第二十一話:俺のせい

 社交場より少し離れた小さな別室。

 御影達の目も及ばないその部屋は、圭吾の控室だった。


  コンコン


「どうぞ」


 窓より闇夜を眺めていた圭吾は、ノックの音に反応し扉に目をやる。

 ゆっくりと開いた扉には、雅騎と秀衡ひでひらが立っていた。


「わざわざ済まんな。奥へ」

「失礼します」


 軽く会釈をした雅騎は、ゆっくりと部屋に歩を進めると、圭吾の前に立った。

 秀衡ひでひらも扉を閉めると後ろより共に歩むと、二人の脇に立つ。


だね、雅騎君」


 そう言って笑みを浮かべる圭吾だったが。

 雅騎の表情は崩れない。


 そこにあるのは、目に見えた不満と怒り。


「久しぶりも何もありません。仕組んだのは、お二人ですよね?」

「仕組むとは、随分物騒な言い方じゃないか」

「当たり前です。如月さんが望んでもいない婚約者話で彼女を振り回して。何を考えてるんですか!」


 悪びれない圭吾の態度に、雅騎の語尾が強くなる。

 だが、彼は表情を変えはしない。


「仕方ないだろう。霧華はずっとお前に逢い、お前に礼を言い、恩を返したいと願っていたのだ。それなのにお前の父親はその事を伏せろと言う。折角同じ学校で、互いに出会っているのにも関わらず。であれば口にせずとも、故意にでも二人を出会わせねば、娘の願いも叶うまい?」

「馬鹿にしてます!」


 あまりの横暴さに、雅騎は思わず叫んだ。


「あなたのせいでどれだけ如月さんが苦しみ、悩んだか分かってるんですか!?」

「確かに十六夜いざよい家の御曹司の話は申し訳なかったと思っている。だが、仕方なかったのだ」

「娘のためと思い込んで、娘を傷つける選択をするなんて。最低ですよ!」


 強い怒り。

 そこにある、娘の為を思って口にする言葉の数々に、圭吾はひとつため息をくと、真剣な表情をした。


「だが、そうしなければ。娘は恩人と出会え──」

「出会う必要なんてなかった! 過去に縛られる必要もなかったんだ!」


 相手を責めながら。雅騎は苦々しい、悔しそうな顔を浮かべる。


「何故だ?」

「それでも、生きていけるからです」

「それはそうだ。だが、それでは願いは叶わん」

「圭吾さん。あなたは如月さんから、その願いを託されたんですか?」


 圭吾はふっと、雅騎に哀れみある視線を向けられた。


「そうだ」


 そう、嘘をつくこともできたかもしれない。

 だが、何故か圭吾はそれをできなかった。


 雅騎は心を見透かされている。そう強く感じてしまうほど、純粋で真剣な瞳を向けてくる。

 まるで彼の父、勇輝のように。


  ──これが、血か。


 ふっと、圭吾は表情を和らげる。


 速水勇輝。

 以前、篠宮の姓を名乗っていた彼は、小さい頃より圭吾と共にあった親友である。

 そんな雅騎の父もまた、昔から実直で、優しき男だった。


 己の心に常に素直にあり、純粋だったからこそ。

 時に人同士、種族同士の対立に心痛めながら。それでも、何があっても諦めようとせず。自身と共にこの世界を離れ。自身と共にとある世界を救った男、勇輝。


 彼はまるで、あの時勇者だった男が目の前に立っているように感じて仕方がなかった。

 だからこそ。


「……いや。勝手な親心だ」


 観念したように、圭吾はため息をく。


「だが。私は霧華がお前と別れてからの事を知っている。本当はお前に逢いたいと、別れて暫くずっと泣いていた事も。お前のように人を助けられる人間になりたいと、危険を承知で人々を助けるMPPCエムピーピーシーの一員になったのも。だからこそ願いを叶えてやりたかったのだ。こんな強引な手を使っても。お前の父との約束を何とか守りながら」


