第二十六話:生を望む者。死を決める物
「雅騎。貴方は何を知っているの?」
雅騎は突然、立ち上がろうとした。
身体を大きく揺らし、危うく前に倒れかけるのを堪え。痛みに、顔をはっきりと歪め。
「速水君!?」
『雅騎!!』
慌てて佳穂とエルフィが身体を支えようとするが。彼はそれを思わず振り払う。
「やら……なきゃ。あれだけは……」
まるで
前のめりに倒れそうになる雅騎を佳穂とエルフィが強引に支えると。
「馬鹿! 何をしている!?」
慌てて御影も彼を遮るように目の前に立つ。
彼の顔に希望を感じない。それが彼女の胸をぎゅっと締め付ける。だが、それでも聞かねばならなかった。
「あれは何なのだ!? ただの
彼がその言葉を知らない事も関係なしに、問いただす。
強き瞳で見つめる彼女と視線を交わした雅騎は、悔しげに視線を落とす。
だが。口を真一文字にし、何も言わない。
「雅騎。話しなさい。私達は、あれが人を危機に晒す物だとするならば、倒さねばならないわ」
後ろから、霧華の冷静な声がする。
先程まで、雅騎とともに苦しんでいたはずなのに。凛とした、しっかりした声を掛けてくる。それが自身の使命であると言わんばかりに。
「御影。速水君に肩を貸して」
「ああ」
佳穂と御影が役割を入れ替わると。佳穂は、一旦塞いでいる腹はそのままに、傷ついた左腕に対し、無詠唱で
「速水君。お願い。話して」
傷を癒やしながら顔を向けるその表情に、雅騎の心が痛む。
彼女達はまた、戦おうとしている。ドラゴン戦の時と同じように。
同時に理解している。今、その立場は真逆。
傷つきすぎた己の身体。そして何より、分が悪すぎる相手を前に、歯を食いしばる。
「……
「世界を滅ぼすだと!?」
苦しげに語られた、あまりに唐突過ぎる言葉に、御影が思わずありえないと言わんばかりに叫ぶ。だが、雅騎はただ小さく、それに頷き返す。
「もし、台風が消えることなく、ただひたすらに、大きくなり、その数を増やしていったら……」
『そんな事など、ありえるはずが──』
「この世界の、台風や竜巻なら、な。だけど、
愕然とするエルフィの言葉を否定しながら、青ざめた顔のまま雅騎は顔を顰めた。
「そんなの……」
「ありえるはずが……」
佳穂が。光里が、力なくそう呟く。と、そんな時。
遠間で、未だ無事な砲台が
それは竜巻のような風の壁に阻まれるようにただ虚しく爆発を繰り返していたが。
それまでビルの残骸の上でふらふらとしていた巨大な風の渦は、その砲台に向けゆっくりと動き出す。
同時に、風の渦から小さな、人ほどの大きさの
近くにいたドローンは既に、強すぎる風に吹き飛ばされ、地面に散乱している。
砲台の側にあった、同士討ちをしていたロボット達が、別の敵の接近に反応し、銃撃を行うと、
だが。
生み出される数が増え。ロボットの弾が尽きれば、それはただの的。
それらは
そして、ゆっくりと進んでいった
まるで揺らぎもしない巨大な竜巻を改めて目の当たりにし、彼の言葉が現実味を帯びる中。
「雅騎」
静かに、彼に声を掛けたのは霧華だった。
「正直に答えて。ドラゴンすらまともに倒せなかった私達が、あれを倒せる可能性は?」
静達に支えられたまま、視線だけを向ける霧華に。同じく御影達に支えられた雅騎が、力なく視線を重ねる。
互いに目にする痛々しい姿。
少しの間、視線を交わし続けた二人だが。先にその視線を逸した雅騎は、ぐっと何かを噛み殺す。
「
言葉とは裏腹に、俯いたまま絶望的な顔をする雅騎。
「我々でも倒せるのだな! なら、やるだけだな!」
「……うん。だったら、やらなきゃ」
湿った雰囲気を変えようとしたのか。
それとも空元気だったのか。
御影がそう前向きな気持を言葉に出し、決意を秘めた顔でそう続く佳穂だったが。
その言葉の裏を。
それを、霧華も感じ取っていた。
だが、敢えてそれには触れず。
「なら教えなさい。どうすれば、あれを倒せるのか」
彼女は気丈にそう、問いただす。
だが。
「……誰かが……死ぬかも、しれない。その覚悟は、あるか?」
雅騎は視線を合わせる事なく、たった一言で彼女達の希望を打ち砕いた。
