第二十三話:機天の塔

 秀衡ひでひら、結衣、スピカ、雅騎の四人が敵を蹴散らし、ドローンやミサイルをを迎撃しながら進み、気づけば、眼前により巨大さを感じるビルが迫ってきた。

 その敷地に入るゲートは閉じていたが、そこがゆっくりと彼等を受け入れようと開くと。今度はそこに、下半身はキャタピラ、上半身は人型を模した、目に見えて機械的な自動兵器オートマータが大量に出迎える。


「雅騎様。そろそろ中にお入りください」

「雅騎! 急げ!」


 叫びと共に、御影は再びするりと後部座席に身を滑り込ませると、続くように雅騎が車内に身を滑らせた。


 迫る車を認識した自動兵器オートマータ達が、両腕の機銃を迫りくる三台の車両に向け、弾丸を一斉に放つ。


「少々手荒となりますので、皆様しっかりお掴まりを」


 そう言うが早いか。

 秀衡ひでひらはリムジンのアクセルを振み込んだ

 雅騎達が皆シートベルトを締め直し、アシストグリップをしっかり掴み、表情をこわばらせる中。


 車体に。

 フロントガラスに。

 銃弾が当たり、跳弾する。


 ガラスにヒビが入ることはない。だが、跳弾時に届く独特な嫌な音に、思わず佳穂と光里はまた叫びそうになるのを必死に堪え、目をぎゅっと閉じる。

 雅騎と御影は、そんな状況から目を逸らさず、じっとその時を待つ。


 そして、いつの間に入れ替わったのか。

 再び結衣と入れ替わったナターシャのロケット弾が、入り口にいる自動兵器オートマータ達を吹き飛ばした刹那。

 その残骸を気にすることなく秀衡ひでひらは車を敷地に飛び込ませると。

 エントランス前の自動兵器オートマータ達をドリフトしながら引き倒し、ビルの入口に車ごと張り付き車を止めた。

 続いてリムジンを覆うように二台の装甲車も勢いよく停車すると。


「やっと出番じゃな」

「ええ。思いっきりいきましょうね!」

「運転も飽き飽き。そろそろ暴れさせていただきやす」


 装甲車から両腕に身の丈を超える金属製の手甲を身につけたシャオ、ショットガンを手にした良子、そして機械的なムチを手にした莉緒りおが先行して現れた。

 アサルトライフルを持ったアイナ、サブマシンガンを持った結衣が装甲車の上からロボット達を牽制しつつ。両手にハンドガンを持ったしずと、スナイパーライフルを手にしたスピカ。そして、獲物を対戦車ライフルに持ち替えたナターシャも車内から現れる。


