第21話 忘れていたもの
「え? 街に買い物に。今からですか?」
突然部屋を訪れたロランの言葉にカレンは目を瞬いた。
「……ダメか?」
「い、いえ。そんなことありません。嬉しいです。ね?」
「……(コクン)」
プリラとカレンは部屋で一緒に王都デルルガを紹介する絵巻を見ていた。聖女と判明するまでは気狂いと言われ、屋敷から自由に出ることが叶わなかったプリラ。そんな妹に少しでも外の世界を教えたくて、様々な場所やお店を宣伝する絵巻を買い漁っては、それをプリラと一緒に読む。自由を得た今ではその習慣はすっかり姉妹共通の趣味となっていた。
「準備をしたら来い」
それだけ言って部屋を出て行くロラン。自分から誘ったにしては随分とつれない態度ではあるが、その耳が僅かに上がらんでいることにカレンはしっかりと気が付いていた。
「ふふ。ロラン様ったら」
先日の一件以降ロランと少しばかりぎくしゃくするようになっていたカレンは、思いがけぬロランからの誘いに胸が躍った。
「プリラはどこか行きたいところはある?」
「氷菓子」
「氷菓子が食べたいの?」
「(コクン、コクン)」
「う~ん。ロラン様に聞いてみるけど、ひょっとしたらデルルガでは売ってないかも。だってここダルル王国に比べてちょっと熱いし」
「(ガーン!?)」
「ああ、そんな顔しないで。大丈夫。もしもなかったらお姉ちゃんが作ってあげるから」
カレンの言葉にパッと顔を輝かせると、プリラは姉に抱きついた。途端ーー
「ひゃ!? び、びっくりした」
肌にひんやりとしたものを感じ、室内での風に髪が乱れ、何だか肩が重い。それらをいっぺんに味わうことになったカレンは思わず硬直する。
プリラがムッとした表情で虚空を睨んだ。
「お姉様に触っちゃダメ。……違うもん。お姉様は私のお姉様だもん」
妹の小さな体から銀色の光が漏れ始めるのを見てカレンは焦った。
「落ち着いてプリラ。お姉ちゃんは全然気にしてないわよ。むしろ精霊達と触れ合えてすっごく嬉しいくらい」
「……本当?」
「ええ。もちろんよ。だってプリラのお友達だもの。私だって仲良くしたいわ」
カレンは何もない空中を撫でてみる。別にそこに精霊がいると思ったわけではなく、プリラを安心させようとしてのパフォーマンスのつもりだった。だがーー
(嘘!? ひ、左手に……)
室内にもかかわらず物凄い風があたり、水の中にいるようなひんやりとした感触に包まれ、何十個と指輪をつけているような重さに襲われた。またも声をあげそうになったカレンであったが心配そうに自分を見るプリラの手前、意地で笑顔を保った。
(でも近頃精霊の干渉が多すぎる気がするわ。誰かに相談できないかしら?)
真っ先に思い浮かんだのはロランの顔だった。次にロナルル。しかしいくら自由都市に顔が広いロランやダルル王国の第二王子とはいえ、聖女という特殊な存在について専門的な知識を持っているものだろうか? そう考えた時、笑みを絶やさないふくよかな男性の顔が思い浮かんだ。
「あっ、いけない。私ったら」
突然声をあげた姉にプリラが不思議そうに首を傾げる。
「祭司様との約束を忘れてたわ」
辺境伯の謝罪騒動や、ロランとロナルルの喧嘩騒動などですっかりと頭から追い出されていた約束。それをここに来てカレンは思い出すのだった。
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