十話 ケチくせえ、海ごと運ぶわ

 城なしが海にでた。

 飢えた。

 ラビに怒られた。



 着地のために高度を下げると、地上の様子が明らかになってきた。


 ほう……。

 綺麗なもんだ。

 これがエメラルド色の海ってやつか。

 砂浜でバカンスと洒落こむ事も出来そうだ。


 それにしても熱いな。

 ここは熱帯か?

 バナナ生えてるし。


 バナナか……。


 ラビは朝ごはんを食べていないんだよな。早く降りてバナナを食べさせあげよう。


 近くの崖に降り立つと、すぐに俺はラビの手を引いて砂浜に向かった。


「海の臭いがするのです!」


「そうだなあ。なんで海ってこんな臭いがするんだろうな」


 まか、そんな事よりバナナのところへ急ぎたい。


 しかし、靴に砂が入ったら嫌だな。


 そう考えて俺は靴を脱いで砂浜に一歩踏み出した。


 ザクッ。


 ジュワッ。


 そんな音が聞こえた気がした。


「うわっ、熱い! ラビ待って砂浜に入っちゃあダメだ。砂が焼けている!」


「ふえええ!?」


 俺は我慢できない事もない。

 だがラビはどうだろう。

 ラビもまた裸足だ。

 いや、考えるまでもない。


 俺はラビのご主人さまなのだ。


「ラビ、砂がとても熱くなってる。だから……」


「ご主人さま……? わっ、抱っこなのです!?」


「そうだ。お姫さま抱っこ。いや、奴隷さまだっこだよ」


 おんぶか抱っこで悩んだ。


 でもラビのお顔が見える方が安心するので、お姫さま抱っこにした。


「なんだかちょっと恥ずかしいのです……」


「おっと。じゃあ、おんぶにするか? なんならご主人さまが砂浜に伏せてラビの為の道になっても良い」


「ご、ご主人さまを踏み台になんて出来ないのです!? あ……。でも、ちょっとだけ楽しそうなのです……」


「ならばやって見せようじゃないか!」


 ラビを地面に下ろすと俺は砂浜に飛び込んだ。


「ふええええ!? ご主人さま!?」


「さあラビ。俺を足げにするんだ!」


「ご主人さま。やっぱりそんなことラビには出来ないのです!」


「だがラビ。ご主人さまは既に砂まみれ。このままなにも成さぬまま立ち上がってしまうのは、あまりに哀しく、そして、虚しくは無いだろうか!?」


「それは……。ご、ごもっともなのです!」


 そうだろう、そうだろう。


 俺はじわじわと砂に焼かれながらラビのおみ足の到着を待った。


 やがて背にラビの足が触れる。


 不安定な足場のせいでラビの体がぷるぷるしてるのが伝わってくる。


「乗ったのです!」


「じゃあ、発進するから、俺の翼にしっかり掴まっておくれ」


 背中と垂直に翼を立てるとラビの支えにした。


「うおおおおお……!」


 そして全力でほふく前進して砂浜を突き進む。


「な、なんなのです!? この動きはなんなのです!?」


「ほふく前進だ。敵から身を隠して突き進むのに大変優れている。将来役に立つかも知れないからしっかりと覚えておくと良い」


「全く隠れてないのです!」


 たしかによけい目立つ気はする。


 砂浜との地形的相性か。


「ご主人さま。ラビ重くないのです?」


「そんな事ないぞ?」


「そんな事あるのです。あっ! 片足で立てば重さも半分なのです!」


 なんという迷案。


 片足で立とうが両足で立とうが重さは同じだ。


 まあ、そんな事をしながらもバナナの木にはたどり着いた。


 バナナってヤツは一本の木に大量になるらしい。


 シャンデリアやひっくり返したウェディングケーキみたいに輪になって積み上がっている。


 なんだか、見てるだけでも気分が良い。


 俺は木に上ってバナナを取るとラビに差し出した。


「そら、バナナだ。美味しいよ。食べてごらん?」


「はい! いただきますなのです! あーん……」


 嬉しそうにバナナを口に運ぶラビ。


「あっ、待って。皮を剥いて食べるんだ。ほら、こうやって……」


「す、すごいのです! まるでこうやって食べられる様に出来ているみたいなのです!」


 ラビは、バナナの皮を剥く様子を予想外にも興奮しながら眺めて絶賛した。


 たしかにバナナの皮は不思議だな。


 言われてみれば、わざわざバナナが食べやすくあろうとしている様に見える。


「んんー。あ、ま、い、の、で、す!」


「そうかそうか。美味しいか。いっぱいお食べ」


 バナナは良いな。

 なんもせずむしってかぶり付けるのは素晴らしい。

 城なしに植えるか。


「お腹いっぱいになったのです!」


「そうかそうか。それじゃあ、もうひもじい思いをしないように、毎日たくさん食べられるように、食料をたくさん集めよう」


