第27話 服屋

「それでは我々は近くにおりますので」

「ありがとう。カリーナ。お願いしますね」


 カレンの護衛主任であるカリーナが他の護衛の者達と一緒に人混みに紛れていく。


(三人の時間を邪魔しないようにとの配慮と言っていたけれど、この人混みの中、護衛の方達がこうもすんなり距離を取るだなんて……信頼されてるのね)


 デルルウガは救国の一族であり、その若き当主であるロランは大陸でも随一の剣士。カレンは話に聞いていた婚約者の実力、その片鱗を初めて実感した気がした。


「……どうした?」

「あっ、いえ。なんでもありません。ところでロラン様、まずはどのお店から見てまいりますか」


 馬車の中で確認したが、今回は出掛けること自体が目的で、特に予定などは立ててないとのことだ。


「お前は……あるか?」

「私が行ってみたいお店ですか? いえ、特には。なのでロラン様とプリラが決めていただければと思っております」

「……」

「……」


 そこでロランとプリラは同時に正反対に位置するお店に視線を向けた。


 ロランは家具屋。そしてプリラは玩具屋だ。


 互いの意思に気づいた二人の間でバチリ! と火花が散った。そしてーー


「……」

「……」


 ジッとカレンを見てくる。


「えっと……」


(困ったわ。どちらを優先するべきかしら?)


 婚約者と可愛い妹。普通であれば婚約者の顔を立てる場面ではあるが、ここでプリラを優先してもロランは気にしないだろうという確信がカレンにはあった。


(でもプリラは私がロラン様を選ぶと拗ねちゃうかもしれないわね。ならまずはプリラの行きたい玩具屋にいくべきかしら?)


 せっかく三人で外出しているのだ。出来る事なら楽しい時間を過ごしたい。


(ああ、早く決めないと。ん? あれは……)


 ふと、少し離れた所にあるお店が目に入った。


(あれは……服を売っているのかしら」


 大公の娘であるカレンは服を自分で選んだ経験がほとんどない。そんなことをしなくても専属の仕立て屋が屋敷に来て、勝手に今年の流行モノとやらを仕立てていくからだ。


(プリラとロラン様の服を選んだりできるなら楽しそう。後で寄ってみたいわ)


 そんな考えがふと浮かんだ。


「……」

「……(ジー)」

「ああ、ごめんなさい。それじゃあロラン様には申し訳ないけど玩具屋に……え? あの、二人とも?」


 返事を聞く前に二人はさっさと歩き出してしまった。だがその先にあるには服屋でも玩具屋でもなくーー。


「もう、二人とも」 


 カレンはクスリと笑うと、ロランとプリラと一緒に服屋へと入った。


「いらっしゃい」


 店に入ると奥の方から声がかけられたが店主がやってくる様子はない。


(自由に見て良いということかしら? 勝手が分からないと困るかもしれないけど、気楽に見て回れるのはいいわね)


 そして三人は各々店の中を見て回る。


「プリラはどれか欲しいものあった?」

「……(スッ)」

「プリラ、それ。男の子用よ?」


 ズボンに無地のシャッツ。妹の思いがけないチョイスにカレンの柳眉が寄る。


「ほら、プリラ。こっちの方が可愛いんじゃないかしら?」


 カレンは近くにあったワンピースを手に取った。


「……(フルフル)。(グイッ)」

「そっちの方が良いの?」

「(コクン)」

「どうして? こっちの方が可愛いわよ」

「……動きやすそう」

「それは……そうかもしれないけど」


 妹が淑女とは別の所を目指そうとしている気がしてカレンは不安になった。そこに男性物を見ていたロランがやって来る。


 ロランはプリラが手に取っている服を見るなり、


「良いチョイスだ」


 と言ってビッと親指を立てて見せた。


「(ビッ)」

「…………ロラン様? まさかとは思いますがここ最近プリラが妙にヤンチャになって来ていることに、何か関わってはいませんよね?」

「あ、ああ。……なぁ?」

「(コクコク)(コクコク)」


(こう言う時だけ息ぴったりなんだから。あら? 何かしら)


 外がにわかに騒がしくなってきている。ロランが静かにカレンとプリラの前に出る。程なくしてお店の中に頭にターバンを巻いた、よく日に焼けた男が護衛を大勢引き連れて店に入ってきた。


 カレンの目が驚きに見開かれる。


「ロビン様!?」

「久しぶりだな、カレン。そしてロランよ。面白そうなことをしているではないか、我も交ぜよ」


 そう言って笑うのは紛れもなくこの国の第一王子であるロビン・サムーラだった。

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