「雅騎様達はもう暫くだけお待ちを」


 急ぎドアを開けようとする雅騎達を制した秀衡ひでひらに、彼が「え?」っと戸惑いの顔を見せた瞬間。


 人が集まっても開かないビルの扉に対し。


「邪魔するぞ!」


 小柄さに対しアンバランス過ぎる手甲の重さを感じさせないシャオが勢いよく踏み込むと、その扉に手甲を叩きつける。


 と、瞬間。

 弾けるような爆発と共に扉が内側に吹き飛び、中で待機していたロボット達が何機か巻沿いを受けるように扉の残骸で粉砕された。


 ほぼ同時に。

 一気に駆け込むようにホールに飛び込んだのはしず、良子、莉緒りお三人。

 近間のロボットに迷わずショットガンを撃ち込んでは、流れる動きで銃弾を避ける良子。

 ムチを一閃し、ロボットに当てた瞬間。派手に鞭を放電させる。それが伝導するように次々に他のロボが感電していくのを、嬉しそうに見る莉緒りお

 そして、良子同様に素早い動きでハンドガンをロボットに撃ち込み、時に柱を盾に銃弾を避けるしず

 遠間より迫ろうとする相手に対し、スピカとナターシャが楽しそうにそれぞれの銃弾を撃ち込み。

 手前からは一気にシャオが素早く踏み込んで、手甲でロボットを吹き飛ばす。


 そんな連携を車内より見つめる雅騎達は、見事過ぎる戦いっぷりに一瞬呆然とし見入ってしまう。


「では、我々も参りましょう」


 秀衡ひでひらの落ち着いた声が彼等を我に返すと。

 雅騎達四人も急ぎ車から降りた。


「雅騎様」


 と。

 車を降りた矢先に秀衡ひでひらに声を掛けられた雅騎が彼を見ると。

 運転席の足元より取り出した神々の炎ディバインブレイザーを放り投げられた。


 慌てて抱きかかえた彼に。


「残念ながらお嬢様以外は使うことはできません。お届け物。頼みますよ」


 真剣な表情で、秀衡ひでひらがそう口にした。


 この銃を持ってくるように指定したのは将暉まさき

 それはつまり、霧華に何かをさせようとしている証拠。


  ──「杞憂とは、いかないでしょうな」


 出掛ける前に秀衡ひでひらより掛けられたその言葉を、雅騎は反芻する。


 もしもの覚悟。

 だが、霧華に何があるか分からない以上、逆らうわけにもいかない。


 彼は静かに秀衡ひでひらに頷き返す。

 その二人を見守る御影、佳穂、光里の三人も、最悪の事を想定し不安そうな顔で見つめるしかなかった


「では、参ります。アイナ、結衣。殿を」

「お任せください」

「さっさと先に行きなさい!」


 互いの銃を撃ち続けながら叫ぶ彼女達に、


「ありがとう!」


 そう叫んだ雅騎は、先行して飛び込んだ秀衡ひでひらとメイド達に続き。その後を御影達三人。も追いかけて入っていった。


* * * * *


 ビルに入ってからも。

 メイド達の。そして秀衡ひでひらの連携と反応はずば抜けていた。


 敵を見つけるや否や、攻撃の隙も与えず破壊していくのだが。

 時に銃弾で。時に近接攻撃で。

 そして。時に秀衡ひでひらの刃に熱を帯びた投げナイフで。


 道中を意図もたやすく切り開いていく彼等の姿に、雅騎達は感心しながら、必死についていく。

 そんな中で、追うのに苦労しているのは佳穂と光里。

 普段であればこんな戦いであっても天使の翼や白虎の力で共に飛び、駆け抜けるは容易なのだが。雅騎の提案で己の足で走らねばならない彼女達は、走って食らいつくのも一苦労だった。