 吐露とろされた思いを、雅騎はじっと聞いていた。

 表情に浮かぶ申し訳無さにも、そこにありし言葉にも、嘘はない。


 彼は、奥歯を噛んだ。


「……如月さんは、過去の事で苦しんでましたよ」

「あの御曹司を、恩人ではないかと思ったのか」

「ええ。先輩が何処からか俺が助けた時の事を知ったのかは知りませんが。自身が恩人だと偽られ、悩んでいました」

「……それは、済まなかったと思う」


 まるで感化されるように、圭吾も表情を口惜しげにし。見守る秀衡ひでひらまでもが申し訳無さそうにする。

 そんな二人を見て、雅騎は気落ちしたように目を伏せる。


「俺が如月さんを助けたのは、こうやって苦しんでほしいからじゃないんです。再会が叶わなくたって、彼女はきっと、彼女らしく苦しまず生きられたはずなんです。そこに今の俺なんて、いらなかったんだ」


 歯がゆさを顔に浮かべ。

 何処か自身を自虐するように語る彼だったが。


「そんな事はない」


 圭吾はそれを否定した。

 雅騎が視線を上げると。凛とした顔で、真っ直ぐな視線が刺さる。


「お前は父同様、あの時からずっと真っ直ぐで、純粋で、優しい男だ。それこそ心変わりでもして、お前が信頼たらぬ男となっていたら、私だってこんな事はしない。そしてお前がそんな男だからこそ、今日霧華ははっきりと幸せを語り、お前に笑みを向けたのだ。偽りの婚約者フィアンセであろうと、本音は偽らずにな」


 そう言うと、圭吾は彼の肩に片手を置く。


「雅騎。霧華にとって、お前がいなくていいはずなどない。お前がそうやって娘に気を遣い、心痛めてくれることがその証拠。それだけは、忘れるな」


 娘を思う父の重き信頼に、雅騎は奥歯を噛み、色々な想いを押し殺すも。

 同時に返す言葉も殺してしまい。そこにただ、沈黙だけを生み出してしまう。


 と、その時。


  ガッシャーン!


