第3話 栞さんが本性見せてきたわ @2
――この中には一体何が……?
僕は震える手を押さえつけながら、ロック画面を解除する。
鬼が出ても蛇が出ても驚かないぞと、意志を固めて画面へと目をやった――が、しかし。
「……。……ホーム画面には、特に変わったところは無さそう、かな」
壁紙は相変わらず栞さんの自撮りであるものの、僕を追い詰めるようなトラップは見当たらない。
横で僕のスマホを覗き込んでいる真治も、大きなリアクションは見せなかった。
「そうだな。ロックを解除すると栞さんの写真がウインクしてる写真に変わって、まるでロック解除の瞬間にウインクしたように見える、っていう細かいギミックはあるがそれ以外は何も無いな」
「え、ホントに?僕は全然気づかな――ってホントだ!?凄い!ウインクして見える!か、かわ……めっちゃ可愛い!!」
真治の言葉を聞いて、僕はすかさず試してみる。
すると背景も表情もほとんど同じ「ウインクの有無だけ異なる二枚の写真」を用いることによって、確かに栞さんがウインクしたかのように見えた。
こんなギミックを仕掛けてくるとは吸血鬼恐るべし。
「そんなに驚くなよ。少し前に流行ってただろうが」
「そ、そうなんだ……」
僕ってば吸血鬼に流行の取り入れで負けてるのか。
そう考えると少し悲しくなるな。
「僕はてっきりロック解除の瞬間に、とんでもない罠が仕掛けられてると思ってたよ。大した罠じゃなくて良かった」
「……いや、これは可愛いって思わされた時点で罠に掛かってんじゃねぇのか?栞さんの目的は完璧に果たされている気もするが……」
「え?何か言った?」
「なんでもねぇよ」
真治が何か独り言を呟いていた気もするが、しかし僕の耳までは届かなかった。
なんだか重要な一言だったようにも思えるけれど、僕は一旦忘れることにして、スマホに埋められた地雷の特定を続ける。
「うわ、RINEと電話帳から女の子の連絡先だけ全部消されてる……」
「想定内だろ」
「まぁね。でもお母さんと妹の連絡先まで消さなくても良くないかな」
「栞さん的にはそれすらも警戒すべき対象、ってことなんだろうな」
「勘弁してよ……」
などと話しながらも、調査は順調に進んでいき――
「……ん?これは……」
すると今度は、見慣れないアプリの存在に気づいた。
――【《100%当たる!》恋愛超診断】
ピンク色のアイコンで彩られた、ハートが全面に押し出されたアイコンである。
「なんだ風弥、こんなアプリ入れてんのか」
「まさか。確実に栞さんの仕業だよ」
僕だって彼女が欲しくて堪らない男の一人だから、恋愛診断というもの自体には多少の興味はあるが、しかし一人寂しく試すようなタイプでもない。
友人と遊んでいるときのノリや、或いは合コンの際にパパっとダウンロードして使うくらいである。
「試しに押してみるか?」
「そうだね」
かなり不用心ではあるけれど、このときの僕らは既に危機感よりも、「このスマホ何されたん?」という好奇心の方が上回っていた。
早速とばかりにタップすると、画面が切り替わり文字が現れる。
『このアプリでは、いくつかの質問に答えることで貴方の[運命の人]を調べることが出来ます。また顔写真を撮影することで、より正確な結果を測定することが可能です』
「へぇ、よく出来てるね」
「顔写真まで使うとは本格的じゃねぇか」
既存のアプリを落としたのか、それとも一から作り上げたのかは分からないが、かなりのクオリティである。
「じゃあ僕から行くね」
「おう」
僕らは若干の興奮を感じながら、中央に置かれた「診断スタート」のボタンをタップした。
『それでは診断を開始します』
「お、始まった」
『写真撮影を行うか選択してください』
【Yes / No】
「んー……、じゃあ折角だしYesで」
Yesの方をタップすると、インカメラが勝手に起動した。
自撮りなどの経験が全く無い僕は少し苦戦するが、どうにかそこそこの一枚を撮影することに成功。
するとアプリはその写真の診断を始めたようで、グルグルと読み込みのマークが画面に写る。
『診断中、診断中――――。イケメン度 100%!!』
そしてパンパカパーン、なんてファンファーレと共に僕を褒め称える文字列が表示された。
「おお、このアプリ分かってるね!僕のことをしっかりイケメンだと理解してるよ!」
「絶対にぶっ壊れてるぞ、そのアプリ。風弥がイケメンな訳ねぇだろ」
「は?じゃあ真治も試してみなよ」
「当然だ、スマホ寄越せ」
真治はそう言うと僕のスマホを奪い取り、慣れた手つきで自撮りを始める。
そして僕のときと同じように、診断が開始された。
『診断中、診断中――――。ブサイク度 100%!!お前誰だよ。さっさと風弥さんにスマホ返せゴミカス』
「…………」
「…………」
なるほど、そういう感じね。
「どうやら壊れてはいねぇらしいな。……忖度が限界突破してるだけで」
「……なんか、ごめん」
「……気にしてねぇよ、流石に」
恐らくは、僕か僕以外かで結果が変わるのだろう。
もうちょい上手いこと出来なかったのかな、これ。
「……とりあえず続けるね。ここまで来るとむしろ先が気になるし」
「確かにな」
と、真治にスマホを返して貰った僕は、気を取り直して再スタートするのだった。
『診断中、診断中――――。イケメン度 100%!!』
僕の写真を利用しての診断を再び終えると、今度は質問が始まる。
「どれどれ……?」
さて何を聞かれるのだろうか、と僕らはスマホを覗き込んだ。
するとそこに映っていたのは――
『第一問# ヴラド・栞のことを可愛いと思いますか?』
【Yes / No】
「もう最初からクライマックス!!!」
やりたい放題が過ぎるんだよ。
僕らまだ大して会話もしてないよね?
