第二十二話:銃弾の嵐
翌朝。
とある山へと続く、真新しく舗装された道を、三台の車が走っていた。
……いや。確かに車ではあるが。
一台はリムジン。だが、他の車は、まるで大型の装甲車。
それらは人気のない舗装された山道を、まるで軍事演習にでも向かうかのように。疾走していた。
* * * * *
『機天の塔にて貴様を待つ』
一晩を社交場に隣接した如月家の別荘にて過ごしていた雅騎の携帯に、朝方そんなMINEが届く。
相手は霧華。だがそのメッセージから、誰が送ってきたかは一目瞭然。
合わせて届いた地図に示された場所。
それは
連絡を受け、一度自宅に戻っていた佳穂を含め、皆が合流した後。
「ここは俺だけで行ってくる」
そう皆に告げた雅騎は……間髪入れず、大ブーイングを受けた。
「馬鹿かお前は! 勝手に置いていこうとするな!」
「足手まといかもしれませんが、私達も是非お連れください!」
「そうだよ! 私達だって霧華を助けたいの。だから絶対一緒に行くから!」
『まさか、佳穂の決意を無駄にさせるつもりではありませんよね?』
怒り。懇願。
御影、光里、佳穂、エルフィ。四人それぞれのはっきりとした圧に思わず戸惑う雅騎だったが、それだけではない。
「お嬢様の危機に、この
「昨晩お話したはずです。我々メイド隊、お嬢様をお助けするため、お供させていただきます」
「あったりまえよ! お嬢様を拐う男なんて、絶っ対に許してなんておけないんだから!」
「
「……あの男の頭に、風穴、開ける」
「それはあきまへん。折角どす。たんと痛めつけまへんと」
「スピカ。
「でも、それ位の事はしてますから。皆がこうなるのも仕方ないですよ。
「勿論、手加減など無用。ですよね?
それこそ、自分達が我先に天誅を食らわすと言わんばかり。
そんな
* * * * *
「我々は力を使うなだと!?」
リムジンの助手席に乗っていた雅騎の言葉に、後部座席に背を合わせるように乗り合わせていた御影が、思わず振り返り声を荒げる。
彼はバックミラーで視線を交わすと。
「ああ。昨晩のお前の話じゃないけどさ。先輩みたいなタイプほど、異能の力に興味を持ってくる。もしもの時にそれが理由で皆に危害が加わると厄介なんだよ」
はっきりと理由を語り、その言葉を肯定する。
「それってエルフィも姿を見せちゃいけないし、私も力を使っちゃいけないって事だよね?」
「勿論」
後部座席の一番後ろに並んで座る佳穂とエルフィの表情が、納得行かないものに変わる。
「でもそれでは、私も佳穂様もエルフィ様も、霧華様のお力になれません!」
彼女達の意見を代弁するように、はっきりとした不満を見せる光里。
だが。
『そこは
別の車両に乗っている
『そうそう! 私達なら昨日の夜の事も知られてるから、存分に暴れられるもんね!』
割り込むようにナターシャが嬉しそうな声を上げるも。
それはより戦力外と言われた三人の顔に影を落とさせる。
「光里さん。綾摩さん。エルフィ。気持ちは分かる。ただ、万が一の時まで、何とか我慢してくれないか?」
『万が一、ですか?』
エルフィが疑問の声を上げると。
「ああ。正直この戦い、一筋縄で行くとは思ってない。それこそ誰かが傷つく事態になれば、綾摩さん達に治してもらわないといけないし、光里さんと三人で仲間を守ってもらわないといけないことも十分あり得る。全員が戦ってもし皆が傷ついてしまえば、それこそ誰かを失いかねないかも知れない。そのためにも力を隠し、温存してほしいんだ」
バックミラー越しにちらりと見える雅騎の表情を見て、佳穂はその言葉の意味をはっきりと理解する。
確かに、この戦いにはメイド達が手にするような、兵器での戦いは十二分に考えられる。
その中で、何が起きるかは誰も分からない。
だからこその判断もあるのだろう。
だが。
同時に浮かぶ彼の申し訳無さそうな表情自体が、力になりたくてもなれない。その悔しさを物語っていた。
佳穂はその顔を知っている。
以前。皆の前より去った御影を追うために真実に触れた日。
雅騎が見せていたものと、同じ。
そう。力を隠さねばならないのは、別に彼女達だけではないのだ。
