9-32「新しい世界」

(俺自身の目で確かめるったって、どうするんです? )


 サムには訳が分からなかったが、ルクスはその問いかけには答えてはくれなかった。


(世界を救ってくれた、あなたへのせめてもの感謝の気持ちと、純粋で、心強き者たちへの、私からの祝福です)


 サムの疑問に答える代わりにルクスがそう告げた瞬間、サムは、自分が何かの力によって引き寄せられるのを感じた。


「ぅおおっ!? い、いったい、何が起こってんだっ!? 」


 そしてサムは、自分のその思いが、自然に言葉になっていることに気がついた。


 声だけではなかった。

 サムの手が、足が、身体が、頭が。

 徐々に形を取り戻し、実体となっていく。


 サムの周囲を包み込んでいた、白い光が遠ざかっていく。

 そして、光が遠ざかるのと同時に、自分自身の身体が肉体の重みを持ち始め、その感触が少しずつ戻っていくのを感じた。


(サム。あなたは、素晴らしい勇者でした。願わくは、私の子らがみな、あなたの様に優しく、強く、時に悩みながらも、決して諦(あきら)めずに困難に立ち向かっていきます様に)


 サムの意識は、そのルクスからの祈りの言葉を最後に、暗転した。


────────────────────────────────────────


 サムが次に目を覚ました時、そこには、あまり見覚えの無い天井の姿があった。


 大理石で作られた円形のドーム状の美しい天井で、その特徴的な姿に、サムは、自分にはあまりなじみがなくとも、それが1度は見たことのある景色だということを思い出していた。


 そこは、エルフたちが住まう場所。

 かつて神々も住んでいたとされる神殿、今はその神々を祭っているために天空の祭壇と呼ばれている場所にある、勇者が倒れた際に復活をとげるとされている光の神ルクスを祭る祭壇の、その中心部分だった。


