第8話 安心

 ロランと名乗った男爵は興奮する民衆を上手く落ち着かせてみせると、カレンとプリラを自分の屋敷に招いた。


「自分の家だと思って寛いでくれ。使用人も好きに使ってくれて構わない。それとカレン。ここまでの経緯を話せ。なぜ大公の娘ともあろうものが徒歩でここに? そもそも何故ラルド王子と婚約していたお前がこんなにも急に他国に嫁ぐことになったのだ?」


 道中一言も話さなかったと思えば、屋敷につくなり捲し立てられるようにそう言われて、カレンは目を瞬いた。


「坊っちゃま。カレン様とプリラ様は長旅でお疲れのことと思います。まずは食事と睡眠をしっかりと取っていただき、質問は明日からがよろしいかと」

「むっ……それもそうだな。ではアシヤ。後はお前に任せる」

「畏まりました」


 初老のメイドが頭を下げるその横でロランがジッとカレンを見つめる。


「あ、あの……男爵様?」

「ロランでいい。お前は大公の娘。何よりも俺の妻となる女だ。萎縮する必要などない」

「は、はい。ありがとうございます」


(よかった。優しそうな人で)


 ホッ、と息を付くカレン。そんな彼女をロランはやはりジッと見つめている。


「えっと、あの、……な、何でしょうか?」

「ふん」


 鼻を鳴らすとロランは部屋を出ていった。その後ろ姿をカレンはキョトンとした顔で見送る。失礼とも取れるロランの態度ではあったが、不思議とカレンは怒りを覚えなかった。むしろーー


(何かしらこの感じ。どこかで……)


「申し訳ありませんカレン様。坊っちゃま……ロラン様も悪気はないのです。ただ少し、人と話すのが苦手でして」

「えっと、アシヤさん……でよろしいでしょうか」

「はい。ただ敬称は不要です。カレン様はロラン様の婚約者。二人のご結婚が成れば私の主人となられるお方ですので」

「分かりました。ではアシヤ、ロラン様が人と話すのが苦手という話は本当なのですか?」


 興奮する民衆を風の魔術を使ったパフォーマンスとよく通る声で沈めた手腕を見た後だと、とても信じらない話だった。


「はい。大勢に語りかけたり、仕事のことを話すのはとてもお上手なのですが、日常関係のこととなると嘘のように無口になってしまって。そのせいでよく怖がられるのですが、本当はとても優しいお方なのですよ」

「そうですね。それはなんとなく分かります」

「あら、ふふ。そう言ってもらえると、アシヤは嬉しゅうございます」


 言葉通り嬉しそうに笑うアシヤ。そこでカレンはまだ大して話せていないロランを何故自分は優しいと信じきっているのか不思議に思った。


(何だろう。やっぱりロラン様って誰かに似てる気がするのよね)


 そのせいで殆ど話してないにも関わらず妙な安心感を覚えてしまっている。


(誰に似てるのかしら?)


 カレンが悩んでいるとーー


 クイクイ。と服の袖を引っ張られた。


「ん? ……プリラ? どうかした?」


 自分を見上げる妹にカレンは首を傾げた。だがプリラは姉を見つめるだけで中々口を開こうとしない。やがてーー


 グゥ。という音が小さな体から聞こえてきた。


「お腹空いたの?」

「……(コクン)」


 プリラの表情は変わらないがその頬はほんのりと赤らんでいた。


「あの、アシヤ。ついて早々申し訳ないのだけど、よければーー」

「はい。すぐにお食事の準備をいたしますね。食事を待つ間、よろしければ汗を流されてはいかがでしょうか」

「ありがとう。お言葉に甘えさてもらうわ」

「では、私は一旦失礼致しますね。御用の際は遠慮なくお声がけください」


 一礼して部屋を出ていくアシヤ。


「ほら、プリラ。もうお姉ちゃんと二人っきりだよ」


 お腹を鳴らしたのがよほど恥ずかしかったのか、プリラは姉に抱きついて赤くなった顔を見られないようにしていた。カレンはそんな妹の雪のように白い髪を優しく撫でる。


(こういう姿を見ていると魔物を吹き飛ばしたのが嘘みたいね。……って、ああっ!? そうか)


 普段は色々と不器用なのに、ここぞという時に凄い力を発揮する。カレンはロランが誰に似ているのかようやく分かった気がした。


「そっか。それは安心しちゃうよね」


 嬉しそうに微笑む姉を聖女な妹は不思議そうに見上げるのだった。

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