 突然、遠くでガラスが割れたような音が響く。

 同時に聞こえたのは人々の悲鳴。

 三人ははっとして互いに顔を見合わると、勢いよく扉を開き、音のする場所へ向け廊下を駆け出していた。


* * * * *


「どういうことだ!? 何があったのだ!」

「分かりません。ただ、お嬢様が危険です!」


 同じ時。

 モニターで霧華を見ていた御影達は、飛び出したしずに続くように飛び出し、階段を駆け上がっていた。


 四人が雅騎について談笑していた矢先。

 しずがふと目にしたモニター上で、霧華は突然何かに苦しみだすと、必死にバルコニーの手すりにしがみついていた。

 と、同時に。

 激しい閃光と共に、モニターに映ったのは煙幕と、窓を割る激しい銃弾の嵐だった。


 彼女達が目指したのは社交場。

 視界に入ってきたその入口では、逃げようとする客人が廊下にひしめき合い。必死にメイド達が奥へ避難するように誘導している最中。


「御影!?」


 と。先行する御影としずは、階段を上がった先で雅騎達と鉢合わせた。


「どうしてここに!?」

「今は後だ!」


 戸惑う雅騎を一喝するように叫んだ御影に、はっとした雅騎は、しず秀衡ひでひらと共に四人で人混みのないドアより社交場の中を見た。


 そこで見えた光景。

 それは、室内に飾られていた甲冑の騎士は倒れ伏し。バルコニー側の窓が激しく打ち破られ。床にガラスの破片と銃撃の弾痕が数多く並ぶ、荒れ果てた部屋だった。


 客人が倒れている気配はなく、人的被害こそ殆どないが、その惨状は後から追いついた佳穂と光里が唖然とするほど。

 窓同士の間の壁には、メイドのアイナと莉緒りおが張り付き、外の状況を伺っている。

 莉緒りおの手には長いムチが。アイナの手にはアサルトライフルがそれぞれ握られている。

 二人は何とか顔を出そうとするも。またも連続する銃声と弾が、その動きを封じる。


「スピカ。状況は?」


 耳につけた目立たないほどに小さなインカムに声を掛けたしずに。


『……ドローン。多過ぎ』


 普段より声に力の入ったスピカの声。

 そして時折、ドローンを落としたであろう爆発音が届く。


 と。窓のなくなった先に見えたバルコニーに、複数のドローンと同時に目に留まったのは、ワイヤーで雁字搦がんじがらめにされ、意識を失ったまま吊るされている霧華の姿。


 瞬間。


「速水君!?」


 佳穂の声を置き去りにして、彼は迷わず部屋に駆け込んでいた。


「馬鹿! 待て!」


 思わず叫びながら後を追い踏み込もうとした御影だったが。突然腕をしずに腕を掴まれると、無理矢理壁の裏に引きずりこまれた。

 同時に佳穂もまた、秀衡ひでひらに腕を引かれ反対側の壁の裏に連れ込まれる。


 その直後。

 間髪入れず、牽制のように撃ち込まれた銃弾が、廊下の壁を蜂の巣にしていく。

 その光景に、御影も。光里や佳穂も思わずゾッとした。


 唯一部屋に飛び込み雅騎は先の牽制を身を低くしてかわすも。霧華を囲んだドローン達が、下部についたタレットの銃口を彼に向ける。

 雅騎はそれに対し、腕を伸ばしかける。


 が。瞬間脳裏に過ったもの。

 それは先程、客人達に向けられた視線だった。


 思わずぐっと歯を食いしばると、同時にドローンの銃口が光る。


 雅騎はいち早く反応し、一度大きく横に転がり初弾を避けると、勢いをそのままに、低い姿勢のまま回り込むように向きを変え走り出す。

 彼を追うように放たれし銃弾が床に軌跡を残すも、疾さに付いていけず追いつけない。

 そのまま彼は、窓際に倒れる甲冑の側に落ちた盾と槍を手にすると、勢いを殺さず窓を破り、バルコニーに飛び出した。

 霧華を釣り上げていたドローン達は既に、その場を離れようと上昇しようとしている。


「如月さん!!」


 正面より浴びせかけられる銃弾を無理矢理盾で防ぎながら突進した雅騎は、手にした槍で立ちはだかるドローンの一機を薙ぎ払い、外壁に叩きつけると。返す刀で霧華を吊るすワイヤーめがけ、槍をブーメランのように投げ飛ばした。


