エピローグ「旅は続く」
サムは人間として蘇(よみがえ)ることができたが、勇者としての力は失っていた。
それは、まだ神々が太古の神界大戦で失った力を取り戻しきっておらず、常に勇者としての力を人間に与えておくことができないことと、強大な力を有する勇者が魔王のいない平和な時代に、その力を誤った形で用いることを防ぐためだった。
それでも、サムには文句などあるはずが無かった。
自分は消滅して消え去るのだと思っていたのに、サムは生きているのだ。
しかも、たくましく、精悍な男性として。
ただ、サムの五体は、完全ではなかった。
魔王との戦いで負った傷が現在の身体にも反映されており、サムにはいくつかの傷跡が残り、魔王に斬り飛ばされた耳も、その傷の影響を残した形になっている。
サムは魔王ヴェルドゴに勝利し、宿敵であったマールムも倒したが、全てが元通りとなったわけでは無かった。
サムの失われた故郷や、家族は、戻ってこない。
魔王軍との戦いで諸王国の村や街、城は破壊され、荒廃しきっている。
そこで犠牲となった人々も、戻ってこない。
世界は、前途多難だった。
戦乱から逃げ出すことができた人々も数多くいたが、難民となった人々は故郷に帰ったとしても一から生活を立て直さなければならない以上、多くの困難が待っている。
復興のために、エルフとドワーフ、そしてサクリス帝国からの支援を受けられることは幸いだった。
エルフとドワーフの住む場所は魔王軍の攻撃に直接さらされなかったことでほぼ無傷であり、エルフの魔法の力と膨大(ぼうだい)な知識、ドワーフの優れた技術とそこから生まれる道具の数々は、諸王国の復興のために役立っている。
マールムの策謀によって内乱の勃発(ぼっぱつ)したサクリス帝国も、新皇帝として帝国議会から選出されたエフォールの下で安定を取り戻し、主に不足しがちな物資の面で諸王国を助けてくれている。
エフォールは内乱で傷を負った帝国の復興に尽力し、魔法学院の学長から引退したテナークスからの助言を得たりしながら、不得手な政治に取り組んでいる。
バーンはテナークスを助けるために帝国へと戻って、その敏腕秘書官として活躍を見せているそうだ。
エルフのデクスは魔王城での最後の戦いを辛うじて生き抜き、今は人間について理解があるということからエルフ族と人間との橋渡し役となっており、両者の外交交渉の場などで族長のウォルンを助けて活躍している。
ダークエルフのシニスもまた、悪運強く魔王城での戦いを生き抜き、その後は魔族についての知識と、その身体に宿した魔族の魔力を使用して、魔族との戦い方についての研究を行っているらしい。
勇敢なドワーフ族の戦士であったアクストは、魔王城の戦いに参加した他のドワーフの戦士と共に、壮烈な戦死を遂げていた。
その最後は、ミノタウロスとの一騎打ちで、負傷した状態でそれと刺し違えるというものだった。
アクストらはマハト王の名の下でドワーフ族の伝統にのっとって盛大に火葬され、その名を人々の間に永遠にとどめることとなった。
アルドル3世、ステラ、ガレア、キアラの、かつて勇者を探し出すために旅をし、今は一国の責任ある立場についている人々は、その母国であるパトリア王国で忙しく働いている。
他の諸王国の国家と比較すると被害が少ない方だったとはいえ、大規模な魔王軍の攻撃を受けたパトリア王国は疲弊(ひへい)しており、為政者(いせいしゃ)としての仕事は山積みだった。
諸王国の中で最も深刻な被害を受けたアロガンシア王国は、その正統の王権をめぐって分裂し、多くの諸侯が自立していくつもの小国となり、細々と復興にのぞんでいる。
その一方で、滅亡寸前となりながらもどうにか命脈を保ったバノルゴス王国では、ディロス6世の下で復興が行われ、比較的早い速度で復興が進みつつある様だ。
アロガンシア王国と宿敵の関係にあり、悪い噂がささやかれるディロス6世に対して旧アロガンシア王国だった小国たちは猜疑心(さいぎしん)を持ってはいるものの、お互いに復興に手いっぱいであり、表面的には平和、協力の姿勢を取っている。
だが、いつ新たな対立につながるとも知れず、これはパトリア王国にとっても頭の痛い問題だった。
そして、人間に戻ることができたサムと、共に戦った4人の少女たち、ティア、ラーミナ、ルナ、リーン。
一行は、新たな旅に出ている。
荒廃した各地の復興のために尽力するというのも良い選択肢ではあった。
だが、魔王軍の脅威を退けたとはいえ、各地にはまだ多くの魔物たちが潜伏し、人々と魔物との戦いは続いている。
連合部隊と魔王軍との戦闘は、魔王ヴェルドゴが倒されたことで一気に決着することとなった。
魔王からの統制を失った魔物たちは軍勢としての形を失い、混乱して、時に同士討ちまで起こし、次々と連合部隊の手によって打ち倒されていった。
だが、逃走に成功した魔物や、連合部隊の補給線を攻撃するために放たれていた魔王軍の小部隊、各地に潜んで生き延びた魔物やはぐれた魔物など、まだまだ、多くの魔物が生き残り、人々を危険にさらしている。
