十二話 ちょっと家畜にはできないなあ

 元気なひよこが生まれた。

 バナナをトロトロにして頂いた。

 あとラビもトロトロになった。



 食事を終えるとさつま芋の苗の状態を見てみようと思い立って、苗のあるところへと向かった。


「おっきくなっているのです!」


「そうだな。そろそろ切り取って植え付けても良いかもしれない」


「やっとおイモが作れるのです」


 成長したさつま芋の苗は、葉とつるの間から更につるを出して葉を数枚つけていた。


 さつま芋というのは葉の脇から生えてくるので、土に植えた時に埋めた葉っぱの数だけさつま芋ができる。


 だからと言って、葉っぱをモリモリ植えたらいいと言うもんでもない。


 今がちょうど良い頃合いだろう。


「ご主人さま。今日は地上に降りないのです?」


「もちろん降りるさ。支度しておいで」


「はいなのです」


 さつま芋の苗を植えるには土が必要だ。


 だから今日は土を手に入れたい。


 ラビの支度が終わるのを待つと、俺はラビを腕に抱いて空へと飛び立った。




「また海がしばらく続くみたいだな」


「そうなのです?」


「うん。向こうに海が見えるだろう?」


 地上は再び海岸だった。


 そして、城なしの進む方に海があるので、明日からまた城なしは海の上を飛ぶ。


「でも、いっぱいごはんを集めたから、今度は大丈夫なのです!」


「そうだな」


 もう飢える心配はない。


「それじゃあ、地上に降りてみようか」


「なんだかちょぴりワクワクするのです!」


「そうかい。楽しいことがあるといいな」


 着地にちょうど良さそうな、海に突き出る崖に狙いを付けると高度を落とした。




 地上に降りると早速海の反対側を目指す。


 そこに待ち構えてるのはツルをつたって、木と木を渡りゆく、なんて事ができそうな森だ。


「きっとこれをジャングルと言うんだろうな」


「ジャングルって、何なのです?」


「こんな風に暑くて湿っぽくて、植物が密集している森の事だよ」


 奥に進むにはナタが欲しいが……。


 まあ、深く進まなくていいか。


「子供たちのごはんを集めるのです!」


「そうだなあ。毛虫みたいなやつや、固そうなやつはやめて、柔らかそうなの探すといい」


 俺はその間にさつま芋畑を作るための土を集める。


 土はあればあるほどいい。


 しかし、今日はすでに日が回っているので、あまり長い時間、地上にいられない。


「ご主人さま。このつの生えた虫が美味しそうなのです」


「カブトムシかあ。でっかいな。でも殻がな。いや、むき身にすれば大丈夫そうか」


 どのみち、ひよこに与えるには細かく刻んでやらないといけないから、カブトムシでもいいか。


 そのまま、食えるやつの方が、自力でエサをとる為のトレーニングになりそうだが、いまはまだいいだろう。


 しかし、美味しそうとは……。

 あー。

 ひよこになりきって見ているのかな。

 可愛らしい。


「ほらラビ。この壺に捕まえた虫をいれておくんだ。よくわからない虫がいたら声をかけておくれ。毒持っているのもいるだろうし、触っただけでカユイカユイになってしまうのもいるだろうからね」


「気を付けるのです! あっ、このギチギチ言ってるのは? あっ、こっちのヌメヌメしたのは? あっちには、ヒラヒラした──」


 そんなに聞かれまくったら作業が手につかないわ。

 でも、何かあったら危ないので全部一つ一つ丁寧に対応する。

 ちょっと煩わしいけど、カワイイからいいのだ。


 それに、畑を作るとなると虫を嫌がらない女の子は貴重すぎる。

 虫と畑は切っても切れない縁だ。

 やーん虫こわーいとか、そう言うの本当によろしくない。

 だが、ラビはどうだ?


「おっきい、いもむし見つけたのです」


 拳ほどもある、いもむしだってへっちゃらだ。

 素手で掴んで見せてくる。


 畑仕事するのにカワイイ女の子が、虫を恐がらずに一緒に手伝ってくれるんだぜ?

