上半身を起こそうとした。

 呼吸が荒い。顔も青ざめている。その生の危うさが、たったひとつの行動ですらも、命を奪うのではと一気に周囲を恐怖におとしめる。

 だが、彼女達を気を止める余裕など、彼にはなかった。


「急いで……俺達も、逃げるぞっ」

「雅騎、一体何が──」

「理由は、後っ!」


 霧華の言葉をも遮った彼の必死さと苦しげな顔からに、はっきり感じる異変。

 佳穂とエルフィが戸惑いながらも彼を脇から支えると、雅騎は痛みに顔を歪めながらも、何とか立ち上がる。


「光里さんは、如月さんを。御影、は……」


 そう口にすると、悔しげな顔で雅騎はその相手……意識を失い倒れている将暉まさきに目をやる。


「何故だ!? あいつを助ける義理など!」


 瞬間。御影ははっきりと驚愕し、あり得ないと言わんばかりに叫んでしまう。

 雅騎と霧華の命を奪わんとした相手を、助けるなどしたくはないと。


「いいから。急、げっ!」


 痛みからか。

 言葉すらはっきりと発しきれない。

 それでも強く発せられる、有無を言わさぬ雅騎の反応に、歯痒さを見せながらも、御影は何も言わずに将暉まさきの元に走り出す。

 そして、彼を肩に担ぎあげた、その時。


  ビビビッ ビビビッ ビビビッ


 耳障りな低い電子音が、霧華の神々の炎ディバインブレイザーから、警告のように発せられた。

 その音に、雅騎以外の四人ははっとし、思わず顔を見合わせる。


「まさか!? 磁幻獣グラジョルトか!?」

「こんな時に!?」


 御影の驚きの声に、光里に両腕に抱えられた霧華は、思わず歯がゆさを顔に浮かべる。


 そう。

 この音こそ、この一体の磁流グラフォルの上昇を示す警告。それは即ち、磁幻獣グラジョルトが現れる前触れ。


「だからっ! 早く! 急げっ!」


 そんな中届く、雅騎の必死の叫び。

 瞬間、佳穂とエルフィははっとし顔を見合わせる。


  ──速水君は、先に感じてた!?


 佳穂は、過去に彼が磁流グラフォルの濃さで酔いが回ったと聞いた事実を思い出し、その驚きを強め。


  ──だとすれば、急がなければ!


 これ以上雅騎の身体に負担がかかってはいけないと、エルフィの表情が引き締まる。


『御影。光里。急いでください。私達は先に飛びます』

「は、はい! 白虎お願い。力を貸して。姉様は私達を信じて跳んで下さい!」

「言われなくとも!」


 言うが早いか。佳穂とエルフィは互いに真剣な顔で頷きあうと、そのまま翼で舞い上がると、勢いよく滑空し、壊れた壁より外に飛び出した。

 追う光里と御影も、それぞれ助けた相手を抱えたまま、白虎と共にそのまま空に身を投げる。


 瞬間。


  ──いっくよ~!


 白虎が姿を消すと、そのまま飛び降りた二人を風が包み、一度大きく空に舞い上がらせる。そして、風が空を流れるように、そのまま一気に空を滑空していく。


 彼女達の視線の下には、秀衡ひでひらの運転するリムジンと、メイド達の乗り込んだ装甲車が塔より離れていく姿が見えた。


 コントロールを失ったドローンやロボ、砲台は、互いが互いを撃ち合い。時に彼等の車を狙うも。それを何とか掻い潜っていく。

 そして、そのまま自動兵器オートマータの追撃を振り切った彼等は、遠くから塔を見ることができる場所で車を止めると、そこに佳穂達や御影達も舞い降りた。


「お嬢様……」


 光里に抱えられた、疲弊しきった霧華を見て、秀衡ひでひらやメイド達が口惜しげな顔をすると。


「私は無事よ。そんな顔はしないで頂戴」


 彼女はそう気丈に言葉を口にする。

 だが。光里が足から彼女を立たせてやろうとした瞬間。力の入らない霧華はそのまま、膝から崩れかける。


「お嬢様!」


 慌てて彼女を支えたしずは、目を潤ませ、これまた悔しそうな顔を見せてしまう。

 と。同じ時。 


「ぐふっ!」


 佳穂とエルフィに支えられたまま立っていた雅騎が、またも血を吐いた。


「速水君!?」


 慌てて二人は彼をしゃがみこませるよう、ゆっくりと姿勢を低くする。


「大丈、夫」

『何を言っているのですか!?』

「ちょっと、気持ち悪い、だけだから」


 無理やり事実を笑い飛ばそうと笑みを浮かべるも。そこに色濃くある苦しさと吐いた血が、彼女達を安堵させることなどない。

 片膝を突き、片手で身を支えた雅騎は、そのまま必死に顔を上げる。


 と。

 塔の真上に、突如空に穴を開けるように、怪しげな空間がゆっくりと開いた。

 雅騎と光里以外の者達は、それを見たことがある。

 それこそ、磁幻獣グラジョルトが現れる前兆。


 だが。何度も見たことのあるはずのそれを見て、彼女達は驚愕してしまう。


「何だ、あの大きさは!?」


 大地に将暉まさきを放りなげた御影は、思わず大声を上げた。

 そう。今まで現れた磁幻獣グラジョルトを生んだ穴は、あの塔の広さの何分の一以下。

 ここまでの大きさものなど見たことがない。


 そして。ゆっくりと降ってきたは。

 まるで塔を貫かんとすべく、ゆっくりと塔を上から削り。砕き。大地に向け、ゆっくりと下りていく。

 同時に、ここまで離れていても感じるのは、強き風。


 そう。それはこの世界のもので例えるなら、巨大な竜巻だと認識するのに時間はかからなかった。


 皆が招かれざる客の登場に言葉を失う中。

 たった一人。雅騎だけが。


「最悪、かよ……」


 より深い絶望を、呟くのだった。

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