お互いのこと全然知らないよね?
「これは強いな……。もう付き合うしかねぇだろ」
「嫌だ……っ!絶対に嫌だ……っ!」
「って叫びながらも、ちゃんと正直にYesを選ぶあたり流石だよお前」
嘘はつけない。だって栞さん可愛いもの。
一問目からこの調子が続くのであれば、この先は一体どうなるのだろう、と僕は思う。
しかし予想に反して、その後の質問は普通のものが続いた。
『第二問# 好きな食べ物は何ですか?』
「ん、今度は入力形式だ。えっと好きな食べ物は……綿あめ」
「ガキか」
「うるさいな。好きな物は好きなんだよ」
『第三問# 理想のデートスポットは何処ですか?』
「理想のデートスポット。……え、普通はどんなとこ行くの?デートの常識を知らなすぎて分からん。……家でいいや」
『第四問# 彼女に求める一番のことは?』
「面倒なことに僕を巻き込まないでください」
「急に必死」
「当たり前だろ」
その後も質問に答えていくが、特に変わった内容のものは無く。
――そして全ての質問が終了すると、画面の表示が変化した。
『全ての質問が終了しました。これより貴方の[運命の人]の診断に入ります。少々お待ちください』
「お、僕の運命の人ってどんな人なのかな?楽しみだね!」
「正直もう予想つくだろ」
「……まぁ、そうなんだけどさ」
僕らだって馬鹿じゃない。
栞さんが半ば強制的に僕にだけ診断を行わせておいて、その結果として出てくる「運命の人」が、栞さん以外の筈がないだろうと。
どうせこの後は、栞さんに合致する特徴が表示されるに違いない。
『診断終了。貴方の[運命の人]の特徴を列挙していきますので、しっかりとご確認ください』
どうやら準備が完了したらしい。
僕は苦笑いしながら、先の読める結果に身を任せた。
『特徴1# 黒髪を長く伸ばしている』
「栞さんだね」
『特徴2# 赤色のリボンを身に付けている』
「やっぱり栞さん」
『特徴3# 八重歯が印象的』
「これも栞さん」
『特徴4# 身長:164cm』
「確かそのくらいだったかな」
もう案の定、といった感じである。
彼女の正確な身長までは分からないが、その数字もまた明らかに栞さんに合わせられていた。
僕と真治は、「もうこの辺にしとく?」なんて意思表示を互いに示すが――
『特徴5# 体重:49kg』
「……え、女の子的にそれ教えていいの?」
――想像を超えて明かされた栞さんの詳細情報に、僕らは再びスマホ画面へと目を吸い寄せられた。
「てっきり、女の子は体重を教えたがらないものだと思ってたよ僕」
「普通は嫌がるだろ。体重を嬉々として伝えてくる女なんて、そうそう――」
『特徴6# スリーサイズ: B88 W58 H86』
「「スリーサイズ!?!?」」
もしかして栞さん、ヤケクソになってないか。
確かにこの数字が栞さんのものだとは誰も言っていないけど、この流れで栞さん以外の数字だと思う方が無茶だろ。
一体彼女は何を考えて――
『特徴7# お風呂で身体を洗うときは左腕から』
「――それがどうした!?」
「鼻の下伸びてるぞ」
「うるせぇ黙ってろ!!」
こんな情報聞かされて妄想しない方が難しいわ。
こちとら性欲マシマシの男子大学生だぞ。
『特徴8# 下着の色は白が多い。(※彼氏の要望によって変更可能)』
「……」
「……」
「……あのさ、真治。この辺で止めとかない?栞さんの名誉の為にも」
「……そうだな。この続きは風弥一人のときにゆっくり見ろよ」
「いや見ないから……」
そういう訳でこの【恋愛超診断】という名のただの自己紹介アプリは、これにて消去することに決めた。
栞さんと交わした言葉など数えられるくらいに少ないのに、めっちゃ彼女のことを理解出来た気がするのが恐ろしい。
目に見える劇物を処理したことで、とりあえず一段落とはなるのだが――
「……ん?」
――そのとき、僕の影が揺れたような気がした。
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