第6話 栞さんが本性見せてきたわ @5


「――この二人と私。誰が一番可愛いと思いますか?」


 ねぇやっぱり怒ってるじゃん。


 横に座る栞さんが、下から覗き込むように僕の顔を見つめていた。

 目を大きく見開いたまま、ゆっくりと僕の顔に近づいてくるの、そこらのホラゲーよりも遥かに怖いからやめて欲しい。


 僕は冷や汗をダラダラと流しながら、その問いを脳裏で繰り返す。


――誰が一番可愛いと思いますか?


 なんとも難しい質問である。

 思ったことをハッキリと述べるのであれば、「女の子に順位なんてつけられるか」にはなるが、その答えを口にしたところで、栞さんの許しを得られるとは思えなかった。


 このピンチを逃れる為だけに、「栞さんが一番だ」と言うこともできるけれど、しかし写真の彼女ら二人もまた冒険を共にした、僕にとっての大切な仲間だ。

 例え彼女らがこの場に居ない今だとしても、悪く言う気にはなれない。


 再び現れた答えのない質問に、胃が痛み出すのを感じる。


「……っ」

 

 そして、正解を探して探して探し尽くした果てに、僕は一つの結論に辿り着いた。


――答えが無いなら答えなければ良い、と。


 勿論、無視するとかそういう話ではない。強引に話題を変えるのだ。


 行動を決めた僕は、意味ありげにゆっくりと立ち上がり、無理やり己に風格を宿す。

 ハッタリが半分と思い込み、あとはヤケクソがほんの少しといったところか。


 要するに、「カッコつける」のである。


「……僕も、舐められたものだね」


 唐突な僕の発言を聞いて、栞さんは不審げに僕を見上げた。

 その瞳には相変わらずハイライトが無く、つい膝が震えそうになるが全力で耐える。


「もしかして栞さん……僕が女の子を見た目で判断するような男だと思ってる?」


 それは呆れと煽りを、半々くらいで混ぜ合わせたような声。


 大事なのは勢いだ。栞さんが疑問を持つ前に、一気に駆け抜ける勢いが必要だった。


 栞さんは僕の言葉を聞いて、何かを言おうとするが――


「女の子は、中身だッ!!!!!!」


――気にせず、押し切る。


「あの、風y」

「むしろ中身以外に何が要るッ!?!?」


――押し切る。


「風弥さ」

「何も要らんだろ!?性格だけで十分だろ!?」


――押し切る。


「風y」

「性格イズ大事フォーエバー!!!!!」


――押し切る。


「ふ」

「ちなみに僕の好きな女の子キャラは、ストーリーに関係しないモブキャラです!!!」


「…………」

「僕は、優しい女の子が、大好きだ!!!!」


――押し切れ。


「…………」


「…………」


 喚きに喚きまくった僕が黙ることで、この部屋には沈黙が満ちる。


 落ち着いて正面を見ると、目の前には死んだ魚のような瞳で、僕を見つめる栞さんがいた。それはまるで、道端の小石を見るような悲しい視線。


 この空気はこの空気でシンドイが、さっきまでの射殺すような瞳に比べれば遥かにマシだ。

 間違いなく事態は好転したと言えるだろう。


「何か異論でも?」


 繰り返すが、大事なのは勢いである。


「……いえ、別に」


 勝った。

 これはもう僕の勝ちだ。


 何に勝ったのかもよく分からないし、失った物がやけに多い気もするが、当初の目的は完璧に果たした。

 これ以上の成果は望めまい。

 

 僕は息を落ち着けながら、もう一度床に座る。

 しかし今度は正座ではなく、リラックスした足組みの格好を取った。もう一度正座をしたら、あの雰囲気に戻ってしまいそうに思えたのだ。

 

