第5話 到着

「ついたわ。あれが隣国『サムーラ』の王都デルルガよ」


 森と砂漠の二つの顔を併せ持つ国サムーラ。その象徴たる王都デルルガは森を抜けた先、砂漠を背にするような場所に存在していた。

 砂漠の入り口、または出口ということもあってデルルガには多くの商人や旅人が立ち寄る。当然中には物騒なことを考える者達もいるが、一騎当千と名高いサムーラ軍に守られたデルルガは、いかなる無法者の狼藉も許さない自由都市としても有名だった。


 カレンは嬉しそうに妹と繋いでいる手を振った。


「ここまで来れたのもプリラとお友達のおかげね。本当にありがとう」

「…………(コクン)」


 と、無言で頷くプリラ。表情の変化が少なく、内心を読み取りにくいが、その顔はどこか誇らしげに見えた。

 カレンの髪を風がそっと撫でた。


「お友達、なんて言っているの?」


 カレンに精霊の声は聞こえない。だがプリラとずっと一緒にいることで気配のようなものを感じとることができるようになっていた。その感覚が告げているのだ。今、風の精霊が自分を取り巻いていると。


「……気にしないでって言ってる。やりたかったからやっただけって」

「そうなんだ。それでもありがとう。貴方達が運んでくれなかったら、今頃まだ森を彷徨っていたわ」


 カレンの口調はどこか興奮気味だ。風に運ばれて空を飛ぶ。一流の魔術師にでもならなければ体験できないような経験が彼女の白い頬を赤く染めていた。


 再び風がカレンの髪を撫でた。やはり何を言っているのかは分からなかったが、なんとなく何を言いたいのかは分かった気がして、カレンは微笑んだ。


「それじゃあ行こうか?」

「……(コクン)」


 二人は手を繋いだままデルルガの正門を目指して歩いた。多少距離があるが精霊の力で側まで寄ることで、いらない警戒をデルルガの兵士に与えたくはなかった。


「すごい人の数ね。それに活気がすごいわ」


 時間を掛けて辿り着いた正門の前には大勢の人達で列ができていた。


「一番右は貴族専用の列です。真ん中は商人。それ以外の方は左の列にお並びください」


 兵士の言葉を聞いて最初カレンは右の列に並ぼうとした。身分を証明する家紋入りの指輪にカレンが馬車に乗る際兵士が押し付けるように渡してきた書状があるので右に並んでも問題はないはずだ。何よりも夜の飛行は危ないということで昨夜は森の中で野宿をした。精霊のおかげで寒さに震えるようなことはなかったが、カレンは妹を早くちゃんとしたベッドで休ませてあげたかったのだ。だがーー


「皆、馬車なのね」


 貴族の列を通るのは馬車だけで、徒歩の者など一人もいない。それは商人の列も似たようなもので、全員が徒歩なのは一番左の列だけだった。兵士に直接話を通そうかとも思ったカレンであったが、自由都市というだけあって正門前は多くの人で混み合っている。場所によっては怒号が響き渡り、それを兵士たちが止めに入ったりと忙しそうだ。どの兵士も手一杯と言った感じで、とても話しかけられる雰囲気ではない。これなら左の列に並んで順番が来た時に説明した方が早そうだと思った。


「ごめんね。もうちょっと歩ける?」

「……(コクン)」

「疲れたらお姉ちゃんが背負ってあげるから、いつでも言ってね」


 プリラは首を左右に振った。


「平気。それに……」

「何? どうしたの?」

「お姉様と一緒で楽しい」

「プリラ……ふふ。ええ、そうね。お姉ちゃんも楽しいわ」


 考えてみれば妹と遠出など初めての経験だった。プリラに至っては生まれ育った街を出ること自体が初めてだろう。


(それなのに屋敷を飛び出してまで私を追いかけて来てくれるなんて。きっととても不安だったでしょうに)


 カレンの胸に強い決心が生まれる。


(王子の選んだ嫁ぎ先なんて不安だったけど。私のことよりもプリラだわ。この子に辛い思いなんて絶対にさせられない)


 愛する妹のためならば、どのような男とだって結婚できる。カレンにはその自信があった。何よりもーー


(ラルド王子に比べればどんな人だって、きっと素敵な紳士だわ)


 まだ見ぬ夫となる人物を思いながら、カレンはプリラと一緒に左の列へと並んだ。

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