 だが。

 槍は他のドローンの銃撃で撃ち落とされ、ワイヤーを斬ることは叶わない。


 加速度的にスピードを上げ急上昇した霧華と、追従するように離れていくドローン達。

 再び銃撃の雨に晒された雅騎は、咄嗟に盾でそれを防ぐ。だが、受け止めし盾はいびつに変化し、凹み、穴が開きそうになる。


 彼が死を間近に感じ、何かを覚悟しようとした、その時。

 銃撃を行っていたドローンが、次々に落とされた。


 撃ったのは窓際から身を乗り出したアイナ。そして、建物の屋上よりスナイパーライフルを構えたスピカ。


 だが、流石に霧華を吊り上げたドローンを狙い撃つことはできなかった。

 下手に撃ち落としてしまっては、彼女が無事でいられる保証がない。


 上空に離れたドローン達が、攻撃を止め闇夜の彼方に離れ、消えていく。

 雅騎はその身を乗り出しながら、それを悔しそうに見つめる。

 銃撃が止んだのを確認し、飛び出してきた御影、光里、佳穂、秀衡ひでひらしずの五人もまたバルコニーに飛び出すと、呆然とその光景を見守ることしかできなかった。


 と。その時。


『はっはっはっは! 止めて守ると豪語していた割に、いともたやすく奪われるのだな!』


 先程壁に叩きつけ行動不能となったドローンから、聞き覚えのある嫌味な声がした。

 瞬間。皆がそのドローンに視線に釘付けになる。


『速水雅騎。私はお前の侮辱を許さん! お前には最高のステージを用意してやる。必死に足掻いて霧華を取り返しに来い。権力のないお前の弱さ。はっきりと教えてやる!』


 憎々しさを際立たせた声を放った瞬間。

 苛立ちをはっきりと見せたアイナがドローンに銃を撃ち込み、その機能を完全に停止させた。


莉緒りお! 逆探知は!?」

「あきまへん。妨害ジャミングされとります」


 しずの叫びに、手に持ったタブレットを見ながら、首を振って応える莉緒りお


 まるで、未だ遠くから将暉まさきの高笑いが聞こえているかのように。霧華が拐われる姿を見送る事しかできなかった者達が皆、口惜しげな顔をする中。


「くそっ!!」


 不甲斐なさに悔しそうに叫ぶ御影の声が、闇夜に響いた。


 そんな中。

 雅騎は足元に落ちていたブレザーのジャケットを手に取り肩に担ぐと、ゆっくりと踵を返し、何も言わず、俯いたまま一人室内に戻ろうとする。


 そんな彼に思わず声を掛けようとした光里は、思わず声を失う。

 いや、彼女だけではない。

 そこにいた皆が、彼の横顔を見て何も言えなくなった。


 そこにあった彼の表情は、将暉まさきへの怒りではなく。まるで己を責めるだけの、失意の表情だったのだから。


 社交場に戻ると、圭吾が出迎えるようにそこに立っていた。


 表情に見える反省の色。

 そこには、はっきりと己の失態だと書かかれている。


 雅騎は一度。視線を向けてくる彼の前で、俯いたまま足を止めた。


「……私の、せいか」


 絞り出すように口にする圭吾。


 それは、紛れもない事実だった。

 いらぬ厚意お節介を娘に向けなければ、この事態にはならなかったはず。


 そう思っていたからこそ。

 彼は雅騎に叱咤されるだろうと思った。

 そうされても仕方ないと思った。


 だが。

 一度だけ、力なく視線を合わせた彼は。沈黙したまま圭吾の脇を通り過ぎると、もう一度だけ歩みを止め。


「いえ。俺のせいです」


 そう、静かに呟いた。

 瞬間。圭吾ははっとし、思わず振り返る。

 それを気にも留めず、雅騎は一人廊下に出ると、静かにその場を去っていく。


 彼の姿に、圭吾は改めて、先程自身に放たれた言葉の重みを知った。


  ──「出会う必要なんてなかった! 過去に縛られる必要もなかったんだ!」


 確かにその言葉の通り。今この時出会っていなければ、この状況は生まれていなかった。

 何故なら、恩人と知らず霧華と再会したのを知ったからこそ、圭吾は動いたのだから。


 雅騎の訴えは正しかった。

 だがそれでも、彼は圭吾を責めはしなかった。


  ──「再会が叶わなくたって、彼女はきっと、彼女らしく苦しまず生きられたはずなんです。そこに今の俺なんて、いらなかったんだ」


 頭に木霊こだまするのは、雅騎が放った言葉。


 まるで。全て自分がいるせいだと言わんばかりに、彼はその責を自ら背負った。

