第29話 中庭

 そろそろ約束の時間だ。プリラは先日姉とその婚約者、三人で買い物に行った時に買ったズボンとシャツを引っ張り出した。


「~~♪」


 鼻歌を歌いながら素早く着替えを行う。


「……(コク、コク)」


 プリラは鏡に映る姿を見て満足そうに何度も頷くと、その場で軽く動いたり、跳ねたりした。表情に変化がないまま小さな体が動き回るその姿は、プリラの美しさと相まって人形劇のようにどこか非現実的な光景だった。見る者がいれば自然と拍手を送っていただろう。


「(ウン、ウン)


 やがて満足したのか、プリラは鏡から離れると音を立てないよう部屋のドアをそっと開けた。


「(キョロ、キョロ)」


 僅かに開いた隙間から顔を出して廊下を確認する。そこに大好きな姉の姿がないと分かると、プリラは今がチャンスとばかりに部屋から飛び出した。


「あら、プリラ様。今日もロラン様と秘密の特訓ですか?」


 背後からの声にビックリして小さな体が飛び跳ねる。プリラが振り向けばそこにはメイド長であるアシヤがいた。


「そのような格好をされて、カレン様に見つかると大目玉ですよ」

「(フルフル。フルフル)」

「あら、問題ないのですか?」

「(コクコク。コクコク)


 この服はカレンが買ってくれた物だから、着ているだけでは怒られない。そう主張するプリラ。


「ではプリラ様がそのような格好で中庭に出かけようとしていることを、カレン様にご報告しても問題ないですね?」

「(ブンブン)。……(シー)」

「はぁ。私としてはカレン様の意見に賛成です。プリラ様はそのような格好をせずに淑女としての振る舞いを身につけられるべきかと」


 お説教の気配にプリラの体がジリジリと後退する。


「ですが、主であるロラン様が認めている以上、私からはこれ以上何も言いません。本日の花嫁修行は普段より早く終わる可能性がありますので、早めに切り上げられるのが宜しいかと」

「(パァ)。(コクコク)。(ブンブン)」

「まったくロラン様ったら、あのような可愛らしい子に剣の才を見たなどと」


 大きく手を振りながら走り去っていくプリラに手を振り返しながら、アシヤはひっそりと嘆息した。


「これも血ですかねぇ。先代様も……と、いけない。カレン様をお待たせしてしまうわ」


 カレンのいる部屋へと向かうアシヤ。一方中庭に飛び出したプリラは上機嫌に庭を走り回っていた。そんな彼女と感情を共有しているのかのように、プリラの周りでは精霊達が嬉しそうに瞬いている。


 聖女の動きに合わせて移動する四つの輝き。それはまるで人と精霊が踊っているかのような幻想的な光景だった。そしてその勢いのままにプリラは庭の奥にある木で囲まれた、屋敷からは見えない場所へと飛び込んだ。


「ロラン」

「て、天使様!?」

「(ビクッ)。?。……(キョロ、キョロ)」


 姉の婚約者がいるはずの場所には見たこともない、恐らくはプリラと同い年くらいの金髪金眼の少年がいた。少年は丸眼鏡に覆われた目を大きく見開いてプリラを凝視している。


「す、凄い。本物の天使様なんですか?」

「……(ジー)」

「あの、天使様?」

「……天使って、何?」

「あ、はい。天使様というのはですね。この星の意思そのものである精霊が強い我を獲得して個体になった存在……なんですけど、えっと、ひょっとして天使様ではないのですか?」

「……(コクン)」


 途端、少年の顔が一気に赤くなった。


「ス、スミマセン。その、早とちりしてしまったようで、あの、き、君がすごく、き、綺麗で、それで、その、と、とにかくごめんなさい」


 頭を下げる少年を前に、何を誤っているのかよく分からないのか、プリラは不思議そうに小首を傾げた。


「……誰?」

「え? ぼ、僕ですか?」

「……(コクン)」

「僕はアラン・デルル。ロラン兄様の従兄弟です」

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