 前世では考えられない奇跡すぎる。


「いっぱいになったのです」


「じゃあ、そろそろ戻ろうか」


 俺も土をたくさん集められたので城なしに戻ることにした。

 だが、ちょっとしたアクシデントに見舞われる。

 空を飛ぶ為に崖に向かっていたときの事だ。

 ラビは急に足を止め、耳をぴくぴくさせ始めた。


 さわりたい。

 さわりたいがとても真剣な顔をしているので、そんなこと出来ない。

 こういう、りりしい表情もカワイイな。


「ご主人さま。何かくるのです」


「ん? 人かい? 魔物かい?」


「おそらく魔物なのです」


 魔物か。

 どんな魔物かにもよるし、固体差もあるのだが、基本、人間を一撃で即死させる程度の力は確実に持ち合わせている。

 それは、別段驚く事じゃあない。

 野生動物だって、人間を一撃で即死させる事ができる奴はいくらでもいる。

 最大の違いは──。


「フゴ! ブモオオオオオ!」


 出会い頭に絶対に襲いかかってくる事。


 てか、牛ぃ!?

 角が後ろに反り返ってて何とも恐ろしい。

 俺の知ってる牛さんと違う。

 大きさ5倍。

 凶悪さは10倍。

 こんなん、もはや、怪獣じゃないか。


「ラビ。逃げるぞ!」


「ひっ、わわわ」


 俺はラビの返事を待たずに、脇に抱えて駆け出した。


「見える!」


 当然、【風見鶏】も発動させる。

 これは風を見るスキルだが、それは視覚に限らない。

 五感の全てを使うので背後も見える。


 うわあ、早い。

 あんな巨体で足が早いとか嘘だろう。


 そりゃ盾役やってたことあるよ?

 丈夫だしな。

 だが、この牛さんは無理だ。

 確実に人間をオーバーキルするパワーあるもん。

 こちとら木々の間を避けながら駆けてるのに、牛さんは、なにこの雑草と言わんばかりに一直線たぜ?


「ブモオオオオオ!」


「ひあああああ! 怖い怖い怖い! ご主人さま、すぐ後ろまで迫ってるのです!」


「ギリギリでサイドステップしてかわす! そら、どんなもんだい!」


 牛さんの方が遥かに早いが、瞬発力にかける。

 一度避ければ、停止、反転、加速の手順を踏まなければならないので、逃げるのは容易い。


「ブモ! ブモ! ブモ!」


「ソイ! ソイ! ソイ!」


 華麗なる俺のステップ!

 いかん。

 ちょっと、自分に酔ってきた。

 なんか、脳みそから興奮する成分でも出ているんだろう。


 原始人は、マンモスを追いかけ回して疲れたところをブスりとしたんだっけかな。


 だが、牛さんに疲れる気配は微塵もない。

 やはり、逃げの一手よ。

 やっつけたところで、こんなん捌くの無理だわ。


「ご主人さま! 崖が見えてきたのです」


「ハアハアハアハア。このまま、空飛んでにげる! あっ……」


 だが、ここでやらかした。

 ちょっと調子に乗りすぎた。

 すんでのところで転んでしまったのだ。

 ラビは丁寧に庇ったので無傷だが、牛さんに最大のチャンスを与えてしまう。


「ご主人さま。早く立つのです!」


「ああ。だが……」


 間に合わない。

 俺はラビを崖に向かって突飛ばした。


「ひやああああ!?」


「ブモオオオオオ!」


「うおおおおお!」


 全身全霊の込められた突撃が、俺のケツに触れる。

 だが、同時に、前方へ飛び出すことで、衝撃を逃がし、ぶっ飛んだ勢いで、ラビをキャッチ。

 俺は空へと飛び立った。


「子牛なら、家畜にしても良かったんだけど。デカ過ぎて、ちょっと家畜にはできないなあ」


 だから、お逝き。


 突撃の勢いを殺せなかった牛さんは空を飛び、しかし、悲しいかな、その背中に翼は無く、重力に引かれ海の中へと飲まれていった。


「ご主人さま凄いのです! おっきいのやっつけたのです! あっ、でもご主人さま大丈夫なのです?」


「俺はもうだめだ。おしりが腫れて、二つに割れ、穴が空いてしまった」


「ひえええええ!? 大変なのです! 大変なのです! おしりが腫れて……。って、もとからなのです!」


 喜怒哀楽の変化が楽しいな。

 心配しなくても、あのぐらいでくたばりはしないさ。


「さあ、おうちに帰ろう。お日様が半分になっている。もうすぐ、夜がやってくる」


「はー。お日様が海に沈んでいくのです」


 最後にちょっと良いものが見られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る