「はいなのです! あっ、でも、ラビじゃバナナに手は届かないし、海でお魚とるのもむずかしいのです……」


「そんな事は無いよ。ほら、おいで」


 ラビを抱えると波打ち際に向かった。


 波が砂の熱をさらっていくのでここなら素足でも熱くない。


「良いかいラビ。海に浮いているあの緑のふよふよした葉っぱも食べられるし、砂を掘れば……」


 貝が出てくるのだ。


「これなら、ラビでも集められるのです!」


「そうだろう? 城なしの作った壺を置いていくから、たくさん集めておくれ」


「わかったのです!」


 さて、俺はバナナを運ぶとしますか。

 しかし、それなら道具が欲しい。

 ふむ、アレを使ってしまうか。


 俺はウエストポーチから小箱を取り出す。

 そう。アイテムボックスだ。

 今度のはラビにあげた物の武器バージョン。


 鉄製の武器を作り出せる。


 えーっと、たしかカタログの後ろの方に……。


 パラパラとページをめくり目的のものを探す。


 大剣、長剣、シミター、カタール……。

 斧、ハルバード、ランス、モリ……。

 ツルハシ、クワ、スコップ!


 よし、これだ。


 アイテムボックスに手を当てて念じる。


 スコップ欲しい!


 ザクッ。


 するとどこからかスコップが現れ砂に刺さる。


 しかし、なんで武器のカタログにスコップがあるんだか。


 さて、バナナを城なしに持って帰るのは良いが、どこまで環境を再現すればバナナは育つんだ?


 あっ、いっそ城なしに海を作ってしまおうか。


 海があれば海で取れた食料放り込んでおける。

 それに魚を増やせるかもしれない。

 なんたる名案。


 まずは海水から……。

 いや、海底の砂から集めよう。


 しかし、そうなると砂浜と城なしを往復しなければならない。


「うーん。ウエストポーチに詰めるだけ詰めたはいいが、ラビを砂浜に残していくのは不安だな」


 毎回連れていくのも手間だ。

 なによりラビは既にびしょびしょに濡れている。  こんな状態で空飛んだら冷凍ウサギの完成だ。


 だから、空を飛ぶには乾くまで待たないといけない。


「ラビは一人でも大丈夫なのです。ラビのお耳はよーく聞こえるのです。魔物や悪い人が来たらちゃんと隠れるのです」


 ラビはお耳と胸を反らせて“ラビは優秀なのです!”と言わんばかりに振る舞って見せる。


 なるほど。


 非力なのに野生じみた過去を臭わせていたのは、長いお耳がそれを可能にしていたからなのか。


 だが、おドジには実績がある。


 不安しかない。


「ご主人さまはラビをもっと信用して欲しいのです」


「信用ってのは、行動と結果の裏付けがあって初めて生まれるもので、言葉だけじゃあダメなんだ」


「んー。んー。む、ず、か、し、い、のです……。あっ! でもでも、それじゃあ、ラビが一人でも大丈夫と見せるにはどうしたら良いのです?」


 むっ? それは……。


 なんだかへりくつな気もしないでもないが……。


 まあ、ここはラビの気持ちを汲んでみようか。


「わかった。ラビを信じてみるよ」


「はいなのです!」


 俺はラビを残して城なしに向かった。




 さて、城なしに穴を開けて砂をぶちまけたいところが……。

 城なしにスコップは通らんよな。

 掘る振りでもしたら意図を理解してくれるか?


 スコップで地面をつついてみる。


 カン、カン、カン……。


 反応は無い。


 ダメか。

 ならば魔法だな。


「【放て】」


 最大出力で放たれた魔法は城なしに大穴を開ける。


 俺が一人浸かるのに良さそうな風呂桶みたいだ。

 これじゃあ、とても砂浜と呼べはしない。

 でも、城なしならこれで理解してくれるハズ。


 まずはキレイに破片を穴から取り除く。

 海水浴とかするかも知れない。

 そんな時、破片で怪我をしない為の処置だ。


 そしたら、砂を注いで砂浜に戻る。

 今度は海水ウエストポーチに入れてきて穴に注ぐ。

 そして、ラビの集めた貝や海草をいれると……。


 ゴゴゴゴゴ……。


 思っていた通り城なしが穴を広げた。


 しかしまだ小さいので更に往復をくり返す。


 三度も往復するとだいぶ広くなった。


 まだまだ足りないな。

 もっと海を大きくしたい。


 俺は更に往復を続けた。


 その途中──。



「あっ、ご主人さま。丁度良いところに来たのです」


 砂浜にラビの成果を受け取りに向かったところで、ラビが俺に気づいてとてとてと駆けて来た。


「何かあったのかい?」


「ご主人さま。ラビはすごいの見つけたのです!」


「すごいの? どれ、見せてごらん」


 ラビは後ろ手になにか隠して嬉しそうにもったいぶってみせる。

 

 キレイな貝でも見付けたのかな?

