第13話 司祭

「えっと、貴方は?」


 突然姉妹に話しかけてきたのは四十から五十くらいの年齢と思われる小太りの男だった。咄嗟に護衛達が二人の前に出ようとして、しかしそれを護衛主任を務める女騎士が止める。


「待て! この方は司祭様だ」

「はは。突然申し訳ない。驚かせたようですな」

「いえ、こちらこそすぐに司祭様とお気付きできずに申し訳ありませんでした」

「司祭服ではありませんからね、それも無理のないことです。何せあれを着ていなければ私などただの肥満男ですから」


 太鼓腹を抱えて笑う男に、護衛主任は何とも言えないような曖昧な笑みで応じた。


「カレン様、プリラ様、こちらはププド司祭様です。この街で行われる様々な祭典を取り仕切っておられるお方です」

「初めまして司祭様。私はカレン・イルマルド。こちらは妹の……」

「……プリラ、です」

「おお、噂はかねがね。ようこそカレン様。この街が貴方の良き第二の故郷となることを願っておりますぞ。そして……」


 ププド司祭は感動したようにプリラを見ると、その前に跪いた。


「聖女様、お会いできて光栄です。横暴なる権力者の手から逃げる為に祖国を捨てたとお聞きしましたが、教会はいつ如何なる時も聖女様の味方。もしも困ったことがあればどのような些細なことでも構いません。是非、我らにご相談ください」


 冷静さと熱狂が同居してるかのような司祭の瞳を前に、プリラはカレンの後ろにサッと身を隠した。


「……お姉様がいるからいい」

「プリラったら、すみません司祭様。この子、人見知りで」

「いえ、お気になさらずに。聖女様にお目通りが叶っただけでも望外の喜びですから」


 心から嬉しそうな顔で立ち上がるププド神父は膝の汚れも払わずにプリラをジッと見つめている。


(司祭様に悪気はないのでしょうけど、これじゃあプリラじゃなくてもちょっと怖いと思ってしまうわ。それにしても……)


「あの、司祭様」

「はい。何でしょうか」

「先ほど仰っていた横暴なる権力者の手から逃げたというのは?」

「おや、噂になっているのをご存知ではない? 聖女様を我がものにせんと企んだダルル王国の第一王子であるラルド王子が貴方を奴隷商人に売り飛ばしたところを、我が国の第一王子であるロビン様とダルル王国の第二王子であるロナルル様のお二人が聖女様と力を合わせて救出された話はもう国中に広まっておりますぞ」

「………………はい? え? す、すみません司祭様。今なんと仰いました?」


 一部を除いてまるで身に覚えのない話にカレンは一瞬司祭が冗談を言っているのかと思った。ププド司祭は人の良さそうな顔のままそんなカレンにスッと近づくとーー


「そういうことにしておきなさい。それが貴方と、何よりも聖女様のためです。何、同情はいりませんよ。あのラルドという男は貴方が思っている以上の外道です。あれが王になれば多くの血が無為に流れることになるでしょう。それを私達は望まないのです」


 そう告げて司祭はカレンから距離を取った。そして最後にもう一度だけ閉じているように細い瞳でプリラを見つめた。


「それでは私はこれで。ああ、それと……いけませんね、忘れるところでしたよ。聖女様、先ほどウインディーネ様が仰っていたことをお聞きしたいので、大変ご足労だとは存じますが後日教会に足を運んではいただけませんか?」

「……やだ」

「勿論お姉様と一緒で構いませんよ。それととっても美味しいお菓子を用意しております。これがまた絶品で、ぜひ聖女様に食べていただきたいのですが」

「……(チラリ)」

「え、ええ。勿論お伺い致しますわ司祭様」

「よかった。それでは私はこれで」


 最後まで人の良さそうな笑みを絶やすことなくププド司祭は去って行った。その背を見送るカレンは照りつく夏の日差しが一瞬弱まったような、そんなヒヤリとした感覚を覚えるのだった。

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