第3話 予感

 プリラには生まれた時から様々な友達がいた。友達は色々な所を飛び回っている。火の中や風の中、水の中や土の中にも彼らはいる。彼らはとってもお喋りでプリラはそんな彼らと話すのが大好きだった。


「プリラ、虚空にぶつぶつと独り言を言うのを止めろと何度言えば分かるのだ?」

「貴方、この子は気が狂っているんですわ。放っておきましょう」


 プリラの両親はプリラが友達と話すと怒り狂い、ろくにプリラの話も聞かずに頭ごなしに口を閉じろと命じた。だがどんなに叱ってもプリラが友達と話すのをやめないものだから、最後には根負けした挙句、プリラを気狂いと決めつけて居ないものとして扱った。


「プリラ、またお友達とお喋りしてるの?」

「……うん」


 両親だけではなく使用人までもがプリラから距離を置く中、姉のカレンだけはプリラの話を聞いてくれた。


「ここにプリラのお友達がいるのね? えっと初めまして、プリラの姉のカレンです。って、私の言葉聞こえてるかな?」

「……うん」


 気狂いと決めつけられ、幼い頃から人と話す機会が与えられなかったプリラは生来の気質と合わさって言葉数が極端に少ない性格に成長してしまったが、カレンはそんなプリラの話を根気よく聞いて、プリラの言うお友達が本当にいるのだと当然のように信じた。


「またお父様に怒られてしまったの。頑張ってはいるのだけれども、中々結果が出せなくて歯痒いわ。それにラルド王子も立場の弱い人を虐めるのをやめてくれるといいのだけど……ごめんなさい。こんな話つまらないわよね」

「……お姉様、大丈夫?」

「プリラ……大丈夫よ。お姉ちゃんはね、プリラが居てくれるだけでどんなことがあってもへっちゃらなの」


 プリラは優しい姉が大好きだった。姉が困っているのに手助けできない自分が歯痒くて、プリラは人と話す特訓を始めた。


「貴方はまさか!? あの、少しよろしいですか?」


 家の恥ということで社交界どころか外出も自由にできないプリラではあったが、週に一度、姉と一緒に教会に通うことだけは許されていた。


 教会のシスターや神父はプリラの言葉にも耳を傾けてくれる。だからプリラは人と話す訓練がてら色々なことを神父に話した。すると何故だか神父は酷く驚いた顔をした。


「あの、ごく簡単なテストにお付き合い頂いてもよろしいでしょうか? お時間は取らせません。勿論お姉さんと一緒で構いませんので」


 何のことかよく分からなかったが姉と一緒ならプリラに嫌はなかった。実際テストはすごく簡単だった。なのにーー


「やはり君は、いや貴方は聖女様!? おおっ、こ、こんなことが」


 その日からプリラの世界は一変した。


「プリラ、ここがお前の新しい部屋だ。何か欲しいものがあればなんでも言いなさい」

「プリラ、後でお母様と一緒に買い物にいきましょうね。プリラは私達の大事な娘なんですもの、そんな庶民が着るような物を着ていてはいけないわよ」


 今までは屋敷の屋根裏部屋で寝起きしていたのに、突然広くて綺麗な部屋を与えられた。冷たい表情で距離を取るだけだった両親や使用人達がプリラを気にかけるようになった。そしてーー


「ほう、貴様が聖女だったとはな。これは驚きだ。ふむ。悪くないな」


 姉の婚約者であるラルド王子が、すごく嫌な目でプリラを見るようになった。そんな中、唯一変わらなかったのがカレンだ。


「プリラにちゃんとした部屋が与えられて嬉しいわ。あ、でもこれからはこっそりプリラを私の部屋に招く楽しみがなくなっちゃったわね。嬉しいけれど、少し寂しいかも。なんてね」


 色々な人たちが怖いくらい掌を返す中、唯一変わらぬ姉の存在はプリラにとって太陽のように輝いて見えた。


「……え? お姉様が?」


 だからこそ、風の中に居るお友達が慌ただしく伝えてくれたその事実を知っても、プリラは迷わなかった。何故なら姉は言ってくれたからだ。


 お姉ちゃんはね、プリラが居てくれるだけでどんなことがあってもへっちゃらなの。


 その言葉を胸に、プリラは牢屋のように息苦しい屋敷を飛び出した。きっともう二度とここには戻ってこない。そんな予感を覚えながら。

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