勿論、それを望んでなどいない。だが、彼がそれを口にする。それはそこまでの決意が必要という証でもある。
そして何より、霧華達は知っている。
雅騎が、どういう男なのかを。
問いかけに皆が言葉を返せず、悔しげな顔をする中。
「雅騎様。まずはその案を、お聞かせ願えますかな」
落ち着いた声でただ一人そう返したのは、彼の脇に歩み出た
「我々とて、この戦い無傷とはいかぬやもしれません。ですが、皆が生きて帰る選択も、あるやもしれませんので」
雅騎は己の命を懸ける選択肢を持っているであろう事を。
そして、同時に口惜しげな顔をしたのには、別の選択もあるであろう事を。
皆に傷ついてほしくない。
であれば自分が。
幼き日に霧華を助け。成長した今でも、御影や霧華を助ける時に命を懸けんとする決意や行動を見せた相手だからこそ、そう思っていると直感した。
──「あの。俺なんか助けなくていいから、皆さんは如月さんの力になってやってください」
あの日、メイド達に助けられた雅騎の宣言。
まるで己を突き放す言葉の裏にある、皆へ向けられし優しさを。
「私達メイドも、
言葉の重みを理解してか。
普段ならばこんな時でも茶化し、賑やかすメイド達も皆、
『……雅騎。
「そうだよ。私は速水君に助けてもらったこと、忘れてないよ。だから、今度は一緒に戦いたい!
「当たり前だ! お前が我らの未来への道を切り拓いたのだ。世界が滅ぶなど信じられぬが、諦めなどするか! お前も、私も、皆も。生きて未来に歩むのだからな!」
「そうです。
エルフィが。佳穂が。御影が。光里が。
皆から怯えと恐れが消え。決意と勇気を見せる中。
「……貴方の事だもの。そんな身体でも戦うと言い出すのでしょう? ならばせめて、共に戦わせなさい。
皆の言葉を締めたのは、霧華だった。
雅騎は、顔を向け、視線を向け。皆をひとりひとり見る。
そして、最後に霧華をじっと横目で見た。
未だまともに動けぬ彼女の痛々しい姿。それは今の自分に重なる。
だが、それでも戦うと、彼女は言ってのけた。
──皆が、生き残る、道……。
雅騎はふっと視線を落とす。
自身の身体も既にボロボロ。だが、皆の力があれば、倒せる条件は整うかも知れない。
だが。
皆の力を借りるというのは、同時に皆を危険に晒す行為なのも分かっている。
──俺は、そんな道を……選ぶのか?
ぎりっと、歯ぎしりする音と共に、歯がゆさを、はっきりと見せる。
そんな時。
彼の心に刻まれし、様々な言葉が蘇った。
──「私は嫌! 速水君ともっと話したい! 速水君ともっと一緒にいたい! 生きててほしいの! 失いたくなんてないの! 居なくなるのは嫌なの! 死んでほしくないの! だからっ! 死んでもいいなんて、言わないで……」
──『貴方が
──「私は嫌だ! 例え傷つく事があったとしても! 泣く事になろうとも! お前と離れるなどできるか! お前がいない世界など……考えられる、ものか……」
──「この儀より前。雅騎様より伺った未来に、私は希望を持ちました。その時より既に、私の心は決まっております」
時に泣き。時に決意し。
向けられた様々な想い。そして……。
──「雅騎、お願い。死なないで……」
霧華を苦しめた自分に掛けられし、悲しみに満ちたその言葉が、心にひとつの決意を生んだ。
──今、ここで死んだら、きっと、後悔する。だから……。
目を閉じ。荒い呼吸を抑えられぬ中。
それでも、一度だけゆっくり、何とか呼吸を整えると。雅騎は、覚悟を決めた表情で、告げた。
「皆。力を、貸してくれ」
* * * * *
佳穂、エルフィ、御影、光里の四人は、先に
既に
相手は今の所、敵を定めるような事はなく、ただその場をふらふらとしている。
──「今は
近寄る事でより強く感じる風を受けながら、彼女達は少し前の雅騎の台詞を思い返す。
──「時間が経てば、
──「小さい奴なら、
四人のやや後方に立つ、
各々の武器を構え、彼女達は敵対するであろうそれをじっと見つめる。
──「御影は釣り役と、もしもの時に、
──「弾くだと?」
──「ああ。足止めする
御影は、心の中にある己の力の無さを感じながらも、雅騎に与えられし役割を受け入れていた。