『目標地点まであと十キロ。そろそろ見えます』
と。
車の中の嫌な空気を遮るように、アイナの落ち着いた声がスピーカー越しに届く。
「皆様。先程お渡ししたインカムの装着をお忘れなく」
続くように
そして佳穂、御影、光里は耳に装備する小型のインカムを片耳に装着し、エルフィは静かに姿を消す。
雅騎も同じくそれを耳にした直後。
山道が真っ直ぐな下りに変化すると同時に、木々の隙間より遠くにある建物が見えてきた。
山を下った先に広がる広い平原。
その先に、高さ三十階ほどはあるだろうか。遠間にもはっきり分かるビルが目に留まった。
ただ、その外観は一般的なビルとははっきりと異なる。
そこにあったのはどこか機械的な外装をはっきりと見せる、近未来感が強いデザインのビルだった。
現代においてこのようなビルを見ることなど、映画やゲームの世界くらいなもの。
それほどの異質さがそこには感じられる。
『えろうわやくちゃな建物どすなぁ』
『本当ですね。流石に色々と仕掛けられていそう……』
『……ビルの周囲。ドローン、展開』
スピカが淡々と状況を口にする。
まだ距離があり肉眼では見えにくいが、遠間には確かに何か黒い点が飛来しているように見える。
下り坂を終え、三台の車は対向車もなく、障害物すらない平原の道を、ただ真っ直ぐビルに向け走っていく。
「
『承知しました。我々が先行します』
入れ替わる中で、それぞれの装甲車の上部から上半身を出し、スナイパーライフルを構えたスピカと、ロケットランチャーを構えるナターシャの姿が御影達にも目に留まる。
すれ違いざま手をふるナターシャは笑顔。
だが、その装備がリムジンの中の彼女達に緊張感を与えた。
と。
ザザザッ
っと強いノイズが入った後。
『やっと到着かね。速水雅騎』
インカム越しに聴こえてきたのは
『通信に割り込んだっていうの!?』
『我が力を使えばこんな事造作もないさ。さて……』
僅かに間を開けた後。
『囚われの姫は私と共に塔の最上階にいる。そのための直通エレベーターも用意しているが、出迎えがないとつまらないだろう? 盛大に迎えてやるから、せいぜい死なずにたどり着け。そうそう。ちゃんと姫への献上の品も忘れずにな』
一人でそう語りきった後。
また耳に強いノイズが入ると、会話はそこで止まる。
『通信を切ったようじゃな』
『前方四箇所。砲台、展開』
風切る音が交じるスピカの静かな声が届く。
「砲台だと!?」
御影は叫びとともに、改めて振り返りフロントガラス越しに前を見ると。
確かに遠間ではあるが、幾つかの地面が開き、よりせり上がるように何か大型の砲塔が現れているのが見えた。
同じく振り返った光里も。視線にそれを捉えた佳穂も、その驚異を感じ、顔を青ざめる。
「
『承知しました』
『ほな、きばりまっしゃろか』
運転を担当している三人がそう言葉を交わすと、それぞれ車のアクセルを更に踏み込んだ。
「多少運転が荒くなります。皆様しっかりお掴まりください。あと、歯を食いしばり、舌など噛まぬように」
そう忠告した矢先。
展開された砲台より、大きな噴煙と共にミサイルが放たれ、ドローン達も一気に三台に向け迫ってくるのが見えた。
ミサイルを避けるように三台は散り散りになると、地面にミサイルが着弾し、激しい爆発が起こる。
「きゃぁぁぁぁっ!!」
その光と音。そして緊急回避した車の動きに、佳穂と光里が思わず悲鳴を上げる。
それもそうだ。
現実にミサイルが近くで爆発する経験などないからこそ、車越しに感じる初めての衝撃に、恐怖が先行する。
「やはり車に衝撃を与えるのは、お嬢様方には酷ですかな」
そこから取り出したのは……リボルバー式のマグナム。
新たに迫るミサイルに対し、彼はマグナムを持った腕を出すと、そのまま一発、二発と弾丸を撃ち放つ。
それは寸分違わず迫りくるミサイルを撃ち抜き、空中で爆散させた。
装甲車の一台より顔を出したスピカもまた、空中で迫るミサイルを見事に狙撃で撃ち落とし。
もう一台のナターシャは……。
『ロックオーン!!』
そう叫ぶや否や。ロケットランチャーを砲台のひとつに向け撃ち放った。
