9-30「一撃」
一撃で良かった。
ヴェルドゴに聖剣マラキアを突き立て、その身体を切り裂いて、魔王を倒す。
ただそうすることだけが、今のサムの望みの全てだった。
ヴェルドゴを倒す。
そうすれば、この世界にはまた、平和な世界が訪れる。
その平和な世界の中で、サムが守りたかった人たちは、穏やかに生きていくことができるだろう。
サムにとっては、ただ、それだけだった。
例え、そこに自分がいないのだとしても、それがサムの夢だった。
勇者として選ばれたのにもかかわらず、臆病で、目の前で大切な人たちを奪われたのに、何もできなかったサム。
20年間、オークとして、全てを悲観しながら生きてきたサム。
そんな自分が変わる、これが、その最後のチャンスだと思った。
ヴェルドゴはサムの突進に気がつくと、大剣を振り下ろす方向を変え、咄嗟(とっさ)サムに向かって振り下ろした。
サムは少し姿勢を低くし、ヴェルドゴの狙いが甘かったこともあって辛うじて自身の脳天を叩き割られることは避けられたが、魔王の大剣はサムの被った兜(かぶと)越しにサムの頭部を強打する。
ギャアン、と金属と金属がぶつかり合う悲鳴が轟き、サムの兜(かぶと)は2つに割れて弾け飛び、サムの意識は衝撃で朦朧(もうろう)とする。
そのせいで、手元が狂った様だった。
サムが両手でかまえた聖剣マラキアによる渾身(こんしん)の突きは狙いを外れ、ヴェルドゴの鎧の表面をかすめただけだった。
だが、サムは立ち止まらなかった。
オークの巨体を生かし、突進の勢いそのままに、ヴェルドゴに体当たりをしたのだ。
サムのむき出しになった頭部がヴェルドゴの胸部を強打し、サムの身体を包む聖なる光と、ヴェルドゴの全身を覆う闇の光が激しくせめぎ合う。
ヴェルドゴといえども勇者の力を取り戻したサムの全身全霊での突進は耐えがたかったらしく、ヴェルドゴの身体は一瞬宙に浮き、弾き飛ばされた。
しかし、大きなダメージは入っていなかったらしく、ヴェルドゴはすぐに体勢を立て直してしまう。
サムは、雄叫びをあげながら、かまわずに突っ込んだ。
聖剣マラキアを振るい、何度もヴェルドゴに切りかかり、攻め立てる。
サムの攻撃はことごとくヴェルドゴが振るう大剣によって防がれ続けたが、両者の力は拮抗し、サムとヴェルドゴの戦いは続いた。
ルナとバーンが唱えたバフの魔法が、サムの戦いを後押ししてくれる。
サムの剣技は徐々に鋭さを増していき、やがて、1歩、2歩と、ヴェルドゴを後退させた。
そうしているうちに、サムはあることに気がついた。
それは、ヴェルドゴの顔面につけられた傷だった。
ヴェルドゴの右目を縦に切り裂いた傷。
それがまだ癒えておらず、そして、ヴェルドゴの動きは、その右側、サムから見て左側で剣を振るうときに、ほんのわずかだが鈍くなる。
ヴェルドゴは、右側がうまく見えていない。
残された左目だけで戦っているのだ。
サムにとって、それはつけ入るべき隙だった。
卑怯(ひきょう)だとか、公正でないとか、そんなことにかまっている余裕は無い。
そもそも、ヴェルドゴだって、そんな文句は言わないはずだった。
サムは意図的に左側へ、ヴェルドゴから見て右側へと移動しながら戦った。
サムのオークの身体では素早さが足らず、ヴェルドゴの側面を捉えることは難しかったが、サムの聖剣を防ぐヴェルドゴの動きは鈍く、不正確なものとなって行った。
(行けるっ! )
サムは手ごたえを感じ、自身に残された力を振り絞ってヴェルドゴを追い詰めていく。
自分の身を守ることよりも前に出ることを優先した結果、サムの身体を、ヴェルドゴの大剣が先に切り裂くことになった。
サムの右耳が斬り飛ばされ、右手の籠手(こて)の上から強打されてドワーフの鎧が割れて腕から脱落し、右手の感覚が遠のいた。
それでも、サムの左耳はよく音が聞こえていたし、サムの右手はまだ聖剣を手放さなかった。
「ぐォっ!? 」
サムの聖剣を防ぎながら、ヴェルドゴが苦悶(くもん)の声を漏(も)らす。
ヴェルドゴの死角から接近したティアが、ヴェルドゴの身体をそのレイピアで貫いたからだ。
ヴェルドゴは反撃に大剣を振るい、ティアはレイピアを引き抜くことを諦(あきら)めて身を低くしてその反撃をかわす。
そのティアと入れ代わりに、ラーミナとリーンがヴェルドゴに襲いかかった。
リーンが至近距離から炎の魔法を放ち、ヴェルドゴはそれを自身の鎧で受けつつ、ラーミナが突き入れてくる短剣の切っ先を紙一重で回避した。
そしてヴェルドゴは大剣を大きく横なぎに振るい、ラーミナとルナはその直撃を避けるために背後に飛び下がって距離を取る。
その瞬間、ヴェルドゴはサムに対して無防備となっていた。
(今だ! )
それが、最初で最後のチャンスかもしれない。
そう悟ったサムは、聖剣マラキアを両手でかまえ、自身の指がその刃で斬られるのにもかまわず刀身の根元を左手でつかみ、右手で柄(つか)を握りしめ、ヴェルドゴに向かって斬りかかった。
ヴェルドゴはサムの攻撃に対応するために大剣を横なぎに振るったが、その大剣は大き過ぎた。
すでにヴェルドゴの懐(ふところ)に深く飛び込んでいたサムの身体を魔王の大剣の刃は捉えることができず、サムの横腹を大剣(たいけん)の柄(つか)が強打しただけだった。
サムはその痛みと衝撃に歯を食いしばりながら、必死に聖剣マラキアの刃をヴェルドゴの身体へと突き入れた。
聖剣マラキアがヴェルドゴの鎧を叩き斬り、その肉体を引き裂いていく。
ヴェルドゴの身体を貫きながら斬り裂いていく刃はやがて、ヴェルドゴの身体に突き立った短剣ごとその心臓を両断し、刃はそのまま、ヴェルドゴの身体の上から下まで抜けた。
「テネブラエ様……、申し訳、ありませぬ……」
心臓ごとその肉体を両断されたヴェルドゴは、その身を包んでいた闇の光を霧散させながら、最後にそううめく様に言うと、その場に崩れ落ちていく。
やがて、地面に横たわったその身体は聖剣の光を浴びて石化していき、魔王ヴェルドゴは動かなくなった。
サムは、勇者として魔王を倒し、封じることができたのだ。
(勝った)
サムのその思いは、言葉にならなかった。
魔王ヴェルドゴを封印したその瞬間、サムの身体の中にあった魂を破壊される痛みが消え失せていた。
サムの魂はとうとう、完全に焼きつくされて、消滅しようとしていたのだ。
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