大体、あんな巨大なものをどう弾くのか。
そもそも弾けるものなのか。
まるで、
自身が諦めれば、雅騎の未来を示した策が無に帰すかもしれない。
それが許せなかったのだ。
青龍に力を貸すことを拒まれている今。
今の自分に何ができるのか。
未だ分からぬまま、そんな不安を掻き消さんと、
──「綾摩さんとエルフィ、光里さんは、迫ったあいつの動きを、止めてくれ」
──『あの巨大な竜巻を、ですか?』
──「ああ。無茶を言ってるのは、分かってる。だから、三人に頼る」
──「私達に、できるのでしょうか?」
──「……やらなきゃ。
佳穂も、エルフィも、光里もまた、心の迷いは強くあった。
自身の力がどこまであの厄災を受け止めきれるのか。それこそ、受け止められるのかが分からない。
しかも、受けられなかった場合。あの風の刃に切り刻まれ、死は逃れられない。
そんな恐怖が、風の冷たさ以上に、心を震えさせる。
しかし。それでも佳穂は皆を鼓舞し、皆でこの場に立った。
雅騎と見る未来のため。
彼だけが死ぬ未来を、許さぬため。
──「如月さんの銃を、俺が使う事は──」
──「無理よ。生体認証で私しか使えないようになっているわ」
──「我ら誰かの力で、同じ事をする訳にはいかんのか?」
──「分からない。だけど実弾じゃ、あの風を抜けない。俺の術は、あいつと相性が、悪過ぎる。あいつの動きを止めるには、皆の力がいる。その上で、真上からピンポイントで、撃ち抜くには、これに頼るしか──」
──「なら、私ごと飛びなさい」
──「え?」
──「貴方が私を抱えて飛ぶのよ。私が銃を持ってさえいれば、貴方が引き金を引けるわ。貴方が狙い、撃ちなさい。貴方が銃を使う気だったのであれば、飛べるのでしょう?」
──「……ああ。だけ、ど……」
──「何度も言わせないで。私に役割があるのなら、私を使いなさい。未来のために」
先に前に出た者達と別に、車の側に残った雅騎と霧華は、彼女を前に抱えるような姿勢のまま、
血が足りぬせいか。無理に塞いだ傷が痛むのか。それとも、
彼を撃ち抜いたショックか。制御チップを取った反動か。それとも、制御に抗いすぎ、神経をやられたのか。未だ身体を動かせない霧華。
二人が、本来この身体で何かできるものではない。
それでなくとも未だ寒いこの季節。上空はより寒々しい。
二人がそんな過酷な環境に耐えられるとは、到底思えなかった。
だが。
仕える
『私達は、勝てるのか?』
インカム越しに届く、御影の声。
そこにある感情を、雅騎は感じ取ったのだろう。
「お前が弱気、とか。槍でも、降るな」
息を切らしながら、彼がそんな皮肉を言うと。
「そうね。鉄の傘でも用意すれば良かったかしら?」
釣られるように、霧華が煽る。
『……お前達。後で覚えておけ。死ぬほどミントアイスを奢らせてやるからな』
声は笑っていない。
だが、御影のそんな冗談に、雅騎と霧華はふっと笑みを浮かべる。
『たまには私も、サンディワンでアイスを一緒に食べたいな』
『そうですね。皆様とはまだ、ご一緒したことありませんし』
『エルフィにはちゃんとお土産で買って帰るから、家で一緒に食べようね』
『はい。楽しみにしておきますね』
互いに、声が震えている。
だが、彼女達は。それでもふざけ、笑い合う。
「雅騎様。お嬢様。準備ができました」
そんな他愛もない、最期になるかもしれない夢のような
「ありがとう。
「はい。
「お二人とも。ご武運を」
「……ああ」
やり取りを最後に、
その背中を見つめながら。
「
静かに雅騎がそう口にすると。瞬間。二人は彼の
天空高く現れた二人が、雅騎の術、
霧華が目にしたのは、眼下に広がる遠く離れた大地と、
冷たき風が吹き荒ぶ上空に舞った雅騎と霧華は、彼がその腕を導くようにして、大地に向け銃を構える。
荒い呼吸を整えるように、彼が大きく深呼吸をすると。
「行くぞ」
覚悟を決め号令を下す。
こうして。
彼等の生死を賭けた戦いの火蓋が、切って落とされた。
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