煙を残しつつ飛翔したロケット弾は、大きく上空に舞った後、一気に空で方向転換すると、砲台に向け勢いよく加速する。
砲台脇に備えられたタレットがロケット弾を撃ち落とそうとするも。
まるで軟弱な弾だと言わんばかりに弾を弾き続けたロケット弾は、そのまま砲台に激突すると、大爆発を起こした。
三者三様に活躍するも。この先ドローンの軍団が空にひしめき合っている。
未だ、戦況は予断を許さない状況の中。
「
助手席の雅騎が彼に声を掛ける。
「如何なされましたか?」
淡々とした口調で返す
「俺にも、銃を貸してくれませんか?」
僅かに
「何を言っているのだ!?」
『そうよ! あなた素人でしょ!!』
御影と結衣が同調するように、思わず声を荒げる。
だが、そんな二人に耳を貸すことなく、
「銃を撃った経験は?」
車の運転とミサイルの迎撃をさらりとこなしながら、静かにそう尋ねた。
「ゲーセンとかゲームの中だけです」
「実銃のマガジンの変え方は?」
「知りません」
「本物の銃には強い反動が付き纏いますが」
「何とかします」
淡々と交わされる質疑応答。
口にされた答えに、彼が銃を持つ許可をされるような要素など一切ない。
『雅騎はん。それは流石にあきまへんわ』
いや、他のメイド達も皆、同じ気持ちだったであろう。
皆の批判が彼に向けられる中。
すると、雅騎の目の前のグローブボックスが自動で開いた。
そこに並んでいたのは、同じ型のハンドガンがずらり、六丁。
「セミオートの自動拳銃ですので、引き金は毎回お引きいただく必要がございます。弾薬は十六発。マガジン交換は忘れ、弾切れ時には新たな銃をお取りください。ハンドガンではありますが、私向けに威力と射程を飛躍的に向上させております故、反動にはくれぐれもご注意を」
『
迷わず使用を許可するような説明を聞き、
「相手は人ではないただの
『ですが、雅騎様は素人の一般人なのですよ!?』
あり得ない。その
だが。それを耳にして
「私は雅騎様を幼き頃より、一人の男として見ております故」
そんな言葉で彼女の意見を一蹴した。
御影、佳穂、光里の三人は彼の理由に思わず顔を見合わせる。
それは小さい頃の雅騎を知っていると言わんばかり。それは同時に、霧華とも幼い頃に会っている。そんな言葉にも捉えられる。
突然の告白は三人に動揺を生むも。この戦いの最中に心の整理などできようもない。
「ありがとう。
そう言うと、雅騎は並んだハンドガンのひとつを手に取る。
初めて手にする銃の重み。
それは普段のゲームとは違う緊張感をもたらす。
──……やれる。いや、やってみせる。
自身に念じるように一度目を閉じ、大きく深呼吸した雅騎は。
「窓を開けてください」
そう
「そろそろドローンが参ります。そちらを重点的に」
「はい」
言葉を交わし終えたと同時に、助手席の窓が開く。
三台の進行方向には、空を舞うドローン郡。それだけでなく、未だビルの手前まで、ミサイル砲台は多数存在している。
『ナターシャ。結衣と変わりなさい。スピカ。結衣。
『え~っ!? もっと撃ちたいのに~』
突然の指示に愚痴をこぼすナターシャだったが。
『こら! 早くしなさい!』
『ちぇっ』
怒鳴られた彼女はしぶしぶ車内に戻り、代わりに結衣が顔を出した。
『雅騎! あんたは素人なんだから、外しても気にせず撃ちなさい!』
『……カバーする』
「ああ」
そんな会話をするや否や。
「雅騎!?」
「雅騎様!?」
「速水君!?」
思わず御影達三人は驚きの声をあげた。
突然雅騎はシートベルトを外すと、窓より上半身を出したのだ。
『あんた、何してるの!?』
結衣の叫び声がインカム越しに聞こえるも。
雅騎は意に介すことなく、強くなびく髪すら気にせず、両手で銃を構える。
スコープもない、ただのハンドガン。
狙うべき照準はアイアンサイト。
走る不安定なリムジンで半身を出していれば、向かい風の風圧も相成り、一発当てるのも容易ではない。
激しく髪をはためかせ。強い風を受けながら。雅騎はそれでも、近づきしドローンの一機に銃口を向けると、その引き金を引いた。
ドスンッ!
