第4話 王子の大嘘
「プリラがいなくなっただと? 一体どう言うことだ?」
城の一室にラルド王子の怒号が響き渡った。
「そ、それがメイドが朝起こしに行けばベッドがもぬけの殻だったと」
「どこかで遊んでいるのではないのか? それか……そうだ! 聖女らしくお祈りでもしているのだろう」
今や聖女であるプリラは誰もが注目する存在。それが失踪したなどと知れたらどれほどの騒ぎになることか。先の展開を予想するのが苦手なラルド王子であっても事態の深刻さは理解できた。
「いえ、プリラ様の部屋から服とお金がなくなっておりました。それと執事の部屋から一番大きなリュックが一つ消えて、代わりにプリラ様が所有する宝石が置いてあったそうです。以上のことから考えますとーー」
「まさかカレンを追いかけたのか? ええい、なんと愚かなことを。この私の元を去って姉を追うなど気狂いの如き所業ではないか。プリラは聖女ではなかったのか!?」
王子は苛立たしげにテーブルを蹴ると、その上を転がったコップを部下へと投げつけた。
「ッ!? そ、それで王子。いかがなされますか?」
「ふん。俺は知らんぞ! あの気狂い女が勝手に逃げたのだ。……そうだ! いいか、何も言うな。下々は俺とプリラの婚約を知らん。だから何も言わなければ俺に火の粉が降りかかることはない」
「で、ですが昨夜のパーティーで王子はご自身がプリラ様の婚約者になったと少なくない者に口にされておられました。このまま黙っていても、王子との婚約とプリラ様の失踪を関連づけた噂が流れるのは時間の問題かと」
「なぁ!? あっ……そ、そうか。昨日俺は、クソ! なんでこんなことに!?」
カレンを城から追い出した王子は厄介払いを済ませたことを祝して夜会を開いたのだ。突然のパーティーではあったが、それでも第一王子が開く宴だ。少なくない貴族が参加したその席で、王子はカレンをよその国に嫁がせたことや、自分が聖女であるプリラの婚約者になったことを自慢げに語った。
「……おい、正直に答えろ。俺のせいで聖女がこの国からいなくなったなどという根も葉もない悪評が立った場合、まずいと思うか?」
「は、はい。精霊と語らうことができる聖女様は教会の大司教様と同等かそれ以上の権力が与えられています。様々な国に多くの信者を抱え、さらに治癒魔術の権威である教会を敵に回すリスクは大きく。それをするくらいならばーー」
「ならば? なんだ、言ってみろ」
「おそらく王は教会との関係悪化を恐れて王子の王位継承権を剥奪されるかと」
「なんだと!? そんなバカな話があるか! では、なんだ。俺ではなくロナルルが王になると? 平民共に混じって泥だらけになるような出来損ないだぞあいつは!」
ラルド王子は弟の分際でやけに周りからの評価が高いロナルルのことが好きではなかった。
「クソが!」
近くにあった椅子を蹴り倒すラルド王子。その顔は憤怒と嫉妬に醜く歪んでいた。
(平民に媚びるような出来損ないがこの俺を差し置いて王になるだと? そんなことがあっていいわけがあるか)
「……よし。プリラは無理矢理カレンに連れ去られたことにしろ」
「…………は? あの、王子。今なんと?」
「だからプリラはカレンに無理矢理連れ去られたのだ。……そう、そうだ! カレンのやつは以前より隣国の貴族と結託して聖女を自分の道具にしようと画策していたのだ。それに気づいたこの俺が隣国から聖女を奪い返す。下々は俺を讃えてこう呼ぶのだ。英雄と」
喋っている内にラルド王子の中にふつふつと熱い感情が湧き起こってきた。口から出まかせを言ったつもりだったが、何だか本当にあり得そうな気がしてきたのだ。
(そうだ。よくよく考えればこの俺と結婚できるのに逃げるなどおかしな話だ。やはりカレンが連れ去ったに違いない)
「王子お考え直しください。隣国の貴族まで巻き込んでしまえば下手そすればせんそーー」
「やかましい!」
ラルドの拳が部下の顔を殴りつける。
「兵士風情が俺に意見などするな。貴様は言われた通りのことをすればいいのだ。分かったな?」
「しょ、承知致しました」
「ならばさっさと出発の準備をしろ。反逆者カレンを捉えて聖女の救出に向かう」
「……はい。失礼いたします」
殴られた兵士は部屋を出て行くまで王子と目を合わせようとはしなかった。
「ふん、役たたずが。待ってろよプリラ。今この俺が助けに行ってやるからな」
いつの間にか王子の頭の中では自分のついた嘘が真実へと変わっていた。ラルド王子は英雄と民に称えられる自分を夢想して、ほくそ笑むのだった。
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