 圭吾はそう思わずにはいられなかった。


* * * * *


 圭吾は失意の中。客人達に今回の不始末に頭を下げた。


 救いだったのは、客人は全て、如月財閥の裏の活動を知る者達だったこと。

 今回の出来事のきっかけとなりし十六夜いざよい家への当たりはきつかったが、娘が拐われた心情を察し、何かあれば協力も惜しまないと逆に気を遣ってもらった程だ。


 将暉まさきの両親は、客人達の目も憚らず、圭吾に土下座し頭を下げた。

 二人に彼の行く先を知らないかと尋ねるも。

 彼等もまた将暉まさきに祖父母を盾に脅されており、独自に怪しげな兵器の研究をしていたことは知っていたものの、その研究施設の場所までは知らないと話す。


 元々二人の優しい性格を知っているからこそ、そこで必死に頭を下げる二人を責めもせず。圭吾はその言葉を信じ、慰めの言葉を掛けた。


 ただし。


「息子さんだけは、許すことだけはできません」


 そう強く、宣告もした。


* * * * *


 あれから暫くし。客人達が皆帰った後。


「……何処に行ったのかの思えば」


 御影、佳穂、エルフィ、光里、しずの五人は、やっと雅騎の姿を見つけた。


 そこは、エントランスに隣接する庭園。

 樹木に囲まれた歩道に併設された、外灯に照らされたベンチに、雅騎は俯き加減で座り込んでいた。


「こんな所にいたら、風邪引いちゃうよ」


 ゆっくりと顔を上げた雅騎は、揃ってしんみりとした表情を浮かべるみなに向け、力なく笑うと。


「……みんな。ごめん」


 小さく、頭を下げた。


「雅騎様が謝ることなど、何もありませんよ」


 励ますように声を掛ける光里に、


「……いや」


 雅騎はゆっくりと首を振る。


「力を使えば助けられたはずなのに。俺はパーティーにいた人達の視線を思い出して、怖くなった」


 口を真一文字にし、俯く。

 足の上で力なく組んでいた両手がより強く握られ、力が入る。


「まだ手が届いたはずなのに。俺は手を伸ばせなかった。自分が奇異の目に晒されるのに怯えて。だからあれは、俺のせいだ」


 何とか吐き出すように口にした雅騎を、五人はじっと見つめる。

 と。生まれた沈黙を破るように。


「お前は、間違ってなどいない」


 御影はそう、しっかりと口にした。


「私も、光里も。佳穂もエルフィもそうだ。我々は霧華と共に戦っているが、その力は異能。だからこそ取り決めているのだ。一部の者の前以外で、その力は使わぬと」

「速水君だって同じだよ。だから間違ってなんてないよ」

「だけど! 俺は、そのせいで如月さんを!」


 彼女達の優しき言葉の数々に堪えきれず、彼は悔しげな顔を上げ、思わず後悔を叫ぶ。


「雅騎様」


 だが。続く言葉を遮ったのは、しずだった。


「貴方は、私達わたくしたちが悔しくないとでもお思いですか?」


 凛とした表情で彼女が問いかけると、その言葉に彼ははっとする。


私達わたくしたちメイドは、お嬢様のためなら命を懸けてでもお守りするのが使命。ですから私達わたくしたちこそ、あの場で貴方より先に前に出なければいけなかったのです。ですが、いざその場を迎えたあの時。私達わたくしたちは、それができませんでした」


 普段の彼女らしい、落ち着いた口調。

 だが。唇を噛み。目をわずかに伏せ。隠しきれない失望が見え隠れしている。

 本当はどれだけ悔しかったのか。

 雅騎はそれを表情から垣間見る。


「御影様や佳穂様も。光里様もそう。貴方が去った後、大事な仲間を助ける為踏み込むことすらできなかったと、本当に悔やまれておりましたよ」

「し、しず!?」

「そ、その話はしないと姉様ねえさまと話したばかりではないですか!」


 予想外の彼女の告白に、御影と光里が焦りながら抗議の声を挙げる。

 そんな二人に、しずはにこりと微笑みを向け、異議は許さないと言わんばかりの圧を掛けると、再び表情に真剣さを宿した。


「ですが貴方はあの時、命すら危ぶまれる状況で、私達わたくしたちができなかったことをしようとしてくださりました。我々如月家の者が、貴方を巻き込んでしまっただけなのに。正直、お嬢様のためにあそこまで必死になっていただけるなど思ってもみませんでした。だからこそ、私達わたくしたちは貴方に感謝しているのです」

