第10話 王子の迷走

「クソが! どうしてまだデルルガに着かないんだ。いくら何でも遅すぎるだろうがこの役立たず共が」


 森の中を行く兵士達の隊列。その中に一際贅を尽くした馬車があった。


「も、申し訳ございません。現在魔物が大量に発生しており、通常ルートでは危険と判断しました。それ故大きく遠回りをーー」

「魔物くらい斬り捨てて進めばいいだろうが! なんの為の護衛だ。この無駄飯ぐらい共が!」


 馬車の中ではカレンの元婚約者であるラルド王子が護衛隊長に不満を爆発させていた。


「し、しかしこの人数では警護に不安が。戦闘は極力避けるべきです」


 自分のせいで聖女が国を去ったなどと噂されたくないラルド王子は慌てて国を出た為、普段よりも護衛の数が明らかに少なかった。だがそれでもそこいらの商人達に比べれば十分な人数ではあるし、兵士など替のきく駒と考えているラルド王子は護衛隊長の説明に納得できずにいるのだ。


「俺には兵の数は十分なように思えるがな。それともなんだ? 我が軍の兵士どもは腰抜けばかりと、そういうことなのか? おい、どうなんだ? 護衛隊長」

「護衛がいなくなれば王子を守る者がいなくなります。どうかお心をお鎮めください」

「だったらさっさと俺をデルルガに連れて行け!」


 ラルド王子の拳が護衛隊長の顔を殴りつける。拳は一度ならず二度、三度と振るわれた。


「……チッ。貴様を嬲ったところでつまらんな。奴隷でも連れてくるべきだったか」

「王子、そのようなことを大きな声で仰らないでください」


 ダルル王国では奴隷の所有は違法でこそないものの、時代の流れとともに奴隷所持者は確実に減っており、奴隷反対運動を起こす者達も増えてきた。近隣諸国では既に奴隷禁止を法律に定めている国も出てきており今から向かう自由都市デルルガもその一つだった。


「選ばれた者が下々を所有するのは当然の権利。その理に逆らおうとするとは、この世界には気狂いが多すぎるな。俺が王になった暁には頭のおかしい者どもは粛清せねばなるまい」

「お、王子は戦争を起こす気なのですか?」

「戦争? 馬鹿か貴様は。道具と喧嘩する者がどこにいる。下々は高貴な者に尽くす。神が定めたその絶対の掟に逆らいし大罪人共を王にして英雄である俺が成敗する。これはそれだけの話だ」


 ラルド王子は既に自分が聖女を救い出した英雄として民に称えられると信じて疑っていなかった。


「そのような物騒なことは仰らずにどうか穏便に。聖女様のことに関しましても、カレン様のお相手と話し合えば禍根を残すことなく連れ戻すことができるかと」

「話し合う? ふん。何故次の王であるこの俺がたかが貴族一人を相手に同じテーブルにつく必要がある」

「そ、それはやはりデルルガは同盟国とはいえ他国でございますので、ダルル王国と同じようには参りません」

「くだらん。くだらん。他国であろうが同盟国である以上、貴族風情が王子である俺に逆らうなどあってはならん話なのだ。……そういえば、カレンを引き取ったのは何という貴族なのだ?」

「い、いえ、それがあまりにも急な話だったので詳しいことは。ただ爵位は判明しております」

「公爵か? それとも辺境伯あたりか?」

「いえ、それが……男爵とのことです」

「何? 男爵だと!?」


 ラルド王子は一度大きく目を見開くと、次に腹を抱えた。


「プッハッハッハ!! こ、こいつはいい。まさか男爵とはな。俺が捨てる女はいらんかと適当に送ったにしてはやけに文の返事が早かったが、なるほどな。下っ端が大公の娘を手に入れるチャンスに飛びついたのか。クックック。これは傑作だ」


 ラルド王子の顔に下卑た笑みが浮かぶ。


「よし。いいことを思いついたぞ。プリラを救出する際、カレンをその男爵の前で抱いてやろう。俺の趣味じゃないが、それでも今思い返せば大公の娘だけあって見れた女ではあった。犯罪者として始末する前に俺の情けを恵んでやる。どうだ? いい考えだろう?」

「…………」

「護衛隊長、貴様に聞いているのだが?」

「はっ。も、申し訳ございません。流石は王子。素晴らしいお考えかと」

「ふん。当然だ。しかし、こんなクソみたいな生活をしているとやはり女が欲しくなるな。おい、この際汗臭い兵士で我慢してやる。女を馬車に呼べ」

「も、申し訳ございません。現在同行している部下は全員が男です」

「なんだと!? 女は常に入れろと言ってあっただろうが。この役立たずが! ええい、不愉快だ。さっさと降りろ」


 ラルド王子は護衛隊長の首根っこを掴むと馬車から放り捨てた。低速とはいえ動いている馬車から人が一人落とされたにも関わらず護衛の兵士達は視線すら向けようとしない。まるでこれが日常風景であるかのように。


「ちっ、どいつもこいつも役立たず共が。だがカレンの婚約者となった男が男爵なのは好都合だ。男爵風情なら何をしても簡単に揉み消せるからな。クックック。待っていろよ、カレン。俺から聖女を奪った犯罪者に相応しい罰を与えてやる」


 泣き叫ぶカレンを想像して悦に浸るラルド王子はしかし気付いてはいなかった。自分が乗る馬車が自由都市に向かう進路からあまりにも大きく外れ始めていることに。

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