 女の子ってそう言うの好きそうだしね。

 いや、女の子に限ったことじゃあないか。


 俺も前生は子供の頃にキレイな貝を探したわ。


 そんな懐かしき日の思い出が脳裏を掠める。


 ラビはよほど夢中になって食料を集めたのか、茶色いあんよが、砂みれで灰色になっている。


 そんなラビは、どこかイタズラに俺を驚かせようとするような、そんな笑みを浮かべて手を差し出した。


「へへっ、はいなのです!」


 ブルンブルン、びったんびったん……!


「うおおおっ!? なんだこのうねうねしたのは!」


 黒くてイモムシみたいでちょっとグロい。


 容赦なく掴むものだからものすごく苦しそうだ。


 なんてものを掴んどる。


「なんだか美味しい予感がするのです!」


 美味しい?

 なぜこれを見てそう思った?

 食えるのかなこれ。


 いやしかし、どこかで見たような……。


 海、砂浜、うねうね、美味しい。


「あっ! 多分ナマコだこれ!」


「知っているのです?」


「いや、生で見たことはないんだが……。ともかくこれは確かに食べられる」


 食べ方も味も知らない。

 なによりも食べたくない。

 それでも、まあ、あった方がいいか?



 ──そんな事もあったりしながら日は暮れる。


 さすがに夜までラビを砂浜に置いていくのはよろしくないので、城なしに連れて帰った。


「ご主人さま。もう夜なのです。残りは明日にするのです」


「それはダメだ。寝たらまた海に出てしまうかも知れない。でも、城なしは俺が地上にいる間は移動しない。だから今日は寝ない」


「えええっ? 寝ないと死んじゃうのです!」


 一度徹夜したぐらいじゃ死なない。


 俺は元ニートだ。

 ニートには徹夜に対する耐性がある。

 不規則な生活を繰り返し、気がついたら三日間寝ていなかったなんてざらだ。


 まったく問題がない。


「良いかいラビ。人にはどうしても頑張らないといけない時があるんだ。俺は今がその時なんだと思う」


「頑張らないといけない時なのです?」


「そうだ。顔も知らない誰かの為に努力するなんて死んでもイヤだけど、これはラビと俺の為なんだ。だから……」


「む、ムムム。また、丸め込もうとしてるのです? ご主人さまが寝ないならラビも寝ないのです!」


「うーん。それは困るなあ。明日も食料集めを手伝って欲しいんだ。俺一人じゃマンパワーが足りないからね。でもラビは寝ないと辛いだろう?」


 この星も地球と同じように南極や北極があるのかも知れない。


 いや、これだけ地球と似ている星なんだ。


 きっとあるだろう。


 もし、城なしがその上空を通る進路を取ったら?


 今度は6日ぐらいじゃあ済まない。


 だから、ありったけ食料を集める必要がある。


 そんな訳で根気強く徹夜の必要性を説明し納得してもらった。


「わかったのです。でもご主人さま。絶対に無理しちゃダメなのです」


「ああ、モチロン!」


 全力で無理をするに決まってる。



 それから日が登り、また沈み……。


 3日が経った。



 そして、とうとう城なしに海が出来上がった。

 面積は実に城なしの3分の1にも及ぶ。

 水深は最大で俺を縦に三人分。


 見た目は砂漠にあるオアシスといったところだ。


 海水をどぼどぼ流し込んだものだから水が濁っているが、そのうちそれも落ちついて透き通った海になると思われる。


 中には昆布やワカメや貝、そして、ラビが握りしめていたナマコを放した。


 他にもウエストポーチを丸ごと海に突っ込んだため、海水と一緒に入ったタコや魚、小さな蟹もいる。


 なんの魚かはわからん。


 そんな海の周りにバナナの子株を30本は植えた。


 いつしか良い雰囲気を醸(かも)し出してくれるだろう。


「ご主人さますごいのです! すごいのです!」


「あっはっはっはっ! マイホームに海があるヤツなんてそうはおらんだろう? どんなもんだい。俺だって……」


 ドサッ……。


「ご、ご主人さま!? しっかりするのです! 倒れたらラビじゃ運べないのです!」


 3日ぐらいなら寝なくても大丈夫なんて言うのは、家でなにもせずごろごろしていたから可能だったのだ。


 体が3日分の睡眠を寄越せといわんばかりにやって来て、俺はそのまま深い眠りについた。

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