第33話 選択

「ほう、男爵如きが私に逆らうのか?」


 カレンを守るように立ったロランを前に、大公は呆れたように鼻を鳴らした。


「一度しか言わんぞ。どけ! 男爵風情が、身の程を知るんだな」

「申し訳ありませんがイルマルド大公。ここはサムーラです。貴方はあくまでも客人であって私の主ではない。その命令は聞けません」

「客のもてなし方を間違えると、とんでもない事態を招くぞ若造」

「ご忠告痛み入ります。その上で私はここを退く気はない」


 あくまでもカレンを守るように立ち塞がるロラン。そんな彼をイルマルド大公は忌々しげに睨みつけた。


「ふん。デルルウガか。何やら剣の腕が立つようだが、棒切れ一本上手に振り回せるから何だというのだ? そのような児戯で大公である私と対等のつもりか?」

「お父様! そのような言い方、ロラン様に失礼です!」

「目を覚ませ、カレン。この男は単に箔付のためにお前を欲しているにすぎない。お前はこの私の子供。男爵などという下位の貴族に嫁ぐ必要はない。私の元に戻ってくるのだ。それがお前とプリラの幸せなのだ」

「私達の幸せを勝手に決めないでください。私はロラン様との婚約を解消するつもりはありません! それをお認めにならないというのでしたら、もう結構です。どうぞお帰りください」


 カレンの剣幕を前に分が悪いと思ったのか、大公の気勢が見るからに落ちた。


「……ふん。どうやら今は冷静ではないようだな。いいだろう。今日の所は帰ろう。だが覚えておけカレン。私はいつでもお前の味方だ。帰りたいと思えばプリラ共々いつでも帰って来るといい」


 そうしてイルマルド大公はロランに厳しい視線を向けてから部屋を出て行った。


「お父様……」


(まさかお父様があそこまで私とプリラのことを思ってくださっていたなんて)


 婚約者に対する無礼な振る舞いに腹を立てる一方で、父の思ってもいなかった優しさに、カレンは少なくない衝撃を受けていた。


「すまない」

「え? ……ロラン様?」

「君とお父上の間に割り込むつもりはなかった。ただ俺は……」


 言いにくそうに視線を逸らすロラン。その顔にカレンの心は傷んだ。


「……ロラン様、父は頑固な人物です。あのまま大人しく引き下がるとは思えません。ですので私とプリラをこのまま置いておけばロラン様にご迷惑をお掛けしてしまうかもしれません。それでもロラン様は私を妻にしてくださいますか? 今ならば婚約を破棄することも可能です」


 婚約者としてこの国に来たものの、結納を済ませたわけでなければ、式の日取りを決めているわけでもない。愚かな王子が作り出した宙ぶらりんな関係。だがカレンはロランとの曖昧な距離感を心地よく感じていた。


(でも、もうそれではいけないのよね)


 自分の立場をハッキリさせる時がきたのだ。カレンはそう強く感じていた。


(もしもロラン様が少しでも迷われるようならその時は……)


 静かに決意を固めるカレン。ロランはそんなカレンの前で片膝をついた。


「誇り高きデルルウガの剣に誓う。如何なる誘惑にも惑わされることなく君を想う。千の災厄が降り注ごうとも君を守る。俺はこの命の終わりまで君と同じ道を歩きたい」


 ロランはそっとカレンの手を取った。


「カレン•イルマルド、俺の妻になってくれないか」

「ロラン様。……はい。喜んで」

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