「だけど、結果的に……」


 不甲斐なさを悔やむように、視線を落とす雅騎を叱咤するように。


『まだ、終わってはいませんよ』


 そう言葉を続けたのはエルフィだった。


『あの者は最高のステージを用意すると話しておりました。だとすれば、そこに至るまでに霧華が命を落とし、既に世に存在しないなどということはあり得ないはずです』

「そうだよ。だから落ち込んでる場合じゃないよ!」

「雅騎様は姉様ねえさまと私を救った時、仰ってくださったじゃないですか。手が届くなら助けられると。ですからまた、手を伸ばしましょう」

「そうだ。まったく気落ちするなどお前らしくもない。前を向け! 前を!」


 可能性はあると。手を伸ばせると。

 各々の言葉で叱咤激励する仲間達に。

 雅騎は返事を返さず瞳を閉じ、少しの間沈黙すると、ひとつ大きくため息をく。


  ──そうだ。まだ終わってない。まだ、手は届くかもしれない……。


 彼女達の励ましに、彼はゆっくりと瞼を開く。

 決意を、心に宿して。

 そして彼はみなに向けふっと、優しい笑みを浮かべた。


「そうだな。みんな、ありがとう」


 今までと違う、何処か吹っ切れた笑みを見て、御影達の表情に安堵が浮かぶ。


「あ……」


 心に余裕ができたせいか。

 雅騎はふと、思い出したことがあった。


「そういや、御影達は何でここに? パーティーに呼ばれてたのか?」


 そう。

 今まで会場でも姿を見ていなかった彼女達がいることを思い出したのだ。

 問いかけを耳にし、逆に表情が曇ったのは御影、佳穂、光里の三人だった。


「……すまん。雅騎」


 御影が落ち込んだ顔で頭を下げる。


「ん?」

「我々は、お前と霧華の今日の一部始終を、別室で見ていたのだ」


 その言葉に一瞬小さな驚きを見せるも。最近の彼女の落ち着かなさや言動を見ていたからか。その理由を察してしまう。


「……そうか。気にするなって」

「そうは参りません」


 気遣うような雅騎の言葉を否定したのは光里だった。


「お恥ずかしながら、雅騎様の言葉も、霧華様の言葉も。私達は信じきることができなかったのです」

「速水君は恵里菜の前でもはっきりと否定してくれたし。霧華だって、私達の前で何もないって言ってくれたの。だけどそれを私達は信じきれなくて。疑っちゃって。だから本当のことを知ろうとして……」


 彼女の言葉の裏にある、疑いの理由。

 雅騎はそれに気づかない。

 だが、佳穂や御影、光里が、信じられなかったことを悔やむ気持ちだけは、はっきりと感じる。


「本当に、ごめんなさい」


 そう言って深々と頭を下げる佳穂。

 釣られるように、御影と光里も頭を下げる。

 雅騎はそんな三人にふっと笑みを浮かべると、その場で立ち上がる。


「俺は気にしてないから。それは後で、如月さんに伝えてやって」


 皆が彼につられゆっくりと頭を上げると、雅騎は優しい笑みで皆を見返す。


「先輩の誘いまでどれ位あるか分からないけど。まずは戻って休もう」


 そう言うと、両腕を頭の上に回した彼は、またも一人。ゆっくりと建物に向け歩き出す。

 まるで立場が逆転したかのように、普段通りの姿を見せる彼を呆然と見つめる四人。

 誰も付いてこないのに気づいたのか。振り返ると、彼はまたも笑う。


「ほら。風邪引いたらいざという時動けないんでしょ? 早く行こう」


 その言葉に、皆は一度顔を見合わせると。


「まったく。お前はすぐそうやって一人で行動する。少しは合わせて行動しろ!」


 御影がぼやきながら。光里と佳穂、エルフィはその言葉に思わず小さく笑みを見せながら、それぞれ雅騎に続いていく。


 そんな頼もしき彼等の姿を見ながら。


  ──お嬢様。暫し、お待ちください。


 しずもまた、何かを決意した表情でゆっくりと後を追うのだった。

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