第37話 在りし日の記憶

 かつてサムーラ国は少数の部族が各地に散らばって細々と暮らす地だった。決して部族間の仲が悪かったわけではない。それでも各地で暮らす部族が一つにまとまらなかったのは、砂漠と森に挟まれたサムーラの険しい立地が原因だった。


 乾いた砂漠と人の生存を許さぬ深い森。こんな場所では食料の確保も難しく、また人が増えればそれだけ魔物を呼び寄せる可能性が増えてくる。だからサムーラの民は少数で纏まり、旅をするように移動しながら生活していた。


 そんなおり、何の変哲もない部族の中から一人の蛮勇が現れた。


「こそこそ逃げ惑うのは性に合わん。俺達サムーラの民は砂漠の熱にも森の恐怖にも負けん。砂漠と森に囲まれたここに国を作ろう。誰もが自由に暮らせる国を」


 最初、男を相手にする者はいなかった。血気に流行った若者が現実も見ずに何か吠えている。周りの説得にも耳を貸さない男の態度は、集団をまとめていた大人達の不況を買った。そして再三の忠告を無視し続けた男はついに所属していた部族から追放されてしまう。


 だがそれでも男は構わなかった。


 構わずに一人、何もない場所に家を建て始めた。そんな男を哀れに思いつつも、男が所属していた部族はその場を去った。


 季節が一巡する頃、部族はかつて男と別れた場所に戻ってきていた。サムーラ中を旅するように暮らすとはいっても、未知の場所を選ぶのは危険。彼らがここに戻って来たのはあくまでも生活のサイクルによるものであって、この時には男のことなど殆どの者が覚えてはいなかった。


 男が作った村と、そこに住む者達を見るまでは。


 かつて男の仲間であった者達はその光景に飛び跳ねんばかりに仰天して、そして尋ねた。


「これは一体どういうことだ?」


 男は答えた。


「皆、俺の考えに賛同してくれた者達だ。お前達もどうだ? 旅をしながら暮らすのもいい。だが帰る家があるのならば、厳しいだけだった旅はきっと豊かなものになるだろう。そうは思わないか?」


 男の考えを彼の仲間であった者達は理解出来なかった。それどころか、こんな目立つ所にこれだけの人が集まって、すぐに魔物がよって来るぞと男を責め立てた。


 男は応えた。


「その時は俺がこの剣で皆を守ろう」


 たかが一本の剣で何ができる。


 男の仲間だった者達は男の馬鹿な行動に巻き込まれるのを恐れて早々にその場を去った。去る際に村で働く者達に声をかけた。俺達と来い、ここにいれば死ぬぞと。だがそれに応じる者は誰もいなかった。


 さらに季節が一巡した。かつて男と別れた場所に部族の者達は再び戻ってきた。


 誰もが男のことを口にしない。だが誰もが男のことを気にかけていた。そう、最早男のことを忘れている者は一人だっていなかったのだ。


 そんな中、期待とも恐怖ともつかない感情が部族の足を急がせた。そしてーー


「おおっ!?」


 彼らは自分達の中で何かが壊れるのを感じた。壊れたのは常識とか価値観とか呼ばれるものだったのかもしれない。彼等は驚きのあまりその場に膝をついた。


 小さな村は一年の時を経て町に変わっていた。石壁で囲まれた大きな町。あるいはそれは他の国では町とは呼べぬ稚拙なものであったかも知れない。だが定住を許されぬサムーラの民にはこの世界で最も大きく、そして堅固な町に見えた。


 その町の入り口に男は立っていた。男は言葉を失うかつての仲間達に笑いかけた。


「俺と一緒に国を作らないか?」


 その誘いを断る者は誰もいなかった。

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