第7話 大学生の飲み会なんてこんなもん@1
さて、と一区切りの呟きくらいは許されたい。
主人公補正を持つこの僕とはいえ、栞さんと出会った今日一日は、中々にハードでスリリングだったのだ。
最初の出会いは屋上からの落下で、二度目の出会いは不法侵入。街で語れば鼻で笑われること請け合いの、あまりにも巫山戯きったイベントラッシュである。
むしろよくもまぁこんな始まりで、友人なんてありきたりな関係に落ち着けたものだなとも思う。
吸血鬼の友達。
何気なく口にするには随分と非現実的なワードだが、今さら何かを言うつもりはない。
一度口にした約束を反故にするなど、主人公云々ではなく一人の人間としてよろしくないだろうと、この僕――有路乃風弥は感じる次第だった。
「……友達、か」
ところで話は変わるが、「友達」の基準とは何なのだろう?僕はこの関係を、随分と曖昧で測り難いものだと思っている。
「知り合い」よりは親密で、「親友」や「恋人」よりはやや弱い。言葉遊びのように並べ替えることは出来るが、しかし明確なラインなど何処にもないではないか。
とはいえ僕と栞さんが友達なのは間違いない。
何故なら、栞さんの「友達になろう」というお願いに対して、僕が「いいよ」と返事をしたからだ。言葉によって形作られたそれは、間違いなく言葉通りの関係だと言えた。
しかし、例えばである。
異世界グレイシアで冒険を共にしたイケメン――ユーフェルは、僕の友達だと言えるだろうか?残念なことに、僕は彼と「友達になろう」なんて会話をした覚えはない。
故に僕とユーフェルの関係が、本当に友達だったとは断言出来ないのだ。
僕は彼を友達以上の「仲間」として捉えていたが、果たしてユーフェルが僕をどう思っていたのかは不明である。
僕らの関係は良好ではあったが、しかし「友達」か「仲間」か、もしくはそれ以外の何かだったのかは、今ではもう答えの出ない疑問だった。
そして今、僕の横には一人の男が座っている。
藤戸 真司という、これまた僕との関係が不明の男だ。
「真治。僕らって友達だと思う?」
「はっ、俺らの関係はそんなチャチなもんじゃねぇよ」
真治はそう話しながら、軽く僕の肩を叩く。
その僅かな衝撃に、僕はそこはかとない安心感を覚えた。
僕らが今居るのは、近所の居酒屋『やいやい』である。
手頃な料金でたらふく飲み食いできる、大学生の味方と名高い名店だ。
メンバーは我ら教育学部理科専修……及び、法学部法律学科。
これは二つの学科がタイミングを合わせた訳ではなく、偶然にもお互いの学科飲みが、同じ店の同じ時間に被ったというだけのことだった。
法学部法律学科――それは栞さんの所属する学科である。
僕と真治のすぐ横には、それぞれ一人の女性が陣取っていた。
「風弥さん、もう一杯だけ飲みましょ?ね?……大丈夫です、酔い潰れたら私がお家まで運びますから」
「しーんーじ!!ウチの注いだ酒が飲めないの!?飲め!!良いから早く飲め!!」
こんな状況でもし酔い潰れたらどうなるか、なんて火を見るよりも明らかだ。
「……」
僕と真治は各々のピンチを前に、全身全霊を持って協力し合うことを決めた。
貞操を守るために、そして男としての威厳を保つために。
そう、今この瞬間の僕らの関係は「友達」なんて言葉じゃ表しきれない。
「「(――さぁ生き残ろうぜ、相棒)」」
背中を預け合う「相棒」として、危機を切り抜けるのだ。
☆彡 ☆彡 ☆彡
栞さんを玄関まで見送った僕は、スマホを手にして時間を確認した。
そこに示された数字は17:25。栞さんとの鬼ごっこを開始したのが確か12:30くらいだったので、諸々含めて約5時間を彼女と過ごした計算になる。
無事に栞さんと和解した僕は、スマホを元に戻して貰うことも出来た。どういう訳か、スマホの調子がむしろ良くなった気すらするので、買い替えはもう少し先でも大丈夫かもしれない。
そんなことを考えながらぼけーっとスマホを見ていた僕であるが、しかしふと己のミスに気づく。
「……あ。5限目の講義忘れてた」
確か「教育心理学」だったか。
受講人数の多い講義なので、サボったからといって教授に目を付けられることはないが、しかし記名式で出席の確認は行われるのだ。
