9-29「第二形態」

 リーンの一撃を受けた直後、ヴェルドゴは吠えた。

 同時に辺りに強烈な波動が巻き起こり、重い何かが勢いよく衝突してきたかのような大きな力がサムたちに襲いかかった。


 その衝撃で、ヴェルドゴに襲いかかっていたサム、ティア、ラーミナ、リーンの1頭と3人は、こらえきれずに吹き飛ばされてしまう。


 追い詰めた。

 サムはリーンの攻撃がヴェルドゴに通じた一瞬、そう思っていたが、やはり、相手は魔王と呼ばれる相手だった。


 サムはドスンと尻もちをつき、ティアとラーミナはうまく受け身を取って体勢を立て直し、リーンはくるくると空中を舞って、猫の様なバランス感覚で姿勢を正してスタッと着地した。


 距離を取って戦いを仕切り直した魔王は、天を仰いでいた。

 ヴェルドゴは、その身体を小刻みに振るわせ、笑っている。


「まさか、ここまでやるとは思わなかったぞ! 勇者たち! 」


 それから、ヴェルドゴは獰猛(どうもう)な笑みをサムたちに向けた。


「オークの身体に変えられた上で、その力を取り戻した勇者! 人の身でここまでの武技を身に着けた娘たち! なるほど、マールムが嬉しがっていたのが、よく分かる! 」


 ヴェルドゴはそう叫ぶように言うと、再び歓喜の笑いに打ち震え、やがて、大剣を地面に突き刺した。


「よろしい、ならば、私も出し惜しみはせぬ! 今、ここで、決着をつけようではないか! 勇者と人間よ、全力で、あらゆる手段で私にかかってくるがいい! どんな手を使ったとて、卑怯(ひきょう)とは言うまいぞ! 」


 そしてヴェルドゴはそう叫ぶと、左手の短剣を、自身の心臓へと深々と突き刺した。

 魔王の短剣はその漆黒の鎧を貫き、ヴェルドゴの身体から鮮血がにじみ出る。


 サムたちは、誰も動くことができなかった。

 ヴェルドゴが突然自分の身体に短剣を突き立てるとは予想もしておらず、呆然とさせられてしまったからだ。


 ヴェルドゴの身体に変化が起こったのは、その瞬間だった。

 短剣を突き刺した個所からどす黒い光が広がり、ヴェルドゴの全身を包み込んだのだ。


 まるで、光の神ルクスの力を象徴する聖なる光に身を包んだ、今のサムの様に。

 ヴェルドゴは、闇の光を全身にまとっていた。


 真の力を解放したヴェルドゴは、地面に突き刺していた大剣の柄(つか)を両手で握ると、それを頭上に高くかかげ、咆哮(ほうこう)をあげる。

 魔王の大剣を、暗黒の光が押し包んでいく。


 そのヴェルドゴの声でようやく我に返り、サムたちはヴェルドゴを迎えうつためにかまえを取り直した。


 一行が戦闘態勢を整えるのとほとんど同時に、ヴェルドゴは地面を蹴って、サムめがけて突進してくる。

 そのあまりに素早い突進にサムは反応することができず、ただ、聖剣マラキアで、ヴェルドゴが振り下ろす大剣を受け止めることしかできなかった。


 巨大な隕石が降って来たのではないかと思えるほどの、重い一撃だった。

 斬撃が聖剣マラキアの刀身にぶつかった瞬間、サムの全身の骨がきしみ、あまりの威力にサムは膝をつきそうになる。


 だが、サムは負けるわけにはいかなかった。

 魔王ヴェルドゴを倒し、封印して、この世界に平穏を取り戻すのだ。


 サムは必死に歯を食いしばり、ヴェルドゴの攻撃に耐えた。


 そして、その隙にティアとラーミナがヴェルドゴに切りかかる。

 ヴェルドゴはサムを追い詰めつつも、少女たちの攻撃に対処し、一度回避しなければならなかった。


 少女たちは長い旅の間に、着実にその実力を鍛えぬいていた。

 ティアもラーミナも、その剣技は人間の中では一流と言われるほどのレベルに達しつつあり、与えられた最上級の武器の威力を最大限に発揮することができる様になっている。


 それでも、その刃はヴェルドゴには届かない。

 ヴェルドゴの動きは残像が見えるほどに速く、ティアとラーミナの切っ先は全てかわされてしまった。

 2人はむしろ、反撃してくるヴェルドゴの大剣を受けないよう、連携して戦いつつ、回避するだけでも精一杯である様だった。


 率直に言ってまだまだ剣の鍛錬が十分でないサムにとって、その戦いは、目で追うだけでも精一杯のものだった。

 ヴェルドゴには残像が見えるし、ティアもラーミナもとどまることなくお互いの場所を入れ替えながら戦っているので、その位置関係を把握し続けるだけでも大変だ。


 それでも、サムは必死に戦いを目で追い続け、自分の介入するべきタイミングを待った。


 全身を焼きつくす様だった、サムの魂が破壊されていく痛み。

 その痛みを感じる範囲が、徐々に小さくなっている。


 おそらく、サムにとってのタイムリミットが迫っているのだろう。

 サムの魂はもうすぐ燃え尽き、そして、サムは消滅する。


 記憶も、思いも、勇者としての力も、何も残さずに消滅する。


 その瞬間が訪れる時がいつなのか、サムには分からない。

 だが、その時がやってくる前までに、ヴェルドゴを倒さなければならない。


 めまぐるしく続けられていた戦いに、変化が起こった。

 ティアが躓(つまず)いて、一瞬だが姿勢を崩したのだ。


「死ねェ! 」


 ヴェルドゴが叫び、ティアに向かって大剣を振り下ろす。


 その攻撃は、ラーミナが刀で受け止めた。

 だが、ラーミナの持つ名刀でも、ヴェルドゴがその全力で振るう大剣を受け止めきることができず、ラーミナの刀は半ばで折れ、千切れた切っ先が勢いよく床に突き刺さる。


 その隙に2人をまとめて一気に始末しようと、ヴェルドゴは大剣を振り上げる。


 ティアとラーミナを、救わなければ。

 サムはそう思うのと同時に、チャンスだと思った。

 ヴェルドゴの意識はティアとラーミナへと向いており、今、サムが飛びかかれば、サムへの反応は遅れるはずだった。


 サムは雄叫びをあげると、聖剣マラキアの切っ先をヴェルドゴへと向け、突進していった。

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