サムと4人の少女たちは、冒険者となった。
各地に残った魔物たちを討伐し、人々を守り、人々がその平穏な暮らしを取り戻す手助けをするために、一行は旅を続けることを選んだのだ。
何より、魔王を倒すという責任から解き放たれ、自由に旅の目的を決めることができるようになった今、サムと少女たちは、改めてこの世界を見て、冒険したいと願っていた。
そこにはまだまだ見たことの無いようなものごとがたくさんあって、それを見て、触れて、体験することが、サムと少女たちの新しい夢でもあった。
魔物に苦しむ人々を助けながら、自由にこの世界を冒険する。
一石二鳥というやつだった。
今も、一行はある村人たちからの要請を受けて、魔物の集団を討伐するために出向いてきていた。
相手をすることになっているのは、いくつかの村々で略奪を働いた、オークの山賊団だ。
ざっと、50体ほどはいるだろうか。
「へぇ、なかなかの数が残っていたじゃねぇか」
サムは、村人たちが突貫工事で作り上げた丸太づくりの城壁の上から、村を襲うために集まったオークの山賊団を眺め、不敵に微笑んでいた。
サムの姿を見返すオークたちも、不敵に笑っている。
城壁の上に立っているのが、サムと、ティア、ラーミナ、ルナ、リーンの5人、そしてロクな装備も持たず、恐ろしい魔物の姿に腰も引けている村人たちしかいないのを見て取って、「負けるはずが無い」と思っているのだろう。
だが、それは思い上がりに過ぎないと、サムは知っている。
何しろ、サムは自分自身が所属していたオークの山賊団を、たった4人の少女たちに全滅させられた経験を持っているのだ。
そして、今のサムと4人の少女たちは、そのころからさらに強くなっている。
「みんな、大丈夫よ! こっちには、魔王を倒した勇者様と、私たちがついているんだから! 」
不安そうな表情を浮かべている村人たちに向かって、ティアが励ますような明るい声と笑顔で言った。
「勇者に、剣の達人に、魔法使いだって2人もいる。それに、こう見えても私は一国のお姫様なんだから! 魔法が使えなくったって、戦いのやり方はしっかり教えてもらったわ! 私の指示に従ってくれれば、大丈夫! 」
ティアはそう言い切ったが、やはり、村人たちは不安そうだった。
それは、仕方の無いことだった。
少女たちは少し成長したとはいえ、まだまだ大人には見えず、その戦いぶりを知らない村人たちには少し頼りなく映っているのだろう。
そして、戦いの指揮を取るのが、ティアという少女なのだ。
「むぅ。うまくいかないわね」
そんな村人たちの様子を見て、ティアは不満そうに口をへの字にしている。
「私たち、ずいぶん成長したはずなのに。どうして信じてくれないのかしら? 」
「確かに、嬢ちゃんたちはだいぶ大きくなったよな」
サムは以前よりも重装備になり、魔法を使えなくなったので武器も両手持ちの長剣となったティアを眺めながら、そう冗談めかして言った。
そのサムの視線は、ティアの上半身へと向けられている。
ティアが身に着けた胸甲には、その成長の度合いを反映してか、以前よりも大きな曲線がつけられる様になっていた。
すると、ティアの蹴りがサムの脛(すね)当てに炸裂した。
「バカ! どこ見て言っているのよ!? お父様たちに言いつけて、磔(はりつけ)にして火あぶりにするわよ!? 」
「分かった、悪かったって! 」
サムはティアに謝罪しつつ、蹴られたところを手でさすった。
元勇者といえども、脛(すね)を蹴られるのは辛いのだ。
サムは、ほんの少しだけ、頑丈だったオークの身体のことを懐(なつ)かしく思った。
そんなサムとティアの様子を見ながら、ラーミナとルナがくすくすと笑っている。
サムとティアのやりとりを「ドツキ漫才」程度に思っているのだろう。
ラーミナは以前よりも凛として美しさを増し、剣の腕もさらに冴(さ)える様になった。
ルナは少し成長して、穏やかさの中にしっかりとした芯の強さを感じさせる雰囲気を持つようになっている。
「ティア。そろそろ、動く」
その後ろで、リーンがいつもの調子で、淡々とそう言いながら、オークたちの方を指さす。
人工生命体であるリーンだけは、以前から少しも変わっていない。
醜い豚の怪物たちが一斉におぞましい声で咆哮し、村へ向かって突撃を開始したのは、リーンが口を開いた直後のことだった。
村人たちはその光景を見て恐れおののき、中には失禁してしまう者さえいたが、サムと少女たちは少しも動じない。
ルナとリーンは魔法の詠唱を開始し、サム、ティア、ラーミナの3人は、剣を抜いて天高く振りかざした。
サムの雄叫びにティアとラーミナが続き、それにつられて、おびえていた村人たちも勇気を振り絞って叫び声をあげる。
そうして、新たな戦いが始まった。
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