優等生でもない僕は点数なんて気にしていないし、なんなら単位を貰えさえすればそれで良いと思っている。
だから最低出席数ギリギリまではサボっても問題ない……のだけれど、確実に落単へ一歩近づいた訳なので、若干気が重くなるのを感じた。
「……今さら考えても仕方ないか」
僕は溜め息を吐きながら、頭を搔く。
そして自室のベッドに寝転がり、再びスマホの画面を灯した。
ぼんやりとTwiterを眺めていると、タイムラインに学科メンバーの知り合いによる呟きが流れてくる。
やれ彼女と何処へ行っただとか、何々を一緒に食べただとかと、リア充発言が目について鬱陶しい。
反射的にブロックしたい気持ちになるが、しかしリアルの知り合い相手にブロックしたことがバレると面倒なので、そんなことをする訳にもいかず。
せめてもの抵抗として「絶対にいいねはしねぇからな」と、心の中で吐き捨ててやるのだった。
そんな中、とあるツイートが目に止まる。
『今日の飲み会楽しみ!今年の一年は初の学科飲みだよね?可愛い女の子いるかなー』
特に変わった内容ではないが、しかし僕と同じ「教育学部理科専修」の人間が、「学科飲み」という単語を出せばそりゃ目につくというもの。
必然的に、僕も参加権を持つのだから。
「……やっべ、完全に忘れてた」
飲み会に関する連絡が来たのが随分と前だったせいか、記憶の彼方に飛んでいた。
もちろん参加義務など無いけれど、しかし彼女を作る大チャンス。行かない理由など何処にもない。
二年生である僕にとって、学年の枠を越えての学科飲みはこれが二度目となる。
去年は奇しくも撃沈したので、今年こそは頑張りたいところだ。
「確か19時からだっけ?」
僕はスマホのカレンダーを開きながら、一人呟く。
近場なので焦らずとも平気だが、しかし風呂くらいは浴びたかった。面識のない一年生も多いし、やはり初対面での清潔感は大切だと思う。
「……うし、気合い入れていこ」
今日こそ彼女を作るぞ、と頬を張ってみる。
ただ栞さんの告白を断った直後ということもあり、なんとも言葉にし辛い複雑さを感じるのだった。
――『ヒロインとは関わらない』。
それが僕の決めたルールだから、どうしようもないのだけれど。
申し訳ないが、友達が限界ラインだ。
☆彡 ☆彡 ☆彡
薄暗くなった空を見上げながら、暑苦しい道を歩いていく。ぽつぽつと街灯が灯り、店の光が目立つ時間帯となった。
僕の通う「新邦大学」の周りには飲食店がバカみたいに多く
、居酒屋にカフェ、ラーメン屋と大学生を狙った店が山ほどにある。
大学で流行れば大儲け間違いなし、という考えなのだろうが、しかしこの辺りは店の入れ替わりも激しいので、競争率は高いのだと思う。
大学生は安くて量を食えればそれで良い――みたいな思考回路の奴が多いため、頭の悪い店が一つ生まれるとそちらへと人が集まるのだ。
大学近郊において、「大盛無料」は当たり前。
大学生の巨大な胃袋を満足させた上で、どこまで味に拘りを持てるかが勝負の鍵である。
今日学科飲みが行われる居酒屋『やいやい』も、我ら大学生に根強い人気を誇る名店だ。なんと一人たったの2500円で、飲み放題+コース料理が振る舞われるというコスパの良さである。
こういった店の場合、アルコールが薄いことも多いのだが、しかし『やいやい』はその辺りもバッチリクリア。
僕も自信を持ってオススメ出来る居酒屋だった。
店に近づくと人混みが見えてくる。
恐らくは僕と同じ学科の連中だ。馴染みのない顔が大半だが、しかしチラホラと顔見知りも確認できた。
僕と同じ二年生であれば全員把握しているのだが、しかし他学年となるとそうは行かない。一年生、二年生の段階ではゼミもないので、他学年との交流は薄いのだ。
誰か仲の良い奴いないかなー、と辺りを見回していると、ふと誰かが僕の後ろで立ち止まる気配を感じた。
「よぉ風弥。生きてたんだな」
「あ、真治!死ね!」
「出会い頭に殴りかかるのはやめろよお前」
声を掛けられ振り向くと、そこには真治が立っていた――ので殴った。何もおかしなことはあるまい。
残念ながら僕の拳は、真治の手のひらによって受け止められてしまう。
「テメェさっきはよくも僕を置いて逃げてくれやがったな……っ!」