「嬢ちゃん達、お気張りやす」

「はぁ。はぁ。は、はい!」

「うん! がんば、あっ!」


 気遣い、莉緒りおの声に光里と佳穂が廊下を走りながら必死に返事をしようとした刹那。佳穂の足がもつれると、勢いよく前のめりに倒れ込んでしまう。


「佳穂様!?」


 悲鳴のような声に先行した雅騎達が走りながら振り返ると。

 倒れた佳穂に気づき光里が駆け戻る姿が映る。とほぼ同時に、廊下の天井より突如現れた幾つかの機銃が、二人に狙いを定めていた。


「光里!」


 瞬間。叫んだ佳穂の顔は青ざめ。声に気づき振り返った本人もまた、思わず絶望に怯えた。

 雅騎と御影はしまったという顔で、二人同時に姿勢を低くし、彼女に駆け戻ろうと滑りながらもブレーキを掛ける。

 だが。それでは間に合わない。


 佳穂が。雅騎が。瞬間己の本当の力を見せそうになった、その時。


「雅騎はんは、ほんまにお優しいどすが」


 二人を制するように、機銃と佳穂達の合間に身を置いたのは莉緒りお

 その顔は余裕綽々よゆうしゃくしゃくと言わんばかり。そして、連続して放たれた銃弾の雨に。


「あんはんはもう少しうちらを信じて、しゃんとしときなはれ」


 莉緒は細かな金属を繋ぎ合わせた鞭を、まるでバリアを張るように勢いよく回転させ、それを弾き返してみせた。

 直後。


貴方あなたが取り乱せば、お相手に付け込まれますよ」


 アイナがそう言うが早いか。殿で走り込んできた彼女のアサルトライフルが火を拭き、機銃をことごとく破壊した。


「あんた達も立ち止まってないで、早く前向きなさい!」


 佳穂と光里の無事に安堵した雅騎と御影にアイナと並んだ結衣ゆいの叱咤が飛び。


「速水君! 先に行って!!」


 光里に起こされた佳穂もまた、必死にそう叫ぶ。

 自身の判断が彼女達をより危険に晒している。そんな現実に奥歯を噛みつつ。それでも雅騎は頷くと、御影と共に改めて廊下の先に走り出した。


 先行した者達が先の廊下を道なりに曲がる。すると、その視界の少し先に、広いスペースとエレベーターが見えた。

 ここまでの道すがら、目に見えるような分岐はなかった。

 とすれば、これは将暉まさきの誘導に間違いはない。つまり、先へ往く道であり、罠かもしれぬ場所。


 だが。

 今は、迷ってなどいられなかった。


 廊下を駆け抜け、先行していた者達がエレベーターホールに入る。

 すると。


『噂には聞いていたが。流石だな、如月家の執事とメイド達は』


 スピーカーからホールに響くような男の声がした。

 将暉まさきだ。


『よくぞこの安らぎの間までたどり着いたな。だが、天上に登る者は一人のみ。他の者が入るような事があれば……』


 声が途絶えた刹那。

 エレベーターホール側面の壁に、とある映像が映された。


 床すらなく一帯は雲と空。そして遠くに太陽の見える晴れ空。

 そこにぽつんと、機械的な椅子に拘束された、赤い髪と、赤いドレスを纏った少女。


「霧華!」

「お嬢様……」


 御影が思わず叫び。秀衡ひでひらが口惜しげに顔を顰める。

 他のメイド達も。追いついた佳穂と光里もまた、ホールに入りそれに気づくと、驚きで声を失った。


 霧華も、少しの間力なく項垂うなだれていた。

 だが、何かを見せられたのだろう。はっとし、驚いた顔をすると。


『何で、来たの……。雅騎……』


 唇を噛み、後悔ばかりを強く見せた顔をした。

 その表情が、皆の言葉を奪っていたが。次の瞬間。


『きゃぁぁぁっ!!』


 突然。霧華は痛みに耐えられず、身体を強張らせ、悲鳴を上げた。

 見た目に電撃や外傷などは見えない。しかし、それは本気の叫びにしか感じない。


「「霧華!」」


 思わず御影ち佳穂が悲痛な顔で叫び。光里は思わず目を逸らす。痛みから解放されたのか。霧華の身体から力が抜け、ぐったりとする。

 その姿を見て、そこにいる全員が、各々悔しげに歯ぎしりし。辛そうな顔をし。怒りの形相を見せる。


 そんな中、しず秀衡ひでひらだけは気づく。

 雅騎だけは、ただ一人。表情を変えず。目を逸らさず。じっと、それを胸に刻みこむかのように、その姿から目を逸らさずにいたことを。


『さて。誰が来るべきか。それは、分かるな』


 声が、導くかのように。

 ホールのエレベーターのドアが、音もなく開く。

 中もまた、フロア同様に機械的な壁で覆われている。

 入ろうと思えば、ここに揃う者達が入れるだけのスペースはある。が、促されたのは一人だけ。


みんな


 雅騎の声に、佳穂、御影、光里の。秀衡ひでひらの。しずとメイド達の視線が一点に集る。


「悪いけど、後は任せて」


 何故だろう。

 彼はこの場の者達に向け、笑った。

 あんな光景を見せられた後なのに。


『ま、さき……。来ては、だめ……』


 映像の先の霧華が、苦しげに呟く。

 それが、皆の心に刺さり。またも周囲の者の表情を暗くする。


「大丈夫。ちゃんと助けるから。ただ……」


 誰に述べたのだろう。

 映像にも。皆にも視線を向けず。

 銃を手にしていない手を胸の前で軽く拳を握り。少しだけ祈るかのように目を閉じると。


、頼むね」


 ゆっくりと決意の瞳を開くと。静かに、誰に言うとでもなくそう口にした。


「雅騎。無茶だけはするな」

「雅騎様。姉上の言う通りです」

「速水君。絶対、死んじゃダメだからね」


 もしもの時、彼がどれだけの行動をするか。

 それを知る佳穂、御影、光里の三人に悲痛さが浮かぶ。


「私達は、お嬢様を貴方に託すことしかできません。申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします」


