第32話 大公の言い分

「お父様、ロラン様にそのような物言い、おやめください」


 ノックも忘れて部屋に飛び込んだカレンを二人の男が見る。婚約者でありこの屋敷の主でもあるロラン男爵。そしてカレンとプリラの実の父であるイルマルド大公だ。


 大公はカレンの顔を見るなり、怒りに歪めていた表情をパッと変えた。


「おお、カレン。待っておったぞ」

「お、お父様?」


 父にこのような笑みを向けられたの一体いつ以来だろうか? あまりにも予想と違う反応にカレンの怒りが行き場を失って霧散する。


「ラルド王子がお前を隣国に無理矢理嫁がせたと聞いた時は肝を冷やしたぞ。慌ててお前を連れ戻すべく様々な手を打ったのだが、力が足りず……いや、無事でよかった」

「お、お父様……」


 公爵に力強く抱きしめられるカレン。


(心配してくれていたのかしら?)


 そのことに喜びかけたカレンであったが、すぐにラルド王子が言っていたことを思い出した。


「離してください、離して!!」

「カレン? 一体どうしたのだ?」

「どうしたもこうしたもありません。お父様は土地と引き換えに全てを了承したとラルド王子に聞きました。それを今更になって現れて……。勝手にも程があります!」

「そのことか。それは誤解だ」

「誤解……ですか?」

「そうだ。私は確かにラルド王子と取引した。だがそれは婚約破棄のことについてのみだ。誓ってお前を隣国に嫁がせる話は知らなかったのだ」


 そう言ってイルマルド大公は斬鬼に堪えないといった表情を浮かべる。それを前にカレンは父が嘘を言っているとはどうしても思えなかった。


「で、ですが婚約破棄を了承したのは間違いなくお父様なのですよね?」

「ああ。だがそれも単に可愛い娘であるお前のことを思ってのことだ」

「……どういうことですか?」

「どうもこうもあるまい。ラルド王子と結婚してお前が幸せになれると思うか?」

「そ、それは……」


 そんな未来はとても想像できなかった。カレンの内心を見抜いているかのように大公が頷く。


「そういうことだ。全てはお前の為を想っての行動だったのだ。土地を受け取ったのもそうするのが一番話がスムーズに進むと思ったからだ」

「そんな、それは……いえ、そもそもお父様は今日何をしにいらっしゃったのですか?」

「妙なことを聞くんじゃない。娘であるお前達を迎えに来たに決まっているだろう。さぁ、カレン。プリラと一緒に屋敷に帰ろう。母さんもお前達の帰りを首を長くして待っているぞ」


 いつも厳格だった父がこんなにも優しげに帰ろうと言ってくれる。それにカレンの心がほんの少しだけ傾きかけた時だーー


「申し訳ないが大公。私は彼女を手放す気はない」


 そう言ってロランが二人の間に割って入った。

 

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