「あ、あれは仕方ないだろ。俺が居ても意味ねぇし」
「お前が一緒に死ぬことに意味があんだよっ!」
「何それ心中?もしかして俺のこと好きなのか?」
僕は真治が苦しむ姿を見るのは好きなので、あながち間違いでもないが。
それにしても「彼女に呼ばれてる」なんて嘘まで吐いて逃げるとは、童貞の風上にもおけないクソ野郎だ。童貞なら童貞らしく散れ。
僕は股間に追撃を決めてやろうかと膝に力を篭めるが、
「そんな怒んなって。代わりにほら、『教育心理学』の講義は代筆しといてやったから」
しかしその言葉で、呆気に取られる。
「……マジ?」
「マジマジ。風弥の出席日数もちゃんと増えてる」
代筆とはつまり、「出席しましたよ」という証拠になる記名を、他人が代わりに書いてしまう行為である。
即ち真治は「藤戸 真治」と「有路乃 風弥」の、二つの名前を記入した訳だ。
僕は葛藤の果てに、どうにか拳を抑えることに決める。
「……くっ、今回の件は水に流してやる」
「俺は何も悪いことしてねぇけどな」
流石は真治、気が利くぜと。そう思わずにはいられなかった。
僕は改めて周囲を見渡してみる。
「それにしても縦飲みって人数多いね。欠席もいるけど、それでも40人くらいは集まりそう?」
「そうだな。やっぱり一年がほぼ揃ってるってのがデカい」
僕らの学科は、一学年が約15人で構成される
軽く見た感じだと今日の飲み会は、一年生が大体参加、他学年が五割くらいの出席率になりそうだ。
やはり一年生は先輩との繋がりと確保しておきたい、という考えが強いのだろう。先輩と仲良くなっておけば、楽に単位を貰える講義――通称「楽単」についても聞けるしね。
ちなみに僕は、三年生である真治に楽単は教わった。
僕と真治は同い年なのだが、しかし僕は一度の浪人を経験しているので、学年に一つのズレがあるのだ。
え、浪人した理由?異世界行ってたからだよ。
「風弥、お前はもう目をつけてる子はいんのか?」
真治はニヤリと笑い、僕を見る。
この様子だと、コイツは既にターゲットを決めているのかもしれない。
「うーん……?」
早速僕も、探すことにする。
話したことの無い相手が多いので、どうしても容姿だけで判断することにはなるが、こればかりは仕方あるまい。
はて好みの女の子は見つかるだろうか。
まだ飲み会も始まっていないので、現段階では元々の知り合い同士で話しているグループが多く見えた。どちらかと言えば男は男、女は女で集まって話している印象が強い。
そんな中で僕は、一人ポツンとスマホを見つめる女の子を発見する。
銀髪を肩口まで伸ばした、無表情な少女だ。他を寄せ付けないような冷たい雰囲気で、望んで一人で居るのかとすら思える。彼女はだぼっとしたサマーニットを着込み、脚には膝上まで届くニーソを身に付けていた。
髪色も含めて全体的に白色の印象。彼女の放つ凍てついたオーラと合わさり、見ていると今が夏であるにも関わらず、薄ら寒い感覚を覚えさせられた。
「あの子、可愛くない?」
「ん?……確かに可愛いな。俺は見覚えないし、少なくとも三年四年でないぞ」
「じゃあ一年だね」
二年である僕も、彼女を見たことはなかった。
「だがあれは彼氏いるだろ。男が放っておくとは思えねぇ」
「……僕もそう思う。まぁ今日のところはあの子と話してみて、彼氏持ちだと分かったら撤退かな」
「そうしとけ」
合コンとは違い、彼氏持ちの可能性が付き纏うのがなんとも厄介である。
いや合コンだから絶対に平気って訳でもないが、しかし悪者にされる心配はない分、幾らか安心ではあった。
『開始15分前でーす!もう店に入っても大丈夫らしいんで、入れる人から入っちゃってください!席はクジで決めるんで、入口で引くのを忘れないようにお願いします!』
「だってさ真治」
「クジか。まぁ中盤になれば、どいつもこいつも立ち上がって移動するから心配ねぇよ」
そして僕らは、店の中へと入っていった。
真治はそう言うが、しかしクジで彼女の隣を引けるに越したことはない。僕は軽く両手を合わせ、神様に祈ることにする。
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