第12話 二大祭
「大広場でお祭りで使う様々な物の設営を手伝ってるなんて、貴族なのに。ロラン様って本当に凄いわ。あ、プリラ。馬車から飛び降りてはいけないわよ」
「……ごめんなさい」
「ふふ。プリラはこの国に来てから少しだけお転婆になったわね。ロラン様の影響かしら?」
ロランとプリラは時折魚釣りを一緒にするなど良好な関係を築いている。ただ二人とも口下手なのでほとんど会話はない。それでも仲良く一緒にいる姿は血の繋がった兄と妹のようで、カレンは二人が一緒にいるところを見るのが好きだった。
「カレン様、ロラン様をお呼びして参りましょうか?」
そう声をかけたのは腰に剣を下げた赤毛の女性だった。護衛主任。二人の護衛を担当するその責任者が女性なのは、カレンとプリラに対する配慮からだろう。
「いいえ、大丈夫です。お仕事の邪魔をしたくないので見学がてらゆっくり探すことにします。元々お弁当をお渡しする約束をしたわけではありませんし、お会いできなくてもロラン様が困ることはありませんから」
「畏まりました」
一礼すると女性はカレンとプリラの背後へとついた。
「それじゃあ行きましょうか。人も多いし、プリラ、はぐれないようにお姉ちゃんと手を繋ごうか?」
「……(コクン)」
そうして妹と手を繋いだカレンは、ロランにお弁当を届けるべく自由都市デルルガで最も広い広場を気の向くままに歩いた。
「凄い賑わいね。これがデルルガの二大祭の一つジン風祭。準備でこれだけの人が集まるなら当日はどれほどのものになるのかしら?」
「……(ジー)」
「なぁに? 二大祭のことが知りたいの?」
「(コクコク)」
「ふふ。ここ『サムーラ』はね、元々精霊信仰が強い国なの。特に自由都市デルルガは広大な砂漠と魔物が住う森の狭間にある厳しい立地からその特色が強いわ。今は昔ほど危険というわけではないけれど、それでも何が起こるか分からない旅路をいく商人や旅人達の無事、そしてデルルガの繁栄を年に二度、風の精霊ジンと炎の精霊サラマンダーに祈るのよ。それが……きゃっ!? な、何?」
首筋にひんやりとしたものを感じてカレンは慌てて振り返った。だがそこには誰もいない。異常を察知した護衛主任が近づいてくる。
「カレン様、いかがされましたか?」
「えっと、いえ、何でもありま……あら、プリラ? どうしたの?」
銀色の瞳を虚空に向けるプリラ。いつも感情をあまり映さない瞳は少しだけ怒って見えた。
「お姉様にそんなことしちゃ駄目。……そんなの知らない。駄目なものは駄目」
虚空に向かって一人で話し始めるプリラにすれ違う人たちの視線がチラホラと集まる。護衛主任の顔も少しだけ困惑気味だ。そんな中、カレンだけはすぐに事情を察した。
「プリラ、ひょっとして今のお友達が?」
「……(コクン)」
(最近精霊がやけに身近に感じられるわね)
昔はプリラが感情を大きく動かした時だけだったのに、近頃は何気のない会話にも精霊の干渉が起こるようになっていた。
「お友達はなんて言っているの?」
「なんで私はないのかって言ってる」
「えっとどの友達が」
「……?」
「あ、ごめんなさい。どこに住んでいる子が言ってるの?」
プリラは生まれた時から一緒にいるにもかかわらず精霊に名前をつけようとしない。更に精霊を個体として認識するような質問をすると怪訝な表情をして、うまく答えられなくなる。
それがプリラの思考が原因で起こるものなのか、あるいは精霊と意思疎通できる常人にはない認識能力故に起こることなのかはカレンには分からないことだった。
「水の子が言ってる」
「水。ウインディーネ……さんね」
本人が近くで聞いていることに思い立ったカレンは咄嗟に敬称をつけた。だがーー
「きゃっ!? な、何でまた?」
「どうしてそんなに他人行儀なのかって言ってる」
「え? そう言うものなの?」
カレンとしては以前より身近に感じ始めた精霊に敬意を払ったつもりだったが、精霊には不評だったようだ。それは一度目の悪戯には怒ったプリラが今度は精霊に同意している様子からも明らかだった。
「ごめんなさいねウインディーネ。悪気はないのよ」
謝罪すると同時にカレンの周囲に蒸し暑い熱気を払うひんやりとした空気が生まれた。
「許してくれた……のよね?」
「(コクン)。喜んでる」
ホッと胸を撫で下ろすカレン。そこでーー
「今の話は本当なのですか!?」
突然声をかけられた。
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