 僕は再び、栞さんと視線を合わせる。

 彼女は頬を掻いていて、その様子は先程と比べると、かなり落ち着いたように見えた。


「……すみません、風弥さん。つい我を失っていました」


「分かってくれれば良いのです。僕が、顔で女の子を判断するような男では無いのだと」


「いや……まぁ、はい。もうそれでいいです」


 あぁ、これは本当に大事なものを失っちゃったっぽいな。

 信頼とか。


 しかし初めの狙いとは別に、僕の奇行によって、栞さんが拍子抜けしてくたのは事実らしい。

 僕はようやく、素の彼女と対面することに成功した。


 沈黙の中、僕による三度の咳払いを経て、やっと僕らの会話は進行し始める。


「あはは……。それにしても、恥ずかしいところを見られてしまいましたね。誰かを好きになるのは初めての経験でしたが……、まさかこんな感情になるなんて」


 栞さんは恥ずかしそうに、はにかんで笑う。


 その笑顔も強烈ではあったがそれ以上に、さり気なく、なんでもないことのように告げられた、「好き」という言葉に、つい動揺させられてしまった。


「……。好きとか、そんな軽く言わない方が良いですぜ?」


「?……隠すようなことですか?私は貴方のことが好きですよ」


 あぁなるほどな、と。


 やはり直接顔を合わせねば分からない、本人の特徴というものを、まざまざと見せつけられた気分になった。


 ツンデレとは真逆、天然や無知ともまた違う。

 感情を理解した上で、素直に接してくるのが、この栞という女性なのだろう。


 不意にドキリとさせられてはしまったが、しかし僕がヒロインとの出会いを避けていることに、変わりはない。


「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、僕は栞さんとは付き合えません」


 だからしっかりと、その告白は断らせて貰うことにした。


「……っ」


 瞬間、栞さんの表情が曇ったように見えたが、しかし瞬きの後には元の表情に戻る。


 強い心。感情整理の上手さ。

 ほんの少し話しただけで、その性格が見えてくる。それほどまでに、彼女の軸は安定していた。


 むしろ気になるのは、そこまで感情の扱いに慣れているのに、嫉妬だけはコントロール出来ないところ。

 どんだけ嫉妬深いんだよ、と僕は少し怖くなる。


 栞さんは僕の言葉を気にした様子はなく、微笑んだまま口を開いた。


「ふふっ、おかしなことを言いますね。確かに好きとは言いましたが、付き合ってくださいとは言ってませんよ?」


「む?」


「それに、その好きが恋愛的な好きだとも、話した覚えはありません」


「……た、確かに」


 少し早計だったな、と僕は申し訳なくなる――


「まぁ、ちゃんと恋愛的に好きですけど」


「ぶふぉっ」


――必要は、無かったようだ。


 どうにも弄ばれてる感が否めない。


「でなければ、あんなに嫉妬したりしませんし」


「だよね。……うん、言われてみればそりゃそうだ」


 好きだ好きだと繰り返されて、自分の顔が熱くなってしまうのが分かった。


 普通なら告白を断れば、もう少し気まずくなりそうなものだが、どういう訳か栞さんは構わず話しかけてくる。

 彼女は一体、何を考えているのだろうか。


 僕が首を傾げるのも束の間、その答えは明かされた。


「ただ、不思議です。私を助けようとしたり、ナンパだなんて発言をしたり――まして、先の私の言葉に顔を赤らめたりと。正直なところ、私に好意を持っていただけているとしか、思えないのです。……何故、私ではダメなのでしょう?」


 まさに核心を突くような、鋭い質問として。


「…………っ」


 「君がヒロインに属する人間だからだ」などと、言えるはずないだろう。

 君と関わりたくないから、君の告白を断ったのだ、なんて女の子に向けていい言葉ではない。


「……なんとなく、栞さんとは合わない気がしたからさ。僕なんかと付き合っても、楽しくないよ」

 

「……?『女の子は性格が大事』と豪語した風弥さんが、まだほとんど会話もしていない私に話す断り文句としては、些か不十分に思えますが」


 くっ、まさか自分の発言に首を絞められるとは……っ!

 

「何か言いづらい理由でも?勿論、無理に聞くつもりはありませんけれど……やはり女の子的には、自分がフラれた理由くらい、知りたいところです」


 そりゃそうだ。

 己の考えなしさに、頭痛がしてくる。


「話せませんか?」


「う、む……むむぅ」


 僕は言葉を濁すことしか出来なかった。


 そのままほんの数秒が過ぎると、栞さんは苦笑いを浮かべ始める。


「あはは……。大丈夫ですよ、そんなに悩まなくても。屋上から飛び降りた私を受け止めたり、異世界に行った経験がある――なんて、普通ではない風弥さんのことです。普通ではない理由でフラれても、何もおかしくはありませんから」


「ごめん……って、え?異世界云々の話も聞いてたの?」


「それはそうですよ。私は、風弥さんの影の中にいたのですから」


「か、影……?なるほど、そういうことね」


 栞さんが突然に現れた理由を、僕はようやく理解する。

 如何にも吸血鬼らしい方法だなと。


 僕はふと、栞さんが何やら緊張していることに気づいた。


「風弥さんに、複雑な理由があることは分かりました。これ以上は、何も聞かないことを約束します。……その代わり、一つお願いを聞いて貰えませんか?」


「お願い?」


 僕は静かに耳を傾ける。


 栞さんは恥ずかしげに俯きながら、ぽつぽつと話す。


「その……。わ、私とお友達になってくれませんか?いきなり恋人とは言いません。さっきみたいな嫉妬も、出来る限り抑えるので…………、ダ、ダメでしょうか?」


 友達。


 結論から言えば、ダメだ。


 僕の目的は、彼女のようなヒロインと一切の関係を断つことであり、それは友人関係すら許されない。

 恋人だろうが友人だろうが、何かの繋がりがあれば僕は全力で助けたいと思ってしまうし、そしてきっと助けに行ってしまう。


 だから友達になってくれという彼女の頼みも、容赦なく断るのが、僕にとっての正解なのだ。


「勿論いいよ。仲良くしようね」


 でも、そこまで鬼になれる訳もなく。

 僕は笑顔でそのお願いを、受け入れることにした。


 きっと恋人よりはマシだろうと、僕は己を割り切った。


「あ、あぅ。……なんだか、表情が……、上手く……」


 見れば栞さんは、ニヤける表情を抑えようと、必死に顔をこねくり回している。


 その日、僕は吸血鬼の女の子と、友達になった。

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