ハンドガンらしからぬ反動を両腕で受け止めつつ、弾丸の行方を見た雅騎は刹那。
ドスンッ!
もう一度、迷わず引き金を引いた。
その先にあったドローンは一発目の銃弾を横に避ける。
が、直後に放たれし二発目が見事に羽のひとつ直撃すると、バランスを崩し、勢いよく地面に激突した。
すぐさま次の目標に二発。
新たな目標に二発。
彼の放つ銃弾は、必ず一発目が外れ、二発目が直撃し。あるドローンは空中で爆散し、あるドローンは地面に転がり落ちる。
その光景に、思わずメイド達は皆言葉を失い。
『……誘っての偏差射撃。見事』
少しの間惚けるように彼の腕を見ていたスピカは、直後。ほとんど見せぬ笑みを浮かべ。
『あんた、本当に素人なの!?』
彼女の声に我に返った結衣も、マシンガンでドローンを撃ち落としつつ、思わず驚きの声をあげる。
彼の銃撃は、理に適っていた。
ドローンは確かに空中を自由に飛び回れる。
だが、突然の切り返しをするのは決して簡単ではない。
空中で素早くその身を振った反動を抑え切り返すには、僅かな時間とはいえ、どうしてもその場に留まる時間が生まれる。
雅騎はわざと一発目で姿勢を振らせ、直後に移動先を見据えた偏差射撃で、ドローンを捉えていた。わざと切り返したくなる辺りを狙って。
皆の言葉の通り、彼は素人だ。
だがそれは現実世界での話。
この技術の元。それは完全にゲームだった。
最近のガンシューティングやファーストパーソン・シューティングと呼ばれるジャンルは、とかく敵の動きも早く、偏差射撃が当たり前となっている。
彼はこの技術を現実にあっさりと応用して見せたのだ。
とはいえ。ゲーム好きが功を奏すれば、ここまでの事も最も容易くやってのけられるかといえば。現実は決して甘くない。
雅騎はその洗礼を十分に味わっていた。
風を堪え。歯を食いしばり。
強い反動を抑える腕への衝撃で走る痛みと痺れ。
これこそが、現実。
それでも、まるで取り返すべき霧華の代わりに、その道を指し示さんと。彼はひたすらに堪え、ひたすらにドローンを撃ち落としていく。
だが、腕を見せるにしても。
肝心なものがなければ、意味はない。
「!?」
雅騎が次のドローンを撃とうと引き金を引いた……はずだった。しかし、次の弾が放たれることはない。
弾切れ。
彼はやはり素人。撃つのに集中しすぎ、見えぬ弾数の管理ができていなかった。
ドローンの銃口が、まるで立場を変えるように彼を捉える。
「しまった!!」
思わず叫ぶも、身を車に潜り込ませるには間に合わない。
両手で意味もなく銃弾を避けようとした雅騎に対し、容赦なく銃口が火を吹いたとほぼ同時に。
『やらせません!』
ギギギギン!
『褒めたからって図に乗らない!』
叫びと共に、結衣のマシンガンがそのドローンに幾つもの風穴を開けた。
「馬鹿者! お前が死に急いでどうする!」
と。車内から叱咤する声がしたかと思うと。
何時の間にか助手席に身を投じた御影が、銃を一丁手に取り、窓越しに手渡そうとしていた。
その顔色は声に反して青ざめ、怯えを見せている。
──御影……。
自分の行動で心配をかけたことを知りつつも。
「悪い。助かる」
自身のハンドガンを彼女に手渡し、入れ替えるように新たなハンドガンを受け取った雅騎は、再びその表情を引き締めると、ドローンを狙い撃ち落とし始めた。
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