 メイド隊を代表するように、冷静さを装い、しずもまたゆっくり会釈をする。

 周囲のメイド達も言葉を発しない。だが、隊を成すだけあるのだろう。彼女達もまた、しずに習い。ある者は懇願するような。ある者は心配するような顔のまま、それに続く。


「雅騎様。この言葉をかけねばならない事、本当は心苦しくもありますが……。くれぐれも、お嬢様達を悲しませぬ事のなきよう、お願いいたします」


 そして。傍らに立つ秀衡ひでひらもまた、静かに会釈する。


 表情は変えない。

 だが。彼もまた、雅騎が命を懸けるかもしれない事を知る男。

 だからこそ。そう言っても無駄かもしれぬと思いながらも、じっと耐えた。


 皆に返すように彼も小さく頷くと。ゆっくりと、足音を響かせながら、エレベーターの中に歩み出す。皆がその姿を視線だけで追う中。彼はエレベーター内の中央に、入り口を背にして立つ。


『ではご案内しよう。逢瀬おうせを重ねた婚約者フィアンセ達の再会をな』


 そんな将暉まさきの声を合図に。エレベーターのドアはゆっくりと閉まった。


 エレベーターが上昇を開始するとすぐ。

 内部の状況が一転した。

 周囲の壁に。天井に。足元に。

 全面に映し出されたのは、まるでそこにビルなどない。それこそ浮遊感を感じるような周囲の景色。

 足元は一気に遠ざかり。見える景色がどんどんと高くなっていく。


『雅騎。お前は私の計画を尽く邪魔してくれたな』


 と。邪神の声とでもいうのだろうか。

 何処からともなく、憎々しげな将暉まさきの声がした。


『私にとって、極秘裏に許可をもらい、異能と戦うために兵器を持つ如月家はとても魅力的だった。だが、普通はその権力を手に入れることは不可能。だからこそ、如月家からの婚約話は渡りに船だった。そこから娘の婚約者となり近づき、後々結婚すれば、意図せず権力を手に入れられたのだからな』


 突如雲にでも入ったのか。

 雅騎の周囲は一気に白味がかった幻想的な世界に入る。


『話が来てから、無理やり如月家の関係者を何人か捉え、弱味を握ろうと尋問したんだが。その時にそいつが、幼き頃に霧華を助けたマサキという男の存在を教えてくれたよ。だからこそ、なりすましてより情に訴えてやろうと思ったが。よもやお前のような、女ひとり守れぬ身分不相応な男と恋仲だったとは、予想外だったよ』


 白味がかった世界を抜けると。そこは先程霧華がいたような、雲の上の世界が広がる。

 上昇していた速度が、少しずつ減速していく。


『身分違いの恋など叶わぬ。ロミオとジュリエットのようにな。お前にはそれを知ってもらおうではないか』


 観客に雄大に語りかける語り部のように、将暉まさきの言葉が響き渡ると。

 エレベーターが停止し、雅騎の背後のドアが静かに開く音がした。


 ゆっくりと振り返った雅騎は、ゆっくりとエレベーター……すら感じない、一面の空の中、一歩一歩歩き出す。

 その視線の随分と先。

 空に浮かぶ赤きドレスの女神は、先程と同じく、椅子に拘束されたまま。


『止まれ』


 静かな言葉に、彼は歩みを止める。


 声がしたのは二人から少し離れた側面。

 同じく天空に舞うように立つ、純白のタキシードを纏った将暉まさきが、とても楽しげな顔で、両手を広げると。


『ようこそ。天空の間へ』


 そう、高らかに宣言した。

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