9-31「漂泊」
気がつくと、サムは白い光の中に包まれていた。
(俺は……、死んだんだよ、な? )
サムはそう呟こうとして、声が出ないことに気がついた。
声だけではなかった。
サムにはもう、手も、足も、身体も、頭も、何もかもが存在していない。
サムはただ、光の中で、輪郭を持たない曖昧であやふやな存在となって、漂っている。
(やっぱり、死んじまったんだな)
サムはそう理解して溜息を吐こうとし、思わず笑ってしまった。
(ハハッ、もう、身体が無くなっちまったってのにな)
それからサムは、自分がいなくなった後、世界がどうなったのかを思う。
魔王は、倒した。
それは、確かなはずだ。
サムの振るった聖剣マラキアによって魔王ヴェルドゴは斬り裂かれ、聖なる光を受けて石化した。
それでも、魔王は不死の存在だ。
長い年月の間に徐々に力を取り戻し、石の状態から元に戻り、サムの攻撃で受けた傷を癒して、いつかまた世界に対して牙をむくはずだった。
だが、そのいつかまでは、平和な時代が保たれる。
魔王軍との戦いが始まる前の諸王国が時折争い合っていた様に人間同士での戦争は無くならないだろうが、少なくとも、魔王軍による大規模な侵攻という事態に怯える心配は無くなるはずだった。
サムが心配だったのは、仲間たちのことだった。
一緒に魔王と戦った、ティア、ラーミナ、ルナ、リーン、バーンの5人。
共に戦った期間は短かったが、なんだかんだ頼りになったドワーフのアクストや、サムに勇者としての力を取り戻すためにその力をつくしてくれたエルフのデクスとシニス。
そして、途中で別れてきた、魔王城にサムと共に殴り込みをかけた戦士たち。
魔王ヴェルドゴを倒したことで、戦いは終わるはずだった。
統制を失った魔物たちは軍としての形を失い、また、その統率者たる魔王を失って動揺し、その力を大きく失ったはずだった。
そうなれば、人間とエルフ、ドワーフが協力して作り上げた軍隊は、勝利を得ただろう。
だが、それまでの間に、犠牲は決して少なくないはずだった。
(でも、俺はもう、何にもしてやれないんだなぁ)
サムは、覚悟していたこととはいえ、死んでしまったことが残念でならなかった。
自分はもう、世界がどうなっていくのかを知ることもできないし、自分が守りたかった、守ろうとした大切な人々がどうなったのかも、知ることができない。
何かをしようと思っても、何もできない。
(しかし、変だな)
サムはそこでふと、疑問を抱いた。
シニスによれば、勇者としての力を、オークの身体のまま使用すれば、サムの魂は完全に破壊され、サムは消滅するという話になっていたのだ。
実際、サムは勇者として最後の戦いに挑んでいる間、自身の魂が破壊されていくことを感じ取っていた。
サムの魂は徐々に焼かれ、灰になって、消えて行っていたはずだった。
それなのに、サムはまだ存在している。
サムは身体を失い、自分という存在の輪郭を失っていたが、それでも意識ははっきりとしていて、「自分」というものを認識している。
サムは、人間として生まれ、成長し、そしてオークに変えられた後、少女たちと出会って苦しい冒険の旅に出た全ての記憶を確かに持っている。
いったい、これはどういうことなのだろうか。
今サムが漂っている光の世界は明らかに現実の世界ではなかったが、しかし、死後の世界でも無いのだろうか。
例えば、今のサムは、人が死に時に見るという、走馬灯を見ている最中だとか。
(それは、あなたがまだ、死んではいないからですよ)
(ウォっ!? あ、頭の中に直接!? )
唐突にサムの意識に語りかけてきたその声に、サムは仰天した。
そして、その直後、その声に聞き覚えがある、ということに気がついた。
20年前、自分が勇者として光の神ルクスに選ばれた際に聞いた、神様の声だった。
(サム。あなたはまだ、死んではいません。……正確に言えば、肉体は滅びましたが、魂は無事なのです)
(そ、そりゃ、いったい、どういう? )
サムは、戸惑っていた。
自分がまだ完全に消滅してはいないということはもちろん嬉しかったのだが、まさか、そんなことが起こり得るとは、少しも想像したことが無かったのだ。
(まさか、神様が助けてくれたのか? 見事に魔王ヴェルドゴを倒した、そのご褒美とか? )
(いいえ。それは、私の力ではありません)
サムは嬉しくなってルクスにそうたずねたが、しかし、神は申し訳なさそうにサムの考えを否定した。
(私たち神々は、遠き昔、神々の戦争の折、その力の多くを失うこととなってしまいました。あなたがた人間と、エルフ、ドワーフの力を借り、魔王ヴェルドゴを封じることができました。しかし、それでも、暗黒神テネブラエは強大で、その力を闇の世界に封じ込めるだけで精一杯だったのです。そうして、私たちは自らの肉体を失い、こうして、神の住まう天界へと避難し、少しずつ力を取り戻しながら、あなた方を見守って来たのです)
それから、ルクスは(本当に、申し訳ありません)とサムに謝った。
(私の力は、未だに十分に取り戻せていません。あなたがた人間の中から戦士を選び、勇者としての力を与え、魔王ヴェルドゴの復活を阻止するために導きを行うだけで精一杯なのです。……あなたがオークに変えられ、苦しんでいたことは分かっていました。ですが、私にはそれ以上、どうすることもできなかったのです。ですから、サム。サミュエル。本当に、申し訳ありませんでした。……そして、心から、感謝を申し上げます。世界を救ってくれて、ありがとうございました)
まさか神様から謝られるとは少しも思っていなかったし、神様からお礼を言われるとも思ってもいなかったサムは、嬉しい気持ちになった。
ルクスの言葉からすれば、おそらく、サムがいなくなった後の世界は平和を取り戻し始めているのだろう。
サムにとってはそのことが何よりも嬉しく、これまでの辛い日々も、一気に思い出へと変わっていった。
(しかし、ルクス様。俺が消えちまうのを助けてくれたのは、結局、誰なんだい? )
だが、サムには1つだけ、分からないことがあった。
サムがそうたずねると、ルクスはどうやら、笑った様だった。
(それは、あなた自身の目で、確かめてください)
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