 サムは自分が仰向けに、大の字になって寝そべっていることに気がついた直後、唐突に息苦しさを感じた。

 そして、自分が肉体を取り戻したのにも関わらず、呼吸を全くしていなかったことに気がついた。


 サムは、大きく口を開き、思い切り息を吸い込んだ。

 すると、サムの胸の中で2つの肺が空気をめいっぱいに取り込んで膨らむのを感じ取ることができた。


 サムの背中に、ひんやりとして固く、すべすべとした大理石の床の感触が伝わってくる。

 冷たさを感じるということは、サムの身体には体温があるということだ。


 そして、サムは自身の心臓が、力強く、リズムを刻みながら鼓動しているのを知った。


「ああ……。帰って、来たんだな」


 サムは、自分が生きているのだと実感して、その双眸(そうぼう)から涙をこぼした。


「お戻りの様ね、勇者殿」


 そう声をかけられてサムが見上げると、ダークエルフのシニスが中腰になってサムの顔を覗き込むようにしていた。


 サムにはよく分からないが、シニスはどういうわけか、やたらとニヤニヤしている。


「生き返ったご感想は、どう? 」

「ああ、そりゃ、最高さ」


 シニスの様子は引っかかったが、今のサムには何もかもがどうでもよかった。


 自分は死ぬのだと思っていた。

 死ぬどころか、完全に消滅して、後には何の痕跡(こんせき)も残らない。

 そう思っていた。


 それなのに、今のサムは、生きている。

 魂だけでなく、身体を取り戻し、息をして、涙を流している。


「なぁ、シニス。俺を助けてくれたのは、あんたたちエルフなのか? 」


 消滅するはずだったサムの魂が守られていなければ、光の神ルクスの奇跡によって、こうしてサムがよみがえることは無かっただろう。

 サムはとにかく、自分を救ってくれた誰かに対して、言葉の限りのお礼を言いたかった。


「おあいにく様。私たちではないわ」

「それじゃぁ、いったい、誰が? 」

「そうね。ある魔法使いが、その魔法の才能の全てと引き換えにして、奇跡を起こしてくれたのよ。……ま、その方法を教えたのは、あたしだけれど」


 シニスは相変わらずニヤニヤとしながら、サムの全身を眺めつつそう教えてくれる。

 だが、サムを救うために自分自身の魔法の才能を全て犠牲にして奇跡を起こしてくれたのが誰なのかは、やはり教えてくれなかった。


「何だよ、もったいぶらないで、教えてくれよ」

「ふふっ。それは、本人たちに聞いてみることね」


 シニスは双眸を細めて妖艶(ようえん)に笑うと、それから、サムの手を取り、「さぁ、立って」と言いながら、サムを立ち上がらせてくれた。


 サムが立ちあがるのとほとんど同時に、バタバタと誰かが走って、こちらに駆けてくる足音が聞こえてくる。


「サム! 」「サム殿! 」「サムさん! 」「サム」


 サムが足音の方を振り返るのと、ティア、ラーミナ、ルナ、リーンの、4人の少女たちが光の神ルクスの祭壇に駆けこんでくるのは、ほとんど同時だった。


「お嬢ちゃんたち! 無事だったんだなっ! 」


 サムは喜びを全身で表し、笑顔を浮かべ、両手を広げて、4人の少女たちを出迎えた。

 予想もしていなかった復活を遂げたことだし、サムがオークであろうと、少女たちが飛びつく様に抱き着いて来るだろうと、そう思ったからだ。


 しかし、サムの予想に反して、少女たちの足は鈍った。


 ティア、ラーミナ、ルナの3人の足がまず鈍り、立ち止まって、何故か頬を赤く染める。

 その様子を見て、リーンもまた立ち止まって、怪訝(けげん)そうな顔をしながら自分以外の3人の方を振り返っていた。


「お、おい、どうしたんだよ? 何か、俺、おかしいのか? 」


 少女たちとサムとは長く旅をしたはずだったが、そんな反応をされたのは初めてのことだったので戸惑い、自分の身体がどんな姿で復活したのか不安になった。

 リーンだけはいつもとあまり様子が変わらない様子だったが、彼女は少し特殊なものの見方をするから、判断材料にならない。


 ティアとラーミナはサムから顔を背けており、ルナは両手で顔を覆っているが、少し指の隙間を開けてサムの方を見てはいる様だった。


「な、なぁ、俺、変な姿になっちまったのか? 」


 サムは以前、復活する際にはその魂の形で復活する、という話を聞かされていた。

 オークとして長く生きてきたサムは、その魂の形がオークの身体に合わせたものに変わりつつあり、復活できてもオークの姿か、オークとも人間ともつかない奇怪な姿になるだろうとも。


 サムは、そんな得体の知れない化け物として復活してしまったのではないだろうかと、不安で仕方が無かった。


 だが、その想像は外れていた様だった。


「もぅっ、バカ! 服を着なさい! 」


 ティアに赤面したままそう罵倒(ばとう)されたサムは、初めて自分の身体をじっくりと見まわした。


 そして、自分が裸であり、人間の姿になっていることに気がついた。


※作者より

 読者の皆様、本作をここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 熊吉としてもいろいろと挑戦をさせていただいた本作でしたが、楽しんでいただけたらいいなと思っております。


 本作はこの9章を持って完結となります。

 明日、エピローグと、熊吉が公表できると判断した一部の設定についてご紹介することで、終幕とさせていただきます。


 もしよろしければ、評価、感想など、お寄せいただけますと幸いです。

 私事ではありますが、熊吉も無い知恵を絞りながら頑張って参りましたので、評価、感想などをいただけますととても嬉しいのです。

 今後の励みともさせていただきます。


 また、次回作の投稿も明後日より開始させていただきますので、もしよろしければ、そちらも手に取っていただけますと嬉しく思います。


 熊吉なりに、今の読者様に求められているのかはどんな物語かを考えて作り始めている作品なのですが、熊吉にとっては少し慣れない(本作もそうでしたが)部分がありますので、当面の間は1日1話の更新とし、読者様の反応、ご意見なども見させていただきながら、投稿を続けさせていただきます。


 場合によっては、2作品を同時投稿、なんてこともするかもしれません。

 熊吉なりにどんなものなら楽しんでもらえそうかを探ってはいるのですが、やはり、全ては読者様次第でありますので。

 もしよろしければ、新作もよろしくお願いいたします。


 熊吉の作品をレビュー、評価、ブックマーク、フォローしてくださった皆様と、少しでも関心を持って熊吉の作品を読んでくださった全ての読者様に、改めて感謝を申し上げます。

 本当に、ありがとうございます。


 これからもより多くの読者様に面白いと思っていただけますよう、精一杯、頑張らせていただきます。

 よろしくお願い申し上げます。


 ちなみに、サムは髭ダンディなイケメンマッチョおじさんに生まれ変わりました。

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